ドゴスの助言……①
「ベンゼルさん、どうしてここへ?」
ちょうど話題にしていた人物の登場にネフィリカが驚きのあまり立ち上がると、ドゴスは立たなくとも良いという仕草を見せ、ゆっくりと近づいてくる。
そして、ネフィリカに勧められ、空いている席に腰掛けた。
「ご無沙汰だね、ネフィリカ。あいかわらず無茶をしているようだね」
爬虫類顔の三白眼に、いつもの薄気味悪さがなく、どことなく柔らかい印象を受ける。
ネフィリカ達に見せる『良い人』に擬態しているのだろうか?
「はい、ドゴスさんにもご迷惑おかけして、申し訳なく思っています」
「それは構わないが、そろそろ限界だと思わないかね」
「……」
ネフィリカが黙り込むと、周囲に目を向けたドゴスが、やっとオレ達に気付く。
正確にはクレイにだ。オレに向ける視線は見知った者に対するそれではなく、ただ並外れた美貌に対する驚きのみが感じられた。
まあ、男の頃のオレとは、顔の造りは似ているが、受けるオーラが全く違うらしいので、わからなかったのかもしれない。
そう言えば、弟のゾルゲンもルマで再会した時、オレとは気付かなかったっけ。
「君は……ひょっとして、クレイ君か?」
「ええ、お久しぶりです。ドゴス副団長」
クレイはにこやかに応対しながら、テーブルの下でオレの両腕を押さえて暴発しないように気をつけてくれていた。
オレはドゴスの顔がまともに見られず、ずっと俯いている。目を合わせたら、何をしでかすかわからないからだ。
「センテノクス動乱以来です……」
クレイは口元に笑みを浮かべながら、鋭い目と静かな低い声で言った。
「確かに、あのとき以来だね」
クレイの無言の圧力に動じず、ドゴスは自然体で答える。
「君の言いたいことはわかるが、この場で話すことではないと思わないか。無関係な人間に聞かせるのは、君にとっても不本意だろう?」
「それは認めましょう」
「なら、その話はここまでだ。また、君とは話し合う機会を必ず設けることを約束しよう」
そう言うと、ドゴスは隣にいるオレへと視線を向ける。
「それより、クレイ君。そちらは奥さんか彼女かい? 良かったじゃないか、正しい倫理観に戻ることができて。一時は、君も弟のゾルゲンも人として間違った方向に進むんじゃないかと真剣に心配したもんだよ」
「いや、間違いかどうかは本人が決めることで周りは関係ないと俺は思いますがね」
クレイは表情を変えずに反論する。
「そうかね、見解の相違だね……そう言えば君がご執心だったのは、確か教導班のデイルの息子のリデルとか言ったかな?」
その名をドゴスが告げると、その場にいる当事者以外の人間が一斉にオレの方を見る。その目は、そんな昔から男装していたのかという、あらぬ誤解をしているように見えた。
「その話は、もういいだろ。さっさとここに来た目的を果たしたらどうだ」
さりげなく、クレイは話の先を促した。
「ああ、君の言うとおりだ。その話も次の機会にゆっくり話そう……さて、ネフィリカ。私がここに来た目的なんだが……」
何とか誤魔化せたと思って、ほっとしていると、ドゴスはいきなり核心に触れてきた。
「アルサノーク傭兵団のことなのだが、そろそろ武闘大会の出場を辞退してはどうかと提案しに来たんだ」
ロスラムからの動きがあるだろうと、先ほど話してはいたが、ここまでストレートな介入があるとは、さすがに想定しなかった。
一瞬の沈黙の後、ネフィリカは強張った表情のままで、ドゴスの真意を確かめる。
「あの……それはベンゼルさん個人の考えですか? それともロスラム傭兵団の副団長としての提案ですか?」
ネフィリカにとっては重要な問題かもしれないが、どちらであってもアルサノーク傭兵団に益となるような話ではない。
オレとしては、どんな美辞麗句が並べられようと、有利に思えるような提案でも、決して受けるべきではないと思っていた。
「もちろん、個人的にだよ……誼を通じている友人としての提案だ」
「では、なぜ……」
「辞退を勧めるかだね?」
「はい」
「正直に言うと、ここに来たのは私の独断なのだ。一刻も早く、君達の置かれている状況を理解してもらって、賢明な判断をしてもらいたくてね」
ドゴスの話にネフィリカが怪訝な顔をすると、奴は柔和な表情を崩さずに補足の説明を加えた。
「実はね。団内ではすでに強硬な意見がいくつも出ているんだ。なんとか抑えているが、このままでは、君達にとって最悪な状況を招くのは必至だ。だから、こうして団員達の目を盗んで、ここにやって来たんだ」
その話が本当なら、ドゴスという人物は義理堅く理知的で心優しい人柄ってことになるだろう……本当ならだけど。
「悪いことは言わん。考え直してはくれまいか? 私としては娘のように思っている君が、みすみす不幸に陥るのを黙って見ていられないんだ」
ドゴスの親しみが込められた言葉にネフィリカは困惑した表情で沈黙する。
その代わりではないが、オレはすっと立ち上がると反論の口火を切った。
「少しいいですか?」
「ん? クレイ君の彼女さん、何か私に言いたいことでもあるのかね」
いつもなら反論するところだけど、今はそんな余裕もない。
「一応、オレもアルサノーク傭兵団の一員だから、口を出す権利があると思うんだけど」
お、顔を見ながらでも、何とか暴発しないで冷静に話ができたぞ。
クレイが心配そうに見てるけど、オレは平静を保つのに必死だ。
「それは、もちろんさ。特に一回戦の君の働きには驚かされたよ。とても強いんだね」
子どもに言って聞かせるような口調に、さらにカチンときたけど、大人しく話を続ける。
「いろいろアルサノークのこと、心配してくれるのは有り難いけど、その心配は無用だと思う」
「ほう、何故だい?」
「ロスラムの連中が何を企もうと、オレ達は決して負けないからだ」
オレの宣言にドゴスを目を見開いた後、笑い始める。
「何か、おかしいこと言ったか?」
「……いや、失敬。君が大真面目な顔で冗談を言うものだから。だが、あまり大人を甘く見ない方が良いな」
「別に甘く見てなんかないよ。単なる客観的な判断さ」
オレの物言いにドゴスは神妙な顔付きで言う。
「クレイ君の強さは無論よく知っているが、彼だけではロスラムに対抗するのはとても無理というものだよ」
どうやら、ドゴスの頭の中にはクレイの強さだけが際立っているようだ。
言う必要はないが、オレとヒューが加われば、かなりチート過ぎる強さだと思うし、ソフィアの能力は謀略や裏工作などの不正規戦においては、地方の傭兵団が太刀打ちできるレベルではない。
ネフィリカを守りきれば死角はないはずだ。
「それは、やってみればわかるさ……ネフィリカ、これでいい? 何か異論ある?」
「い、いえ。リデルさんの言うとおりです」
突然、名指しされたネフィリカは驚きながらもオレの意見を肯定する。
「と言うわけだから、他に話がないなら、交渉は決裂だけど……」
オレがそう言ってドゴスの提案を拒否する旨を告げると、ドゴスはそれとは全く関係ない感想を漏らす。
「……リデル。今、ネフィリカは君の事、リデルと呼ばなかったか?」




