あなたの本命は誰ですか?①
午後には、変態気障男ナグリッシュと重量級優勝者ジラードの第3試合、髭団長グビルと武闘王ラドベルクの第4試合がある。
オレは観客席とは別の出場者用専用観覧席で午後の試合を見ることになった。
壁で仕切られ、他の観客とは顔を合わせないような造りになっており、しかも飲食付だ。
シリルに勝ったことで、オレへの評価というか待遇が格段に変わった。まあ、次は準決勝だから当然か。そう思いつつ、第3試合を観戦する。
ナグリッシュについては、よ~く分かっているから、注目するのはシード枠のジラード・キヴェルだ。
体格はさすがに重量級優勝者だけのことはある。ラドベルクより幾分、背は低いが、引き締まった筋肉は確かに他を圧倒するものがあった。
ヒューが敗退した現在、唯一ラドベルクに対抗できる相手と目されている。短く刈ったブラウンの髪に彫像のように整った顔立ちは、命令を確実に実行する軍人のそれだった。
今まで見た剣闘士のように擦れた気配が全くない。性格なんだろうか、堅苦しさを感じる。信頼はおけるが、馬鹿騒ぎできる友達にはなれそうにない気がした。
試合が始まった。
あれ、ナグリッシュの様子がおかしい。
1回戦の動きとは、まるで違う。まるで別人のようだ。かろうじてジラードの猛攻をしのいでいるが、時間の問題に思えた。
どうしたんだ、いったい?
それにつけてもジラード!彼はアーキス将軍の愛弟子に間違いない。
一度戦ったからわかるけど、あの剣筋は将軍と同じものだ。将軍に比べて、洗練さと柔軟さに欠けるが、その代わりに勢いと力強さがある。
将軍ってば、自分が出られないもんだから、一番弟子をラドベルクにぶつけようと画策したな。全く、懲りないオッサンだ。
結局、ナグリッシュは全く良いところなく、ジラードの一撃を頭部に受けて昏倒した。観客席のブーイングを浴びながら、担架で退場しいくのを見て、オレは大急ぎで治療室に向かった。
「ナグリッシュ、どうしたんだ?全く情けない試合だったぞ」
ベッドのナグリッシュは、悪びれもせず笑って答えた。
「体調が万全じゃなくてねぇ」
「お前も、誰かに襲われたのか!」
驚いてオレが詰め寄ると、
「いやぁ、1回戦の夜から今朝まで五人の美女と入れ替わり対戦してたもんで、足腰が全然立たなくて……」
ば、馬鹿だ、こいつ!
「もういい、わかった。聞いたオレが間違いだった」
げんなりして会話を打ち切ろうとすると、ナグリッシュは急に真顔になりオレに聞いた。
「やっぱり、噂は本当なんだな」
「えっ?」
「ヒュー・ルーウィックが大会前に何者かに襲われて負傷していたって言う噂さ」
し、しまった……口が滑った。
まぁ、既に噂になってるし、いつかバレるとは思ってたから仕方ないか。
オレの沈黙をどう解釈したか知らないが、ナグリッシュはかすかに頷くと話題を変えた。
「ところでリデルちゃん、自分はもう宿舎から出ないといけないし、昼の対戦はもう望めないから、夜の対戦なんて、どう?」
「……!」
オレは怪我人を殴り倒して治療室を後にした。
全く心配して損した。クレイといいナグリッシュといい、どうしてあんな下らないこと、平気で言えるんだろ。
そういやクレイとは、ずっと会ってないな……今頃、何してるかな?
「リデル!」
そんな風に考えていると、いきなり後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、そこには…………。
公子様がいた。
「なんだ、あんたか」
「リデル、ずいぶん探したよ」
「そう」
「やっと会えて僕は嬉しい!苦労したから、喜びも倍増だよ」
相変わらず見目麗しく、語り口調は爽やかで普通の女の子だったら、憧れるには申し分ないだろう。
「会場をくまなく探した褒美に、キスするか殴って欲しい」
「どっちも、やだ!」
どうにかして欲しい、この性格。
拒否の言葉を何事も無いようにスルーしてレオンは会話を続けた。
「それにしても、君があんなに強いなんて知らなかったな。これなら戦争になっても、公女将軍として君に任せておけるね」
だから、その気はないって!……とは言えず笑って誤魔化した。
仮にも出場者として大会主催者の機嫌を損ねるのは避けたい。
レオンは気を良くして話し続ける。
「そうそう、次の試合もぜひ勝って決勝戦に出てくれ。そうすれば、勝っても負けても表彰式で君に杯を渡せるからね」
「杯?」
「何だ知らないのか? 副賞として優勝者には金杯、準優勝者には銀杯が贈られることになっているんだ。そして、表彰式で授与するのが僕の役目だ」
「ふ~ん、遊んでばかりじゃなく、一応仕事もするんだ」
皮肉を込めてレオンに言ったが、意に反して嬉しそうに答える。
「そうなんだ。とても名誉のある役目でね、今から緊張してるよ」
きらきらした目で見つめられて、どっと疲れが出た。
何て前向きなんだ…………たまには後ろを向けよ。
一緒にいると疲れるのが必至なので早々に別れようと歩きかけて、ふと思いついたことを訊ねた。
「レオン、『イオの聖石』って知ってる?」
答えを期待した訳ではなく、一国を支配する側の人間なら、何か知っているかもしれない程度の軽い質問だった。
「もちろん、知ってるよ。奇跡の石だろ。父上が持ってるって聞いたけど……」
「そう、その聖石の在り処だけど何か知って…………な、何だって!」
突然、オレが大声を出したので、近くの人達が驚いてこちらへ振り向く。
「ちょっ……こっちへ来て」
オレはレオンの手を引っ張って、手近な空き部屋に飛び込んだ。
注意深く扉を閉めて振り返ると、先に入ったレオンがにやけ顔でオレを見てる。
「積極的なのは嬉しいが、昼間からはやはりマズイだろう。この後、僕には公務があるし……」
は? 何言ってるんだ、こいつ。
殴りたい衝動に駆られるが、その行為はかえって奴を喜ばすだけだと思い、ぐっと堪える。
「そ、そうじゃなくて、聖石のこと教えてよ。公爵が持ってるって言っただろ」
「ああ、そのことか。確か、父上がサロンでそんな話をしてるのを聞いたよ」
「本当か? それじゃ、その聖石を見せてもらうって……できるかな?」
っていうか、使いたいんだけど、ホントは。
「もちろん、いいよ」
嘘! レオンお前、いい奴だ。
「え、いいの」
「ああ、何を遠慮してるんだ? 父上の物は、いずれ僕の物になるし、僕の物は妻である君の物も同じじゃないか」
やっぱり論点がずれてる。
オレがお前の奥さんになってたら、もう聖石はいらないって。
がっくりとうなだれたオレに気付かず、レオンは急に話題を変えた。
「そうそう、エクシーヌにあったそうだね。すごく君のことが気に入ったみたいだよ。『お兄様に汚されるぐらいなら私が頂きます』なんて意味不明なこと言っていたけど……。それにしても、あの娘も馬鹿だね。僕たちの間に入り込もうなんて……こんなにも愛し合っていることがわからないのかなぁ」
たぶん、お前以外の誰もわからないと思う。
それより聞き捨てならないのは、公女様がオレのことを気に入ったって?
男の時だったら、それこそ天にも昇る気持ちだが、この状況じゃな。
レオンは機嫌良くオレとの未来について話し続けて、一向に終わる気配を見せない。
いいかげん、鬱陶しい。
ラドベルクの試合が始まるからと話を無理矢理中断させると、今度父上に聖石の件を確認しておくことを約束させ、オレはレオンから一目散に逃げ出した。




