一番人気はあなたですか?④
「うわっ、何これ!」
オレの驚いた声がロビーに響く。
だって、宿舎って言うから、寝るためだけのシンプルな宿泊施設だと思ってたら、案内されたのは一流ホテルと見紛うばかりの立派な宿舎だったんだ。
初めて参加する者は、オレのように目を丸くして、宿舎内を見渡している。
「皆様方には、大会に勝ち進んでいる間、この宿舎にお留まりいただきます。なお、その間、外部の方とは一切接触できない決まりになっておりますので、ご了承ください。こちらでの生活や規則については、後ほど個々の担当から説明があります。あ、申し遅れました。わたくし、支配人のトマスと申します。お見知りおきを。お気付きの点がございましたら、何なりとお申し付けください」
トマス支配人は、肩書きに比べると少し若いように見受けられたが、洗練された優雅な所作とさりげない気配りに彼の職に対する自信が窺われた。
基本部門の本選出場者も含めて、滞在期間が長期化することが多いため、必要なものはなんでも揃うとのことだ。それこそ、日常品から夜のお供まで……。しかも経費は大会持ち。
にやけ顔のナグリッシュに言わせれば、『豪華な監獄』だそうだ。つまりは、勝ってる間は誰でも貴族のような生活が送れるというわけだ。
確かに宿舎外には出られないのは不便だが、中庭には立派な庭園や屋外練習場もあり、屋内に閉じ込められるという閉塞感はない。ましてや、遊戯施設まで完備しており、いたせりつくせりだ。
その上、専用の従者まで付くというのだから恐れ入る。
ナグリッシュは担当になった女の子を早速、口説いている。
「君、なんて名なの? 可愛いね、いくつになるの?」
いいのか、あれ……。乙女の敵だぞっていうか、彼女もまんざらでもない様子だ。織り込み済みなんだろうか?
まぁ、オレの側に寄ってこなければ、どうでもいいけど。
え~と、オレの担当は……。
周りをきょろきょろしていると、オレに近づいてくる女性に気付く。
「リデル様」
オレは心底、驚いた。と同時に、自分の表情が固くなるのを感じる。
「担当となりましたソフィア・ナユルと申します。ここでのリデル様のお身の回りの諸事についてお世話することになりました。微力ではありますが、精一杯努めさせていただきます」
整った顔だちに知性を窺わせる大きな瞳が印象的な女性……忘れたくても忘れらないクレイに寄り添っていたあの人だ。間近で見ると、より清楚なイメージがして、クレイでなくても守ってあげたくなる男性は多いだろう。
しかも、仕事も出来るっていうんだから完璧だ。
「あの……、私、何かお気に触ることをいたしましたか?」
オレが黙ったまま、じっと見つめていたので、ソフィアが不安げな表情で訊いてくる。
「いや、何でもないです。こちらこそ、よろしく」
思わず受け答えした後、戸惑いを覚える。
何故だろう? 何となく気後れがする。本当なら、こんな美人さんにお世話されて嬉しくない筈がないのに、どこか気分が晴れない。
「いやぁ、美少女と美女が一緒にいる図は、それだけで長寿の妙薬ですなぁ」
変態にやけ男……もとい、ナグリッシュが、いつの間にかオレ達の間に立ち、しみじみと感想をのべる。ホント……美人がいると、どこにでも湧いて出る奴だな。
美女ねぇ、オレとしては、男性の担当の方が気が楽だったんだけど。
「ナグリッシュ様、担当のローズがお待ち申し上げていますよ」
ソフィアがさりげなく、オレとナグリッシュの間に割り込み牽制する。
「えっ! あ、ごめん、ごめん」
ナグリッシュは少し怒った顔の自分の担当の所へ慌てて戻る。くすっと笑ったソフィアはオレに向き直り、
「お部屋まで、ご案内いたしますので、僭越ながら前を歩かせていただきます」と恭しく言った。
「あ、うん。お願いするよ」
ソフィアは先に立って歩きながら、施設の説明をしてくれた。その言葉の端々に親愛の情が見てとれ、とても大切に接してくれているのがわかった。
わだかまりを捨てきれず、素直になれない自分に自己嫌悪しながら、後について歩く。
「こちらがリデル様のお使いいただくお部屋です」
案内された部屋は、『いったい何人で使うの?』と思うぐらい広かった。
廊下の様子を念入りに窺った後、部屋の扉を注意深く閉めるとソフィアは声を潜めて切り出した。
「リデル様、私がリデル様の担当になったのは偶然ではございません。理由があるのです」
知ってる……たぶん。
「私はクレイ様の配下の者なのです。クレイ様とリデル様の連絡係を仰せつかっております」
『クレイ様』と言うソフィアの表情を見て、オレに対する親愛の情がどこに起因しているのかを悟った。
「確か、外部の人が連絡をとろうとすると重罪だったよね」
「はい、仰る通りでございます。ですので、手紙等の持込はできませんので、私がクレイ様のお言葉を口頭にてお伝えします」
クレイの言葉をソフィアの口を介して聞く……ただ、それだけの事なのに、オレの心は深く沈みこんだ。
オレがもし、彼女が外部から連絡をつけようとしていると主催者に告げたら彼女は捕まるのだろうか……もしそうなったら、彼女はクレイの名を明かすだろうか? いや、ソフィアのことだ、きっと名前を出すことはなく刑を受けるに違いない。
そんな卑劣な考えが頭をもたげて、慌てて打ち消す。自分の中にいる邪悪な心に吐き気がした。
「リデル様! お加減が優れないのですか? お顔の色が悪いです」
心配げなソフィアの優しさにオレはますます打ちのめされる。
「人前に立って疲れたみたいなんだ。少し休ませてもらってもいいかな?」
かろうじて、それだけを告げると、ソフィアは心配しながらも一礼して下がっていった。
彼女が退出するとオレは装備を外し、のろのろと部屋着に着替えた。鏡に映ったオレが泣きそうな顔をしているのが見える。
どうしちまったんだ、オレ?何なんだよ、このもやもやした気持ち……。
何も考えたくなくなり、そのままベッドに倒れこむと枕に顔をうずめた。
世界最強どころか、世界最悪だ……。それもこれも、みんな聖石のせいだ。
自分を棚に上げ、聖石を恨みながら、いつの間にか寝入っていた。




