皇女直轄領と帝国海軍 ④
不安げなユクを優しく慰めた後、オレはケルヴィン達に向き直る。
ケルヴィンは少し考え込んでおり、クレイは仏頂面だ。
「不満そうだな、クレイ」
「ああ、いい思いつきかもしれないが、到底上手くいくとは思えん。それに、お前が危ない橋を渡るのには変わらないからな」
「オレがじっとして待っているのが嫌いなの、よく知ってるくせに」
「それはそうなんだが……トルペン、本当にリデルに化けられるのか?」
「それハ……」
クレイの問いにトルペンは少し言い淀んでから答えた。
「正確に言うと……無理デス」
えっ、嘘?
オレの名案が音を立てて崩れた。
「ちょっと待てよ。あの言葉は嘘だったのか」
「そうではありまセン」
「だって、そうだろう。無理だって言うことは」
「正確には……と言ったはずデス。見てくれだけなら、ほらこのとおり……」
一瞬の輝きの間に、その姿が変化する。
眩いばかりに美しい娘がそこにいた。
と、思ったらオレだった。
あ、決してナルシストじゃないからね。
ホント、オレの男だった時の好みのタイプがオレの女性バージョンになるように意識操作されてたんじゃないかと疑いたくなってくる。
「どうですカ?」
いや、本物そっくりに見える。
「ほお……」
「う~ん、何だろう」
「何か違和感がありますね」
ケルヴィンは素直に驚いているけど、クレイとシンシアは疑問顔だ。
「全然、受ける印象が違いますよ」
ユクは即座に断言する。
えっ、そうなの。オレには違いがわからないけど。
「つまりは、そういうことデス。見かけは模倣できますが、内面から溢れ出るオーラとか雰囲気のようなものは真似することができないのデス」
なるほど、そういうものなのか。
魔法も完璧とは言えないんだな。
「そうか、わかった! 何か違うと思ったら胸の大きさが……」
クレイが全てを言い終える前にオレの見えない拳が炸裂した。
「ああ、それもありマス。外見はわかりますが、中身は想像ですので多少の誤差が生じマス」
多少って……明らかに盛ってるだろ、それは。
「トルペンさん……」
ユクの冷たい声に慌てて、トルペンは変化を解いて元の姿に戻る。
未だに『お父さん』とは呼んでもらえないらしい。
「ユ、ユクさん、我輩が悪かったデス。だから、怒らないでくだサイ」
平身低頭のトルペンを横目に、オレはケルヴィンに話しかける。
「多少の問題はあるようだけど、十分勝算があると思うんだ」
ケルヴィンはオレの申し出に、しばし考え込む。
「確かに考慮に値する提案と言えますね」
そう言いながら、クレイの方をちらりと窺った。
「俺の言う条件を飲むなら、賛成しないでもない」
ケルヴィンの視線を受けて、渋々という感じでクレイが同意する。
「条件って」
「もちろん、俺を連れて行くことだ」
まあ、そう言うだろうな。
「待ってください、リデル様が行くのなら、私も当然付いていきます」
「あたしも付いていきたいです」
シンシアとユクもすかさず同調する。
「悪いんだけど、クレイはともかくシンシアとユクは駄目だ」
「何故ですか!」
二人の声が重なる。
クレイについては、レイモンドと話をつける伝手として外せない。
それに了承しないと今回の旅自体、許してくれないだろう。
一方、シンシアとユクについては、状況が異なる。
提案を通すために、深刻さを極力出さないように話していたけど、今回の旅が決して安全なものとは言えないのも事実だ。
オレだけならまだしも、女の子二人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
なので、このまま置いていくのが最善の策だ。
でも、オレは二人の性格を考えて別の言い方で説得してみる。
「オレの隣にシンシアがいない状況なんて、普通ありえないだろう。だから、シンシアがいれば誰だって、それが本物だと思い込むはずさ。ユクだって、もちろん同じさ。それにユクがいなくちゃ、誰がトルペンの手綱を引くんだ?」
「……!」
「そ、それはそうだけど……」
二人とも否定はしない。
むしろ、ちょっと嬉しいようにも見えた。
よし、これはチャンスだ。
オレは畳み掛けるように追撃する。
「これは二人にしかできないお願いなんだ。オレのこと、信じてくれるなら、ぜひ引き受けて欲しい」
「……リデルがそう言うなら、あたし頑張る」
ユクは頬を染めて感動したように頷く。
「理にかなってはいますが、承服は……」
シンシアは、すぐに了承しない。
やはり一筋縄でいかないようだ。
オレの本音がわかっているんだろう。
なので、こういう時はストレートに訴えた方がいい。
「頼むよ、シンシア。君には(友達だから)……命令したくないんだ……」
シンシアはオレの目をじっと見つめると、小さくため息をついて言った。
「…………主の願い、承りました」
オレは二人に笑顔を見せてから、ケルヴィンに向き直る。
「どうだろう、ケルヴィン。これ以上の策は、他に無いと思うんだ。それに万が一の時は(そのまま、トルペンの偽皇女で押し通すという手が使える)……だろう」
オレの言外の言葉にケルヴィンが気づき、眉がかすかに動く。
「わかりました。その提案、前向きに考えてみましょう」
オレのアリスリーゼ行きは、この瞬間に確定した。




