可愛い子には旅を…… ①
密談を終えると、ケルヴィンやトルペン親娘は帰っていったが、クレイは一向に帰る気配を見せない。
何か話があるのだと思い、シンシアに茶器の片づけをお願いして二人きりになる。
「まだ何か言いたいことがあるみたいだな」
直球の質問をぶつけるとクレイはにやりと笑った。
「いや、何かそれらしい理由をいろいろ言っていたが、本当のところはこの堅苦しい宮廷生活に嫌気が差して、逃げ出したかっただけじゃないのか?」
ぎくっ。
「ば、バレてた?」
「まあな、リデルの考えることくらいお見通しさ。何年、相方をやってると思ってるんだ」
やはり、クレイを欺くのは無理だったか。
昔から、オレの嘘を見破るのが得意だったけど、何かコツでもあるんだろうか?
「だけどな、今回は理由をつけて逃げ出せても、次はもうないぞ。一時しのぎに逃避しても、あまり意味があるとは思えないんだが……」
「それでもいいんだ。もう一回だけ、自由気ままに冒険ができれば」
だってさ、ここに来た最初の目的はユクを送るのと聖石の情報を得るためであって、皇女になろうと思って来たわけじゃない。
言わば成り行きでこうなったから、心の準備が出来なかったのだ。
だから、せめて最後にもう一度くらい自由を謳歌したかった。
そうすれば、後は諦めて宮廷生活にも慣れるし、立派な皇帝になれるように努力するつもりだ。
オレのそんな悲痛な訴えにクレイは懐疑的な表情を見せる。
「本当に今回だけで吹っ切れるとは、とても思えないけどな」
「約束する!」
即答したオレにクレイは苦笑いする。
「仕方がない。マリッジブルーに付き合ってやるか」
「何だよ。それ?」
「いや、今のお前が結婚前に最後の独身旅行をせがむ花嫁さんに見えてさ……」
「殴られたいのか」
オレが拳を見せるとクレイは慌てて話題を変える。
「それはそうと、あの御仁はどうするつもりなんだ」
「あの御仁?」
「ああ、自称『お前を見守る(溺愛する?)お兄さん』のことだ」
にこやかに微笑む美青年の顔が浮かぶ。
「あ、ああ……その問題があったな」
「黙って行くと、後で盛大にゴネられるぞ」
むう……基本は優しくて紳士的なんだけど、頑固なのが玉に瑕だ。
「けど、あんな有名人が付いてきたら、その瞬間に隠密行動じゃなくなるじゃないか……」
「その可能性は高いだろうな」
「ここは、やっぱり……」
「黙って置いていくしか……」
オレ達がそう結論付けた時、シンシアが無常にも来客を告げてくる。
「リデル様、白銀の騎士様がおいでになりました」
◇◆◇◆◇
「やあ、リデル、クレイお久しぶりです。シンシアも案内ありがとう」
問題の御仁は、にこやかに挨拶する。
オレとクレイは互いに視線を交わすと、ぎこちなく笑顔を返す。
「ヒュー、久しぶり。元気そうで良かったよ。確か帝都にいるお師匠様に会いに行くって言ってたよね。どう、会えた?」
「そう、そのことでリデルに会いにきたのです」
「ん、どうかしたの」
「リデルに暇乞いを申し出にきたのです」
「暇乞い?」
「はい、本来であれば、帝都でずっとリデルをお護りしていたいところなのですが、どうしても外せない用事ができました。しかし、ここより安全な場所は他にありませんので、私が少しの間、帝都から離れたとしてもリデルの身の安全は保たれるでしょう」
「まあ、そうだね」
自分の身の安全は自分で護れるつもりだし。
「どうもお師匠様は帝都にいないようなのです。ですので、帝都を離れて師匠を探そうと思っています」
ちょっと嫌な予感がして、敢えて聞いてみた。
「ちなみにお師匠様はどこにいるかわかっているの?」
「はい、お師匠と最後に会った知人の話では、どうやら貿易都市アリスリーゼに向かったようなのです」
やっぱり、オレの予感は正しかったか。
「お師匠と代理統治官のレイモンド殿とは古い友人でして、仲が良いと言うか悪いと言うか……」
ヒューが師匠とレイモンドとの関係を丁寧に説明してくれている間に、オレは顔をヒューに向けたまま、隣のクレイに小声で話しかける。
「どうする? ヒューもアリスリーゼに行くんだって」
「行く場所は同じでも、同一行動は避けよう」
クレイも同じように顔を動かさずに答える。
「そうだな、ここはこちらの出発を隠し通そう」
「了解だ」
オレ達はアリスリーゼ行きを秘匿したまま、ヒューと会話を進める。
「よくわかったよ、ヒュー。道中、気をつけてね。まあ、ヒューならクレイと違って間違いをしでかすこともないだろうけど」
「そりゃ、どういう意味だ」
「言葉どおりさ」
「お前に言われるのは心外だ」
「なんだと」
「まあまあ、お二人とも……。相変わらず仲が良くて羨ましいですね」
「それはない!」
オレとクレイの台詞が重なる。
「そういうことにしておきます」
くすくすとヒューが柔らかく笑う。
「…………」
ヒューの屈託のない笑顔に少し胸が痛んだ。




