あなたの内なる声を私に……②
ラドベルクの言葉に、彼の優しさを感じると同時に、彼の目にオレがどう映っているかを悟った。
血気盛んな傭兵の若造ではなく、自分の娘と幾つも違わない愛らしい少女の姿。
考えてみれば、初対面の年端のいかない小娘に、『あんたを助けたい』と力説されて、耳を傾けられる彼は、十分できた人間だと思う。普通なら、子どもと侮って端から相手にしないか、大人を馬鹿にするなと怒り出すところだろう。
けど、ラドベルクは真摯に耳を傾け、対等に扱ってくれた。それだけで、彼の性格や人となりがよくわかる。
やはり、てっぺんに立った男はさすがに違う。惚れ惚れする男振りだ。
ラドベルクを知れば知るほど、ますます彼に助力したくなり、オレは言わずにはいられなかった。
「あんた、大会でわざと負けるつもりなんだろう。そう、ダノンに強要されてるんじゃないのか?」
ラドベルクは表情を変えずに沈黙する。
「でも安心しな、八百長なんかして負けなくても、オレが必ずあんたを倒してやるよ」
そう言い放って、ラドベルクの正面に立つと、彼の目を真っ直ぐ見据えた。彼はそれを黙って受け止め、ニヤリと笑みを浮かべると低い声で笑い始める。
「そうか、私を必ず倒す……か。それはいい、楽しみにしてるよ」
決して馬鹿にしたような口振りではなく、本当に楽しみにしているような口調だ。
「オレ、あんたのこと、すごい戦士だって、ずっと思ってた。正直少し憧れてもいた。引退したって聞いた時はすごく残念だったし、ちょっと寂しかった」
一年前にルマに来た時、ラドベルクの引退を聞いて落胆したのはホントだ。でも逆にそれを知り、ルマの大会に出ようと決心したのも事実だ。
それほど、武闘王の偉業は大きかった。
「アーキス将軍が、君にぞっこんな訳がわかるな。何と言うか、見た目はたおやかな少女なのに、魂は将軍や私のような者に近い」
笑いを収めたラドベルクが興味深そうにオレを見る。
そりゃ、中身は男だもの。そう感じるのは当たり前かも……。
「褒められてるのか、けなされてるのか、よくわからないんだけど……」
「それはすまない……一応褒めたつもりだなのだが」
「ねぇあんた、意外と女にもてないだろ?」
「そう思うか?」
「うん、思う」
「……そうか」
わずかに左右の眉が下がる。
あれ? 何気にへこんでいるように見える……。
ちょっと、可愛い。
「とにかく、オレは好きにやらせてもらう。あんたやイエナちゃんを助けるのは、オレが助けたいからであって、あんたに頼まれたからじゃない」
我ながらむちゃくちゃなこと言ってると思う。
けど、ラドベルクが何か言いかけるのを待たずにオレは続けて言った。
「だけど、決してイエナちゃんに危害が及ぶようなマネだけはしないと必ず約束する」
オレが断言すると、彼はしばらく黙ってオレを見つめると、少し間をあけてぼそりと言った。
「好きにすればいい」
勝手にやると言ったものの、やはり気がひけていたので、そのつぶやきにオレはホッとした。
だから深く考えずに、気になっていた質問を口にしてしまったんだ。
「それはそうと、どうしてイエナちゃんを引き取ったんだ?」
その刹那、空気が変わった。
「誰から聞いた」
地の底から響くような冷たく低い声がした。
優しげだった表情は跡形も無く消え、刺すような鋭い視線がオレを射抜く。放たれる殺気に、オレは息も出来ずに冷や汗をかいた。
「あ、あんたの元傭兵仲間って奴から……」
口の中が渇いて、かすれ声で返答する。
「そうか……」
それを聞いたラドベルクが表情を和らげる。
同時に動けないほどの圧迫感が綺麗に無くなった。
これが、武闘王の闘気か……半端じゃないぜ。
オレは大き深呼吸をして気を落ち着かせると、ラドベルクに謝った。
「ごめん、失礼な質問して。オレが悪かった、謝るよ」
「いや、私も驚かせてすまなかった……だが、そのことはイエナに決して話さないで欲しい。あの子は何も知らないのだ」
「もちろん、話さない。剣に賭けて誓うよ」
その言葉に満足するように、彼は頷いた。
オレは、そろそろ退出の頃合と見て立ち上がろうしたが、ラドベルクは続けて言った。
「私には、イエナを命に代えても守らなければならない理由がある」
親子なんだから、そう思うんじゃないの、と言おうとして、彼の目を見て口をつぐんだ。
深い悲しみの色が見えた。




