一番人気はあなたですか?②
「ヒュー……ホントに出るのか?」
癒えない傷のためか、元々色白の顔がますます白く見える。ヒューはオレの問いかけに答えず黙って頷いた。
「無理しない方がいいんじゃ……」
「大丈夫です! 試合までには何とかなります」
言葉を遮ると、きつく目を閉じる。
全く強情ったらありゃしない、呆れるにも程がある。
丸一日眠っていたヒューは目が覚めると大会に出場すると言い出した。オレもクレイも必死になって止めたが、頑としてヒューは譲らない。薬を飲めば何とかなるの一点張りだ。
確かに彼の持っていた騎士の妙薬とやらの効き目は凄いもので、傷による炎症や高熱は治まった。
だからと言って、傷口が塞がった訳ではないし、安静にすべき状態なのは間違いない。そんな医者の忠告にもヒューは聞く耳を持たなかった。
正直、ヒューがこんなに頑固で我がままとは思わなかった。大会に執着する姿には鬼気迫るものを感じる。
終いにクレイも匙を投げ、オレに任せると無責任を決め込んだ。
当然、オレがあの石頭を説得できる訳もなく、こうして彼は闘技場で出番を待っているという次第だ。
傷のある腹を布できつく締め、プレイトメイルを着込んで立つヒューは、顔色の悪さ以外それと悟らせないのはさすがだ。気を失うほど痛いだろうに……。
「11番! ヒュー・ルーウィック」
名が呼ばれると、一際多くの歓声が会場から沸き起こる。
ヒューはゆっくりと立ち上がると、静かに歩き始める。激痛を気付かせない足取りで、闘技場中央へ向かった。
ヒューの姿が闘技場に現れるやいなや、観客の呼び声が起こる。
「ヒュー!……ヒュー!……ヒュー!……ヒュー!」
総立ちになって迎える観客達に、ヒューは剣を抜き攻撃の型を見せる。
華麗で見事な剣の舞……。
誰もヒューが怪我をしているなんて、思いもしないだろう。
それほどの完璧さだ。
やがて、剣を鞘に戻すとゆっくりと待機所に戻ってくる。
一瞬だけ痛さのため、わずかに眉をしかめたのをオレは見逃さなかった。
かなり無理してる……。
けど、オレの横を通り過ぎたヒューには、とても言葉を掛けられるような雰囲気ではなかった。
ヒューは真っ直ぐに待機所の中を進むと、最後の男の前に立った。
男の目と視線が絡む。
「12番! ラドベルク・ウォルハン」
男は静かに立ち上がった。
周りの人間が王侯貴族に仕えるように恭しく道を開ける。ラドベルクは左右に目礼で応え、それから目の前に立つヒューを面白そうに見下ろした。
ヒューが鋭い視線でそれを見返す。
一触即発の気配を感じ、オレが慌てて間に割って入ろうとすると、目を逸らさぬまま、ヒューが黙って道を開けた。
ラドベルクは、気にする風でもなく、自然に視線を外すと闘技場へ歩き出す。
腰巻と剣帯だけを身にまとったその見事な体つきにオレは目を奪われた。戦士として理想的な筋肉のつき方だったし、芸術作品のような気高さが感じられる。
ラドベルクが闘技場に現れると、観客席が静まり返った。
三万人とも言われる観衆が固唾を呑んで、彼の一挙手一投足に注目していた。
ラドベルクは、抜き身の剣を両手に持つと上段に構える。
そして渾身の力で振り下ろした。
地に刺さる寸前に止め、続けて下から斜め前に斬撃を繰り出す。
その迫力に思わず鳥肌が立つ。
円を基本とした攻撃・防御の型を休むことなく次々に見せ、巨体が風のように軽やかに舞う。
強さと軟らかさを兼ね備えた見事な動きに、オレは声が出なかった。
オレの目指していたものが、そこにあった。
ゆっくりと剣を右手に戻し、地に剣先をつけるとラドベルクは一礼した。
次の瞬間、闘技場に爆発したかのような大歓声が巻き起こった。
「ラドベルク! ラドベルク!」
「よくぞ、戻ってきてくれた!」
「お前は最高だ!」
「武闘王、万歳!」
興奮した観衆が次々と叫ぶ。
「ラドベルク、やっぱりあんた凄いよ!」
オレも知らぬ間に叫んでいた。
ラドベルクは、その周囲の熱気に動ずる素振りも見せず、出て行った時と変わらぬ様子で待機所に戻ってくる。
そして、係官に案内され、そのまま待機所を素通りし退出していった。その後ろ姿を燃えるような目付きで見送るヒューを残して……。




