今のあなたの目標を安心サポート!④
基本部門決勝戦が終わった日、闘技場に併設された貴賓館で祝賀会が催され、ヒューはそれにゲストとして参加することになった。
普段のヒューは、いらぬトラブルをさけるため、基本的に夜に開かれる催しをすべて断っていた。女性にしろ男性にしろ、お酒が絡む夜に会うのはお互いにとって好ましくない状況が発生しやすいことを、ヒューは肌身で知っていた。
しかし、大会運営者からの招待を辞退することは、ヒューの常識では失礼にあたった。
「まぁ、主賓は優勝者ですから、なるべく早く帰ってきますよ」
ヒューは笑って言った。
「いや、綺麗なお姉さんと朝帰りとか目指したらどうだ?」
無責任なクレイの発言にオレも同調する。
「そこまでは無理でも、せめて、も少し女性との浮いた話題を提供して欲しい」
でないと、ますます巷の女子のあらぬ妄想が白熱するよ。ただでさえ、最近ヒューとクレイの仲が噂になってるみたいだから……。
ま、確かに二人がつるんでる姿は、街でも目立つからね。
えっ、オレ? 当然、嫉妬と羨望の的だよ。
幸いなのは、ヒューもオレも日常的に必要以上の接触をしてないから、直接的な嫌がらせを受けるほどではないけど。
オレの懇願を受け、善処しますよと苦笑しながらヒューは出かけて行った。
そして、夜遅くになっても帰って来なかった。
オレとクレイは、互いの顔を見合わせながら、相手の言いたいであろう言葉を飲み込んだ。まぁ、ヒューも一人前の男だから、と結論付けてオレ達は彼の帰りを待たずに眠ることにした。
翌朝、オレはいつもよりずいぶん早く目が覚めた。ヒューのことが気がかりだったせいかもしれない。朝が苦手なオレにしては珍しく頭がすっきりしていた。ベッドから飛び起きるとヒューの部屋を伺う。
やはり、戻らなかったようだ。
まさか、オレが言ったことを真に受けたんじゃないだろうかという不安がよぎるが、それを頭から振り払うと朝の鍛錬を始めるために階下へ降りた。
その時、何となく胸騒ぎがして、宿の入り口の扉を開けると外へ出た。まだ薄暗く、街が眠りから覚めるにはもう少し時間が必要だった。
ふと視線を無意識に左右に向けると、視界の片隅にぼんやりと何かが映る。何か大きな塊が宿屋の壁の前に置かれているように見えた。
眼を凝らすと、どうやら人が壁にもたれかけて座っているのがわかる。
オレは、ハッとして慌てて近付いた。
剣を支えにして上体を起こし、左足を投げ出すような格好で腰を下ろしていたのは、まぎれもなくヒュー・ルーウイックその人だった。
白の礼服があちこち切り裂かれ、血に染まっていた。
「ヒュー――――!」
死んだように動かないヒューにオレは大声で呼びかける。
オレの声に反応して片目をうっすら開けると、ヒューは何か言おうとした。ヒューの口元に耳を近づけると弱々しい声で告げる。
「……すみません、リデルのご期待に添えませんでした……」
「な……馬鹿なこと言ってないで、そこを動くな! 今、誰か呼んでくるから……」
オレの言葉に苦しげな表情で黙って頷く。
呼ぶまでもなく、オレの大声を聞きつけ、クレイや宿の者達が表へ出てくる。クレイはヒューの様子を見てとると、てきぱきと指示を下す。宿の者が自然にクレイに従うのをみて、やはりここがクレイ絡みの宿屋であることに気付かされる。
部屋に担ぎ込まれると、すぐに医者が呼ばれた。
傷の治療を済ませた医者の診たてによると、ヒューの容態はとりあえず命に別状はないが、手足の切り傷に加え、腹部に深手があり無理をすると予断を許さない状況になりかねないとのことだ。
オレはベッドの脇に腰掛けヒューを見守り、クレイは医者と今後の治療について話し合っていた。
ヒューは、少し苦しそうな息遣いを見せたが、意識はしっかりしていた。オレが吹き出る汗を布で拭いてあげると、申し訳なさそうに謝った。
「……すみません、リデル」
「謝らなくていい。それより、しゃべるな! 安静にしてろ」
「……不覚をとりました」
言葉とは裏腹に悔しそうな表情も見せず、苦しい息の合間に淡々と話す。
「帰り道に待ち伏せされたようです」
「あんたに手傷を負わせるとは……いったい何人に襲われたんだ?」
オレはヒューの容態を心配しながらも、気になって思わず尋ねる。
「それが……一人でした」
「えっ?」
ヒューに一対一で手傷を負わせるなんて、どんな相手だ?
「残念ながら、宴席で薬を盛られたようです。……四肢に力が入りませんでした」
なるほど……遅効性の神経毒ってところか。
でも、何のためにヒューを襲ったんだ?
「どんな奴だった?」
「全身黒ずくめで、マスクで顔を隠していました。立ち会った感じでは、背はさほど高くなく、筋肉質という体格ではありませんでした」
「そうか……それじゃ……」
「リデル! お前が話しかけてどうする。ヒューを休ませてやれ」
更には話しかけようとして、クレイに叱られた。
「ああ、ごめん」
「それより少し話がある。ちょっと来てくれ」
クレイが部屋の出口へオレを誘った。
「じゃ、ヒュー。ちゃんと寝てろよ。また、後で看病にくるから」
ヒューを無理矢理寝かしつけるとクレイと一緒に部屋から出た。
クレイの部屋に入ると真剣な面持ちで、オレに問いかける。
「ヒューは何故、襲われたと思う?」
「う~ん、やっぱり武闘大会絡みかな」
「それは間違いないだろう。しかし、何のためだ?」
「ヒューが出場して人気を二分したら、ラドベルクの賭け率が悪くなるからじゃないかな」
「そうかな……ヒューが出たほうが大会だって盛り上がるし、賭け金も多く集まるように思うんだが……」
「またクレイの取り越し苦労が始まった。なら、何のために襲われたんだと思う?」
「それは、わからん」
「クレイ……あんまり頭、使い過ぎるとハゲになるぞ」
「や、やめろ! 変なこと言うのは」
あれ、意外な反応……さては、密かに気にしてるな。
「とにかく、ヒュー様御一行と思われている俺達も気をつけるに越したことはない。特にお前は目立つから、おとなしくしてろよ」
「む~」
「口を尖らせない! 可愛くないぞ。本選が始まったら好きなだけ暴れればいいんだから」
オレはぶつぶつ言いながら、ヒューの看病に戻った。
部屋に戻るとヒューは薬が効いているらしく、よく眠っている。
伏せた睫は女性のそれのように長く、規則正しく息をする唇は、怪我による色白の顔に映え、とても蠱惑的に見えた。
その寝顔は男にしておくには、もったいないほどの美しさだった。一瞬、触れるのをためらったが、額に手をあてる。傷によるものか、ひどい高熱だ。流れる汗を拭いてあげながら、これから始まる本選のことを思い、ため息をついた。




