期待の新人、衝撃のデビュー!①
「リデル・フォルテ、準備は良いか?」
係官が尋ねる。
「いけるよ……」
オレの返答に大きく頷いた係官が合図をすると、闘技場への扉が開け放たれる。オレは足元を確かめながら一歩ずつ進んだ。
1回戦第2試合、サリストゴンとの戦いが始まろうとしていた。
あれから、ソフィアとは割合上手くいっている。お互いに含みがあることは、否めなかったけど……。
ヒューとラドベルクにも、今日まで結局会わずじまいに終わっていた。日程に変更がないから、ヒューはたぶん大丈夫なんだろう。
特筆すべきことは、あの軟弱イクスがさんざん彼を馬鹿にしていたアムダートを破ったことだ。
第1試合なのでオレは見ていないが、どうやら意外な結末で終わったらしい。
ひたすら逃げ回った挙げ句イクスは闘技場の壁に追い詰められたそうだ。それにとどめを刺そうとしたアムダートの剣が、偶然壁に当たって折れ、飛んだ刃先がアムダートの腕に刺さり試合続行不能になったのだという。
大番狂わせに会場が沸いているのが、待機所にいるオレにも聞こえた。
全く、運のいい奴め。
おっと、回想してる場合じゃない……試合に集中しないと……。
前に目を向けると、闘技場の中央にサリストゴンが歩いてくるのが見えた。ラドベルクより一回り小さいが、かなりの巨体と言って過言ではない。
太ももなんて、確実にオレのウェストより太いと思う。筋肉隆々の両腕はグレートソードを構えていた。
それもオレの身長ぐらいありそうな巨大な剣だ。
サリストゴンは明らかに侮蔑の表情で、余裕そうに見えた。
「おい、女! 止めるなら今の内だぞ。俺様は紳士だから忠告してやる」
所定に位置について、開始の合図を待つ間、サリストゴンが馬鹿にしたように言った。
オレが無視していると、臆したのだと思い込み、更に続ける。
「俺様の剛剣は、威力は絶大でお上品な立会いはできんから、お前の綺麗なドレスを切り刻んで、丸裸にするかもしれんなぁ」
ニヤニヤといやらしい目付きでオレを眺める。
いつもなら、カッとするところだけど、試合中のためか自分でも驚くほど冷静だった。むしろ、心が逆に冷えきっていくようだ。
「始め!」
係官の合図で、二人ともゆっくりと動き始める。オレは背中の剣を抜こうとして、途中で止めた。サリストゴンの動きがあまりに緩慢に見えたからだ。
奴が言うように、長大な剣は当たれば絶大な威力を発揮するだろうけど、相手に届かなければ意味がない。振り回す奴の剣がスローモーションのように見え、難なく避けられた。
アーキス将軍と戦った時は気がつかなかったけど、オレの戦闘力は信じられないぐらい上がっているらしい。今のオレと対等に戦えたアーキス将軍が、いかに人間離れしていたかよくわかる。
最強の美少女の名は伊達じゃないみたい。
「女! 姑息に逃げ回りやがって……はぁはぁ……だが、いつまでも逃げ切れんぞ」
息を切らしながら、サリストゴンが吠える。
かなり疲れてるみたい。そりゃ、そうだ。あんなでかい剣を振り回してるんじゃ。
意地を張っているけど、スタミナ切れ寸前みたい。
「じゃ、休ませてあげるよ」
すたすたと奴の間合いに無防備に入り込む。オレの取った行動に観客席から悲鳴が上がる。まるで自殺行為に見えたようだ。
それを背後に聞きながら、サリストゴンの振り下ろした渾身の一撃をすっとかわすと防具のない奴の腹に拳を叩き込む。
一瞬の静寂が訪れ、観客席が固唾を呑んで注目する。
ぐらり……と奴の身体がオレに倒れこんでくる。気を失った奴の顔を左手で受け止めると、無造作に押し戻す。糸の切れた操り人形のように崩れ落ちるサリストゴン。
次の瞬間、闘技場全体が驚愕と歓喜の渦に包み込まれた。
「すげーぞ、嬢ちゃん!」
「リデル!――リデル!――リデル!――」
「ホントかよ? 拳一発で勝ちやがった!」
「ヤラセじゃないのか?」
様々な声が上がる。
係官がサリストゴンに歩み寄り様子を確認すると、オレの勝利を宣言した。それを聞くとオレは闘技場の出口へ向かった、大歓声に後押しされながら……。
1回戦の日程は午前中に第1・第2試合を、午後に第3・第4試合が行われる。試合の終わったオレは、宿舎に帰るのも午後の試合を観戦するのも自由にして良いらしい。
宿舎に戻って、ソフィアさんと一緒にいるのも気詰まりなので、午後の試合を観戦することにした。
第3試合は、皮肉屋騎士と変態気障男の対決だった。オレとしては騎士様に勝ってもらって、変態とおさらばしたいところだけど……どうなるか。
騎士ローヴァスのロングスピア(長槍)に対し、気障男ナグリッシュの武器はエストック(両手突き剣)だった。
得物の長さから、圧倒的にローヴァス有利に思えたが、ナグリッシュは思いのほか俊敏だった。
彼はローヴァスの突きを巧みにかわし、間合いを詰める。すると今度は、ローヴァスが槍を振り回してナグリッシュを牽制し、再び槍の間合いを確保すべく後退する。
一進一退の攻防だった。
けど、年齢の差が勝敗を分けた。
先にローヴァスが息切れを起こし、動きが急速に鈍ったのだ。そこを見逃さず、スピアをかいくぐったナグリッシュが防具の隙間から肩を貫いた。
ローヴァスが潔く負けを認め、ナグリッシュの勝利が確定した。
彼は、ただの変態ではなかった。オレは少し見直して、戻ってきたナグリッシュに声をかける。
「オッサン、あんた、ただの変態かと思ったら、なかなかやるじゃん」
それに対して、ナグリッシュはこう答えた。
「いやぁ、通常なら3人は相手するところ、昨晩は1人だけで、しかも1回しかしてないから、力が余って余って……。今晩は1回戦突破祝いにガンガンやるけど、リデルちゃんも来ない?」
オレはグーでナグリッシュを殴っていた。前言撤回、腕に覚えのある始末の終えない変態だ。
「い、痛いよ、リデルちゃん。今日一日で一番痛い打撃だよ」
一瞬でも見直したオレが馬鹿だった。
涙目のナグリッシュを置き去りにして、オレは観客席に戻った。これから、第4試合の剣闘士オルラットと髭団長グビルとの試合が始まるからだ。
オレが観客席(実際は、参加者用の特別席)から、闘技場を眺めると、丁度両者が登場するところだった。髭団長……髭のグレッグは、オレ達のような傭兵稼業を生業としている者にとって、大変な有名人だ。
小さな傭兵団から始めて、徐々に頭角を現し、戦争の勝敗を左右するほどの大傭兵団を組織するに至った伝説の男だ。
また、自由な気風を重んじ、多くの傭兵団と連携し、傭兵団の自主性を国家から守り抜く行動を度々行った。
既にその立場は、一傭兵団長のそれを越えて、傭兵ギルドの長とも言える立ち位置にある。口髭と顎鬚を蓄えた風貌は、実年齢よりずいぶん年上に見えたし貫禄もあったが、そのいかめしい顔に似合わず、気さくで優しかった。
オレも戦場で二度ほど会って話したことがあるが、驚くほど腰が低かったのを覚えている。クレイも、大物は確かに違うと感嘆してたっけ。
でも、第一線から退いて、もっぱら運営的な仕事をしていると聞いていたので、今回の出場は正直驚いた。周りの風評も、何で今? というとまどいの声が多い。
けど、オレはワクワクしてた。
だって、彼は確実に人を惹きつける何かを持っていたからだ。
「あんた――! 負けたら、ただじゃおかないよ――」
女性の声が響く。視線を向けると、観客席から艶っぽい美人なお姉さん……(少し年齢がいってるけど)が声援を送っていた。あれが噂のグレッグの奥さんらしい。
肩を出した黒いドレスの何とも色っぽい応援姿に周囲の男どもは目尻が下がっていた。
美人の奥さんの声援に片手を上げて応えると、髭団長は開始位置に進んだ。グレッグ、オルラット両者とも武器は、ロングソード、防具はブラストプレイトにラウンドシールドというオーソドックスな装備だった。
戦いが始まると、激しい打ち合いで見応えのある試合になった。どちらかと言えば、髭団長が押され気味に見えた。
オレが手に汗を握っていると、横から呆れたように声がした。
「グビル殿もずいぶん、余裕ですね」
「ヒュー!」
久しぶりに会ったヒューは、思いのほか元気そうだった。怪我をしている様子は、全く感じられなかったし、顔色も良い。
「大丈夫なの?」
声を潜めて聞くと、ヒューはにっこり頷いた。
「ええ、もう大丈夫です。10割とは行きませんが、7割ほどは回復しましたから、戦えます」
「そう、そりゃ良かった。まぁ、次はあのまぐれで勝ったイクスだから、楽勝だと思うけど」
「いや、それは、わから……」
「あ、危ない!」
オルラットの強烈な一撃を、髭団長がシールドで何とか防いだ。オレはほっとして、ヒューに向き直り質問した。
「ヒュー、さっき髭団長が余裕あるって言ったけど、とてもそんな風には見えないんだけど……」
「そんなことはありませんよ。グビル殿が愛用している武器はハルバードです。あえて不得手な剣で闘っているんですから、余裕でしょう」
えっ、あれで苦手な武器なの?
「それにわざと無駄な動きで、押され気味に見えるような芝居をして観客を楽しませているようですね」
そ、そうなの?
もう一度じっくり見ると、髭団長の動きは確かによく計算されたものだった。こういう展開なら、観客が沸くというツボを押さえた試合運びをしていた。と言っても、手を抜いているわけでなくギリギリのところで茶目っ気を出しているという感じだった。
……や、やるな髭団長!
「あんた――! いつまでも、ちんたらやってんじゃないわよ! いいかげんにしないと、家に入れてやらないよ」
奥さんの愛の鞭が聞こえたのか、不意に髭団長の動きが変わった。見る見るうちに形勢を逆転させ、オルラットを追い詰めていく。オルラットも剣闘士界では有数の闘士だと聞いていたが、髭団長の前では実力の差がはっきりわかる。
侮れない髭親父だ。
苦し紛れに放ったオルラットの一撃を難なくかわすと、団長は剣先を彼の首に突きつけた。
「ま、まいった!」
オルラットが降参して試合が終わった。髭団長はそれを確認すると、大急ぎで観客席の妻の下へ走る。
「リザ!ごめ~ん。後半頑張ったから許してくれる?」
闘技場から観客席にいる奥さんの機嫌を伺うように懇願する。
だ、団長……情けないぞ。
それを冷たく見下ろす奥さんは一言。
「許さん!」
がっくりとうなだれる団長にオレは心底同情した。くすくす笑うヒューがオレを安心させるように言う。
「リデル、あれもあの夫婦の愛情表現の一種で、いつものやり取りのようですから本気にしないほうがいいですよ……」
髭団長がちょっとだけ羨ましく思えた。




