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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いつまでも可愛くしてると思うなよ!
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あなたの内なる声を私に……③

ラドベルクは感情を押し殺すように淡々と言った。


「イエナの父親を殺したのは私だ」


 言葉の意味を理解するのに、一瞬の間が必要だった。


「不思議なものだな。初めて会った君にこんな話をするとは……」


 オレは言葉を返せなかった。


「6年前の戦いの話は、君もきっと聞いているだろう。彼と会ったのは、その少し前だった」


 オレは黙って頷き、先を促す。


「彼は明るく物怖じしない性格で、傭兵団の皆から好かれていた。この私にさえ気軽に話しかけてきたほどだ。気持ちの真っ直ぐ過ぎる男で、およそ傭兵という職業に不似合いな性格の持ち主だった」


 ラドベルクは苦笑して言った。


「もともとは名のある商家の跡取り息子だったのだが、親の意に反した身分違いの恋愛の末、勘当された身の上だったらしい。腕もさほど良いとは言えなかったので、私は職を変えることを幾度となく勧めた」


(やっぱり、そう思う?俺も向いてないんじゃないかって、薄々感じてたよ。もっと堅実な生き方をするべきだよね。実は俺、ルマ市に嫁さんと二歳になる娘がいてね。この戦いが終わったら、戻って一緒に暮らそうと思ってるんだ。転戦続きで娘にも数えるほどしか会ってないしね)


「そう、彼は私に話し、私も賢明な選択だと思った。そして……」


 ラドベルクは瞑目すると、静かに言った。


「あの戦いが起こり、その最中さなか私は彼をあやめた……いや、彼だけでなく敵も味方も問わず、私に近づく全ての者を殺し尽くしたのだ」


 見開いた彼の目は何も映してないように見えた。


「私も本当は死ぬべきだったのかもしれない。しかし、軍は追撃を阻止し、負け戦を引き分けに持ち込んだ私を英雄に祭り上げ、罪人として裁くこともなかった。私は自分自身も裁けぬ唾棄すべき卑怯者となった」


 オレは、そんなことないって言ってあげたかったけど、ラドベルクの苦悩する姿に気安く声をかけられなかった。


「そんな時、私はロイドが……本当のイエナの父親が生前に、もし俺に何か合ったら妻に自分の最期のことを伝えて欲しいという言葉を思い出した」

「会いに行ったのか?」

「ああ、選択の余地は無かった。面と向かって私を責める者は軍にはいなかった。私は真実の言葉をこの身に受ける義務があったのだ」


 ラドベルク……あんた、自分を責め過ぎだよ。

 傭兵稼業なら、戦いで命を落とすことは当然覚悟しなけりゃならないリスクだし、あんたが手を下さなくても、傭兵団が全滅して亡くなってた可能性が高いと思う。

 そう思ったけど、ラドベルクの諦観した目を見ると何も言えなかった。


「だが、ルマ市で会ったサラは……イエナの母親は私を責めなかった。ただ一言『知らせていただいて、ありがとうございます』とだけ言い、私とは決して目を合わせようとはしなかった」

「…………」

「ただ、彼女の握った両の手の拳が、震えていたことを覚えている」


 結局、イエナの母親はラドベルクからの援助を全て断り、親子二人で生きていく道を選んだそうだ。


 ラドベルクはルマ市に腰を落ち着けると、剣闘士となり武闘大会で優秀な成績を収めた。それにより富を得ると人を介してサラ親子を援助していった。

 それに留まらず、人任せにしないで親子の様子を見守るうちに、偶然にもイエナと接触する機会を得た。


 何故か、初対面からイエナは恐れもせずラドベルクに懐いた。二人はその日から一番の友達になった。


 働きに出ているサラがいない間、時間を見つけてはイエナの相手をした。端から見ると仲の良い父親と娘のようだった。

 やがて、二人の交流はサラの知るところとなったが、どういう理由か彼女はイエナがラドベルクと会うことを禁じなかった。

 また、イエナがラドベルクのことを楽しげに話すと、サラは口を濁しはしたが、決して悪くは言わなかった。

 小さいイエナに、母親の見せる戸惑いに気付く筈もなかった。そのため、イエナはますますラドベルクに懐き、愛情を深めていった。


『ラドおじさん、大好き! パパみたい』


「幾度となくイエナはそう言ったが、私にはそれに答える術がなかった……『君のパパは亡くなっていて、殺したのは私だ』……そんなことは幼いあの子には言える訳がなかった」

「じゃぁ、イエナちゃんは?」

「私を本当の父親と思ったらしい、いやそう信じたかったのかもしれない」

「あんたもじゃないのか?」


 オレの問いにラドベルクはわずかの間、沈黙する。 


「そう……だな。家族とは、このように心休まるものなのだろうかと、不思議な気持ちだった。ずっとイエナのためと思っていたが、本当は私自身が救われていたのかもしれない」


 それはわかる。オレも親父が亡くなった時は途方にくれたっけ。

 クレイと旅をして、奴と喧嘩したり世話を焼いたりして、ずいぶん気が休まった覚えがある。


 ふと、当時の様子を思い出したのか、ラドベルクの表情がかすかに緩む。


「つかの間のあの子との触れ合いが、私の心を和ませてくれた。私にはそれで十分だった。イエナにとって、いつも優しいおじさんでいられることが私の幸せに思えた。このささやかな時間が少しでも永く続いて欲しいと願った……だが、私はやはり疫病神だったのだ」


 不意に顔を曇らせると、声を搾り出すように言った。


「程なくして、サラが病で倒れた」


「そ、それはあんたのせいじゃないと思うよ」

「いや、元々身体が丈夫でなかったサラは生活を支えるために無理をして働いていたのだ。そもそも、ロイドが死ななければ、そんな苦労もしなかったろうに」


 そうかなぁ? ロイドさんって何気に商売下手に思えたんだけどな。彼と一緒に暮らしてても苦労はしてた気がする。


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