一番人気はあなたですか?⑤
朝、目を覚ますと、かなり気分が落ち着いていた。たくさん寝たせいか、身体の疲れやだるさも無くなっている。
「う~ん」
小さく伸びをすると、勢いよくベッドから飛び下りた。
気に病んでも仕方ない、前向きに考えよう。
大会に集中しなきゃ……ラドベルクと闘うまで落ち込んでなんていられない。
そう考え方を切り替えると、不意にお腹が空いていることに気がつく。
そういえば、昨日の晩御飯、食べ損なったっけ。
本当は会いたくない気持ちもあったけど、そういうわけにもいかず仕方なくソフィアを呼ぶ。
「おはようございます。お加減はいかがですか? 気分が優れないのならお薬をお持ちしますが」
「いや、寝たら良くなったから大丈夫だよ」
ソフィアの笑顔に胸がちくりとしたが、虚勢を張って元気なことを強調する。
「それなら、良いのですが……リデル様、お食事はお部屋で召し上がりますか?」
「下の食堂へ行ってみるよ。他の出場者とも話したいし」
「構いませんが、出場者同士の交流は極力少なくするのが規則となっております」
不正防止のためなのだろう、ソフィアは申し訳無さそうに頭を下げる。
「大丈夫さ、あいさつ程度で済ませるから」
オレは無性にラドベルクに会いたくなっていた。今のオレの心境を聞いてもらいたい気分だった。
何故だろう? 他人に心の内を吐露したい気持ちになったのは、クレイ以外では初めてのことだ。
急いで食堂に赴くと、残念ながら彼はおらず、代わりにいたのはイクスというあの軟弱美青年だった。
顔も身体も中性的で、一見すると女の子に見えないこともない。柔らかい金髪に端正な顔立ちは、闘う人というより酒席に侍るほうが似合っている。
日も高いのに、どこか夜を感じさせる雰囲気があった。
「あ、リデルさんおはようございます」
椅子から立ち上がって礼儀正しくお辞儀をする。
「おはよう……って、なんで敬語なの?」
見たところ、男の時のオレより幾分か年上に見えた。20代前半、見ようによっては10代にも見えないこともない。
「えっ、いけませんか? ボク、誰に対しても敬語なんです」
「別にいいけど……」
他人のことは言えないが、やはり無差別級に出るような戦士とは思えない。
「ホント良かったです、今回の大会にリデルさんがいてくれて。他の方、みんな凄く怖そうなんで……」
にこにこしながら話すイクスに、オレは半ば呆れて質問した。
「あのさ、何でこの大会に出ようと思ったのさ?」
「えっ……まぁ、いろいろと……なりゆきで」
なりゆきで『無差別級』に出ようとするか、普通……。
オレの中で、イクスは『理解できない人ランキング』第2位に躍り出た。第1位は、もちろん公子様だ。
何となくあいつ同様、付きまとわれそうな予感がしたし、他の出場者は自室で食事をとっているみたいなので、そうそうに退散することにした。朝食は後でソフィアに届けてもらおう。
「じゃ、オレは用を思い出したから戻るね」
「え~、行っちゃうんですかぁ?」
行こうとするオレに情けない声を上げ、引き止めるイクス。
その時、ふと何か違和感がした。
何だろう、何かおかしい……。そう一瞬感じたけど、その理由がわからないまま食堂を後にした。
だって、タイミングを逸すると長くなりそうなんだもの。
部屋に戻る途中、階段でヒューの世話係に出会った。年配で人の良さそうなおばさんだ。
ヒューの容態が気になったが、出場者の情報を教えてくれるわけがないので、挨拶だけ交わした。
すれ違いざまに、彼女の持った籠から血のついた布がちらっと見え、ヒューの怪我が癒えていないことがわかった。
でも、大会が始まっている現状では、オレにどうすることもできない。
まぁ、大会常駐の医師もいるし、自分で決めたことだから仕方ないだろう。
そう思って無理矢理納得した。
部屋に戻り、ソフィアに朝食を頼むと快く応じてくれた。
こちらのわだかまりに気付いたらしく、必要以上に接してこない。本当に出来た女性だ。
大会期間中、ずっと一緒にいるわけだから、折り合いをつけなきゃね……。
そう思いつつ、ぎこちない笑顔を貼り付けながら、自分の部屋へと逃げ込んだ。
ベッドに腰かけると、ふとテリオネシスの剣が目に入る。朝食を終えたら、剣の訓練しようと決めた。




