あなたの内なる声を私に……①
最初に眼を見張ったのは、その大きさだった。
クレイより頭一つ大きい身の丈は、たぶん6ルーグル半(1ルーグルは約30㎝)を軽く超える。
オレが今まで会った人間の中で間違いなく一番だ。肩幅が広く、服の上からもわかる胸の筋肉は厚くがっしりしていた。腕は太く、鋼のような力強さが感じられ、ひきしまった腰と大腿が逆三角形の上半身を無理なく支えている。
闘うためだけに鍛えられた身体……。オレは惚れ惚れするように見とれた。
「私はラドベルク・ウォルハンと申す者。お呼びにより参上したが、リデル殿はおられるか?」
見事な身体から、低いバリトンの声で話すラドベルクの顔に目を移す。お世辞にも整った顔立ちとは言えない。彫りの深い面長の顔に大きな鼻と真一文字に結んだ口にしっかりした下顎。額当てを付け、髪は赤銅色で後ろに無造作に伸ばしている。全体的に無骨で強面な印象の中で、少し垂れた小さな目だけが優しそうに見えた。
そこにいたのは、まさしくオレの理想とする戦士の姿だった。
何も言えず見つめるオレに、給仕の女性がじれて声をかける。
「お嬢様、お返事をお待ちですが?」
「あ……、ごめん。オレがリデルです、はじめまして」
そこで、彼を立たせたままでいたことに気付き、慌てて席を勧める。
「申し訳ないが、座るとここの椅子を壊してしまうおそれがあるので、立ったまま話す無礼を許して欲しい」
本当に申し訳なそうに言うので、可笑しくなる。
「わかった、じゃオレもそうする」
椅子から立ち上がっても、見上げる状況は変わらなかった。
「私に話があると、将軍から聞いた。何の話だろう?」
「あ、ちょっと待って」
オレは、立ったまま話を続けるオレ達に呆れ顔の給仕に席を外すことをお願いすると彼女は一礼して退席した。
ラドベルクはそれを見送ると、にっと笑って表情を和らげた。
「やはり、話しにくいので、座らせてもらうよ」
そう言うと、直に床へ座ると胡坐をかいた。明らかに先ほどより、くだけた感じだ。
「じゃ、オレも……」
ラドベルクの前にちんまりと座る。
初対面の気がしない。前から知ってるような気安さを覚えた。
「で、話とは何かな? 大会のことなら私に聞くより、主催者に確認することを勧めるが……」
優しい口調がオレの緊張を解いた。
今までずっと言いたかったことを、思わず口にする。
「ラドベルク! オレはあんたの力になりたいんだ。イエナちゃんを助けてあげたいんだ」
「どうして、それを?」
ラドベルクは表情を変えずに尋ねる。
「村で、エトックに話を聞いた。おじさんにも会った。大体の事情はわかってるつもりだ」
ラドベルクは目を細めると、少し困ったような顔をした。
「君の申し出には感謝するが、その件は自分で解決するつもりだ」
「ダノン男爵が黒幕なんだろ?」
オレがその名前を持ち出すと、ラドベルクは驚いた目をして言った。
「他所でその話をしない方が賢明だな」
「イエナちゃんを人質にとられて、良くない企みに加担させられてるんじゃないのか?」
ラドベルクはそれには答えず、思い出したように言った。
「将軍が君の腕前を褒めていた。かなり強いそうだね」
「まあ、そこそこにね」
彼にそう言われると、正直嬉しい。
「だが、無茶はいけない。君に万一のことがあれば、親御さんや御家族が悲しむことになる」
「オレには親も家族もいないよ」
「そうか……しかし、親しい友人はいるだろう?」
「それは……いるけど」
ちらっとクレイの顔が浮かぶ。
「では、その友人がきっと悲しむ」
「そうかなぁ」
ちょっと、疑問が残るけど。
「だから、この件からは手をひいた方がいい。君がいくら強くても、危険なことには変わりは無い」




