期待の新人、衝撃のデビュー!③
それからしばらく、ヒューと雑談をした後、部屋に戻るとソフィアが扉の前で待っていた。
「おめでとうございます、リデル様」
「あ、うん」
「圧倒的な強さだったと街でも評判です。お強いんですね」
「まあね」
我ながら愛想がないと思うよ、ホント。でも、何だろ。妙に話が合わないんだな。
着替えや夕食の段取りを話しながら、ソフィアが思い出したように言う。
「あ、そうです。クレイ様からの言伝があります」
「え、クレイから?」
自分でも情けなくなるほど、声のトーンが上がった。
「はい、観客席でご覧になっていたそうです。言伝は『このアホ、もっと試合を演出しろ! 髭団長を見習え、ボケ』だそうです。ク、クレイ様が仰ったのであって、私が言ったわけではありませんので……お許しください」
ソフィアが青くなって弁解する。
「いや、クレイの言う通りだよ」
「え?」
オレが神妙にうなだれるのを見て、ソフィアが目を丸くする。
実際、あの試合の決着は一瞬で終わってしまったので、見逃した観客も多かったらしい。
闘技大会も一種の見世物と考えるなら、クレイの言い分にも一理ある。
でも、オレの性格上、無理な相談だ。
「クレイに会ったら、善処すると言っておいて。それから、他には何か言ってなかった?」
「はい。『こちらは順調にいっているから安心しろ。それより身体に気をつけて無理するなよ』と仰っていました」
「そう……ありがとう、ソフィア」
素直に言えたのが不思議だった。驚くソフィアを残して自室に入る。
クレイ、元気かな?
まだ、離れて3日も経っていないのに、ずいぶん会ってないような気がする。クレイのことだから、オレがいなくても楽しくやっていると思うけど、何となく気にかかる。
そもそも、オレの当初の予定ではクレイも参加すると思っていたから、離れて生活することは想定外だったし……。
べ、別に寂しくなんてないけど。
ただ、ここ最近、いつも一緒にいるのが当たり前だったから……ちょっとしっくりこないだけさ。そんなことより、次の対戦相手を確認しなきゃ。
ソフィアが用意してくれた資料に目を通す。
シリル・ラトセル……か。
とても女とは思えない馬鹿力だったな。間違いなく男の時のオレより立派な体格してると思う。力だけなら初戦のサリストゴンの方が勝ったかもしれないが、彼女にはそれを有効に使う柔軟さが感じられた。
女剣闘士部門準優勝は伊達じゃない。
シリルのプロフィールを眺めながら、オレ自身はどんな風に街で伝えられているのかなぁと、少し心配になった。
評判はすぐにわかった。
夕食を伝えにきたソフィアは、興奮気味にオレを宿舎の一角へ連れて行く。
「リデル様、ご覧ください! すべてリデル様宛ての贈り物やお手紙です」
宿舎の一角に、出場者へ送られてくる品々を保管する専用スペースがあった。こうした物が頻繁に送られてくるため、安全確認と不正防止を理由に大会係官が検閲するために用意されている場所だ。
リデル様用と書かれたスペースには、花や人形、洋服などたくさんの贈り物が熱烈なファン(?)メッセージと共に届いていた。内容は、心底げんなりするような言葉が並んでいる。
『可愛いリデルちゃんへ、応援してます』
『めちゃ可愛い!結婚して』
『強くて美しい君にメロメロです。ぜひ、ボクを殴ってください』
『リデルは俺の嫁!』
『僕の妹になって……』
などなどの頭が痛くなるよう言葉の数々にオレは愕然とした。
一際目立つ大きな箱には、純白のドレス一式が入っていた(しかも下着もセットで)。軽く目眩を感じながら、送り主を見るとレオン公子だった。
馬鹿かあいつは!
大会主催者として中立の立場を貫かなきゃならん立場なのに……。
「ソフィア……」
「はい」
「これ、レオンに突き返して……」
「え、でも、せっかくいただいたドレスなのに」
「気に入ったのなら、あげる」
「べ、別に欲しくないです。それに……サイズが……」
ど、どうせ、貧相な体型してますよ~だ、ぐすん。
レオンの奴め、許さん!
見当はずれな復讐心を燃やしながら、オレは届いた品々を物色した。
「リデル様、後ほど目録を作ってお届けしますから」
ソフィアは実に有能だ、スタイルも素晴らしい。
オレは軽い敗北感に打ちのめされながら、食堂へ向かおうとして、エントランスから宿舎に入ってくる人物に気がつく。
たった今、復讐を誓ったばかりの人物がそこにいた。
「レ――オ――ン!」
オレはドレスの箱を持って走り寄ると、相手に突き返した。
「やっぱり、お前バカだろ?いいかげんにしないと、オレまで罪に問われるんだぞ! 少しは頭を使えよ!」
「…………」
「とにかく、服は返したからな。それから、もうオレのそばには近づくな!」
「……初対面の人間に、これほどの侮辱を受けたのは初めてだ」
「え?」
怒りに震える相手の横を見ると、ヒューが額を押さえて、沈黙している。
「ま、まさか……」
「その方、私をエクシーヌ・デュラントと知っての狼藉か?」
エ、エクシーヌ公女――――!
オレの顔から血の気が引くのがわかった。
ホントだよ。ザ――ッと音を立てて引くんだな、これが。
次に立ちくらみがきたけど、両足で踏ん張ってこらえた。そして、大急ぎで姿勢を正し、深々お辞儀をすると平謝りを繰り返す。
「も、申し訳ありません! 人違いしました。お許しください」
突き刺さるような冷たい視線がものすごく痛い。
オレが何度も頭を下げ、謝りまくると、公女はじっと睨んだ後、やがて嘆息した。
「……わかった。お前が人違いしたのは、あの『バカ』とだな。侮辱の数々に関しても、あの『バカ』の挙動を考えれば、こちらにも非がある……致し方あるまい」
あの『バカ』って……オレの知る公女様と微妙に違うような。
「であるから、今回は大目にみよう。しかし、次は許さんぞ」
そう断言すると、隣にいるヒューに向き直る。
「騎士ルーウィック。こちらがお主の言う類まれなる女戦士か?」
「はい、仰せの通りです」
にこやかにヒューが答える。
「ふむ、少しも強そうには見えぬではないか。本当に強いのか?」
エクシーヌ公女……あのたおやかで優しいイメージが……。
オレの理想の姫が……。
今、音を立てて……。
「何をじろじろと見ておる。無礼な娘だな。おい!お前、強いのか?」
「……た、たぶん」
「たぶん、だと。はっきりせぬ物言いだな。まぁ良い、次の試合で明らかになるであろう」
値踏みするようにオレを見る。
「はっきり申すが、ルーウィックの言がなければ、お前が並みいる男どもより強いなどと、俄には信じられんな」
見も蓋もなくばっさり切ってのける。
オレは『公女様を護る』という崇高な目的が揺らいで茫然としていた。
「公女様、然るにどのような用向きでこちらに?」
ヒューが尤もな質問を投げかける。
「おお、そうであった。お主に父上から言伝を言い付かってきたのだ。では伝えるぞ。『白銀の騎士殿、必ずや狂戦士を倒し武闘王となれ』、そう申されておったぞ」
「過分なお言葉、肝に銘じます」
主催者側が一選手を激励したら駄目だろ。息子も息子なら親父も親父か……。
「では確かに伝えたぞ。ラドベルクとあたる前に負けたりしたら、私が承知せんからな」
公女は豪快に笑うと、オレの方を見た。
「お前は……え~と」
「リデルです」
ほんの少し期待したけど、一年前のことを覚えているはずもなく、公女は不敵に笑って言う。
「リデルとやら、お主の戦いにも注目するとしよう。だが、シリルは強敵だ、最善を尽くすが良い」
「ありがとうございます」
オレがお辞儀すると公女は右手を上げてそれに応え、ヒューに視線を向けた。
「それでは、ヒュー・ルーウィック。また会おう」
そう言うと公女様は宿舎のエントランスに向かおうとした。
が、突然その方向から非難に満ちた声が響く。
「姫様!」
目を向けると、背はオレと同じくらいだが、横幅は確実にオレの2倍はある中年の女性が腰に手をあて仁王立ちしていた。
「なんだ、テレサではないか。ん、どうした? 何をそんなに怒っておる」
「姫様、わたくしがいつも、あれほどきつく申し上げているのをお忘れですか?」
「はて、何か問題があったとは思えんが?」
「それ! その口調です。お城にいる時以外は、そのお口に気をつけるとお約束したではありませんか」
「む、そうであったな……いけなかったか?」
「はい、全くいけません!」
テレサは反駁を許さぬ勢いで大きく頷いた。
「お主達も同意見か?」
多少、気弱にオレ達に救いを求めるような目で尋ねる。
「私は姫様らしくて、良いと思いますよ」
テレサの刺すような視線を何処吹く風でヒューは答える。
「お前はどうだ?」
公女様の熱っぽい視線とお付きのテレサという女官の殺意を感じさせる視線の先にいるオレは返答に窮した。
「え、オレ?…………そ、そうですね」
と言ったきり後が続かない。
オレとしては以前の優しげな公女さまに憧れていたわけだから、当然良くはない。
けど、完全否定は何故か彼女を傷つけるような気がして憚られた。
「……やはり、時と場に合った言葉遣いをすべきだと思います」
よし、ナイスだオレ。これなら、どっちとも取れる。
案の定、二人とも大きく頷く。
「この者もこう申しておる」
「その娘、そう申しているではありませんか」
お互いの言い分を主張し、一向に引く様子を見せない。
オレに苦笑混じりの非難の目を向けながら、穏やかな口調でヒューが言う。
「姫様、公式の場では公女らしい振舞いをするとお父上とお約束したと聞き及んでおります。この場はテレサ殿の言い分を受け入れた方が良いのではありませんか?時を悪戯に浪費するのは感心しません」
二人は顔を見合わせると同意の表情をした。そして、エクシーヌ公女は姿勢を正すと一礼し、暇乞いの言葉を告げる。
「ルーウイック殿、リデルさん、お会いできて幸せでした。また、お会いできる日を楽しみにしています。お二方ともそれまでご健勝であられることをお祈り申し上げます。それでは、ごきげんよう」
慎ましく脇に控えたテレサを従え、見惚れるような優雅な所作でゆっくりと退出していった。
レオンのドレスセットを残して。
「ヒュー、基本的な質問をしていい?」
「構いませんよ」
「公女様って、普段からあんな感じなのか?」
「ええ、気さくで飾らない性格で私は好きですよ。ただ、公爵様以下お付きの方々はお気に召さないようですが……」
「そうか……」
真っ直ぐで飾らない――周囲からは歓迎されない無垢な魂。
そう思うと、先ほどの公女様も悪くない。
違った意味で護りたくなる。
「やっぱり負けられないよな」
ヒューはそれには答えず、ただ優しげな表情で頷いた。




