あなたの内なる声を私に……④
「ちょうどその時、私は将軍の依頼でルマ市をしばらくの間、離れていてね。用件を済ませ、久しぶりにサラの家へ赴くと、イエナが所在無げに表で立っていた。理由を尋ねると『お医者さんが来ている』と言う。慌てて中に入ると、サラは床に伏せっていた」
『残念ですが、奥様はもう……』
「勘違いを正す余裕もなく、私は医師に詰め寄った。何とかサラを助けて欲しい、そのためなら何でもすると声を荒げた……」
『ラドベルクさん……』
「突然、サラが話しかけてきた。今までに何度も顔を合わせたが、話したのは最初に会って以来のことだった」
『あなたにお話したいことがあります』
「私が戸惑いながら頷くと、医師は一礼して外へ出ていった」
『今までの数々のご援助、ありがとうございました。それとイエナに優しくして下さったことにもお礼を言います…………でも』
「聡明な彼女は、私が行ってきたことなど、とうに気付いていた」
『でも、私はあなたを決して許さない、彼を奪ったことを忘れることはできません』
「初めて聞く彼女の怨嗟の言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。その反面、安堵する気持ちも何処かにあった」
『……けれど、今の私にはもうあなたしか頼る相手がいないのです。不躾なお願いを聞いていただけますか?』
「私が頷くと、サラが身を起こそうとしたので、慌てて身体を支えた……小さくて痩せていて少女のような軽さだった」
『私はもう永くは生きられません。だから……だから、イエナのことをあなたにお願いしたいのです。イエナが慕っているあなたに……』
「彼女は苦しい息の下、私から目を離さずにその言葉を告げた」
「ラドベルク……」
苦渋に満ちた面持ちの彼に対し、オレが何を言えただろう。
「私は彼女の手を握り、何度も大きく頷いた。……彼女は安心したのか、涙を浮かべながら、そのまま眠りに落ちた」
ラドベルクは目を閉じると、大きく息を吐いた。
「サラは、その2日後に眠るように息を引きとった。医師の話では、もともと心の臓が悪かったらしい」
ラドベルクは急に立ち上がると、オレに向かって言った。
「イエナを必ず守る、この命に代えても…………そう、サラと約束した。だから、イエナを助けるためなら何でもする。人から悪し様に言われようと、神をも恐れぬ行為であろうと構わない。彼女との約束は必ず果す」
断言するラドベルクに迷いはなかった。
「わかった、あんたの邪魔は決してしない。でも、オレはオレのやり方で彼女を助けて見せる」
オレも断言すると、ラドベルクは微かに笑った。
もっと話をしたかったが、この場所に長居するのも気が引けたので、オレも立ち上がった。
「ラドベルク、あんたと話せて本当に良かったよ」
「私もだ、リデル殿」
「リデルでいいよ。オレ、あんたと闘うのが、ますます楽しみになってきた」
「そうか……。それはそうとリデル、君に一つお願いがある。聞いてもらえないか?」
「うん、あんたの頼みなら、出来る限りのことはするよ」
「それはありがたい。では、イエナが自由になったら、あの娘の友達になって欲しい」
「えっ、オレが?」
「ああ、あの村はサラの生まれた村で、自然も住人も素晴らしいが、イエナと同じ年頃の娘がいないのだ。ぜひ、友達になってもらいたい」
あの……オレ、ホントは男で17歳なんですけど……ってとても言えない。この人に嘘はつきたくないけど、クレイに止められてるし……。
でも……。
「オレ、訳あって今は仮の姿なんだ。それでも良ければ構わないよ」
「仮の姿?」
ラドベルクは不思議そうな顔をしたが、深くは聞かず続けた。
「君がいいんだ。君は真っ直ぐで力強い、それでいて優しい。イエナにとって良いお姉さんになってくれるだろう」
う~っ、良いお姉さんか……、ちょっと自信ない。
「ラドベルク、代わりにと言っちゃ何だけど、オレもあんたにお願いがある」
「言ってくれ」
「今まで聞いた話、どうしても二人の人間に話さなきゃならないけど、許してくれる?」
「私が君に勝手に話したのだ。君の意思を尊重しよう」
「一人はオレの相棒のクレイ、もう一人は白銀の騎士ルーウィックだ」
「相棒と白銀の騎士……」
「もともとエトックは、ヒューに相談しようとしてだんだ。だから、あいつに言わない訳にはいかないんだ。それと、クレイには隠し事はできない」
あいつはいっぱい隠し事してるけどね。
「構わない。君に任せよう」
即答だな、ラドベルク。
「あんたって、本当にいい男だな!」
「女にはもてないようだがね」
あれ、意外に傷ついてたんだ……。
オレ達は旧知の仲のような親しさで、貴賓室から出た。
別れる際に、振り返って見たラドベルクの背は広くてがっしりしていて、男の背中って感じがして、何だか嬉しくなった。
いつかはオレもああいう風になりたいと思った、今は絶対に(性別的にも)無理だけど……。
彼との邂逅はオレにとって、何ものにも変えがたい貴重な経験となった。




