ユクの決心 ③
オレとユクの話が終わるのを見計らったように、控えの間にいたシンシアがルマ茶のお代わりを淹れてくれる。
それを見ながら、ふと気になったことをユクに聞いてみた。
「ところで、トルペンとはその後どうなんだ?」
「え……別に普通ですけど」
さっきまで自分の決意を熱心に語っていたユクの顔が曇る。
やはり、上手くいっていないらしい。
「会って話とかしてるの?」
「会いたくないわけでありませんが、別に話すことないですし……」
「たまには会ってみたらどう?」
「会おうとしても、いつも不在ですから」
「それなら、さっき参事会で会ったから、今は宰相補の執務室にいると思うよ」
「…………会いたくないです」
「え~っ、せっかくだから会いに行こうよ。オレも付いて行くからさ」
「け、結構です! それにあたしより年下の姿になっているあの人にどんな顔で会えばいいんですか?」
そうだった。
今のトルペンは美少年バージョンだ。
さすがにアレと親子の会話をする気になれないのもわかる。
「でも、今なら幻覚で大人バージョンになってるから……」
「大人バージョン?」
不思議そうな顔をしたユクにトルペンの幻覚魔法のことを説明する。
「ホント、何でもありなんですね、あの人」
呆れた口調で言うユクの表情は口調ほど冷たくはなかった。
ほんの少しではあるけど、雪解けの兆しが見えたような気がした。
こういうときは無理に押さない方がいい。
「それよりユク、シンシアも一緒に聞いてくれ。さっきの参事会の様子なんだけど……」
オレは話題を変え、腹心の友達に参事会の結果を報告することにした。
本来なら、皇女付きの侍女と宰相補の娘に国家の重要会議の内容を知らせるべきではないのだろうけど、二人はオレにとって良き相談相手であり、信頼できる友達なのだ。
それに二人の意見には傾聴に足る示唆を含んでいることも多い。
ケルヴィンに知られたら目くじらを立てそうだけど、バレなきゃいいのだ。
「なるほど、ケルヴィン内政官もいろいろと考えているのですね。自意識過剰で策士家気取りのいけ好かない男だと思っていましたけど、それなりに頭が使えるというわけですか」
オレの報告を聞き終えたシンシアが感想を述べる。
相変わらず、クレイ以外の男性に対しては辛辣だ。
最近のオレやユクに対する態度を見るにつけ、男性より女性が好きなんじゃないかと少し疑っている。
「やはり、彼の弱みは成り上がり者特有の係累の少なさと貴族との繋がりの薄さにあると言えるでしょう。信頼できる手駒がデイブレイク近衛隊長のみというのは、些か心もとないでしょうね」
手厳しいが、もっともな指摘だ。
「リデル様、どうかされましたか?」
オレが感心してシンシアを見つめていたら、不審げな表情で聞いてくる。
「いやさ、シンシアって相変わらず頭いいなと思って。というより、何気に教養高いよね。誰かについて勉強してたの?」
「あたしも、そう思いました。シンシアさんって、頭良くてかっこいいです」
「べ、別にこれくらい普通ですから」
少し顔を赤くしてシンシアは答える。
いやいや、普通じゃないって。
ユクもお母さんが村長の娘でかなり優秀だったこともあり、一般市民として考えれば、ずいぶん教養が高い。
けど、シンシアのそれは市民レベルをはるかに超えていると思う。
オレが納得できない目で見つめるとシンシアは困ったように言い訳する。
「私なんかより、ソフィア姉さまの方がずっと優秀です。それに、一族の者ならこれぐらいは当たり前ですから」
「一族って、『流浪の民』のこと?」
「はい、そうです」
シンシアの説明によると、流浪の民の一族として生を受けると、両親のみならず一族全体でその子どもを育てるのだそうだ。
そのため初等教育はもちろん、中等教育や専門教育も本人の希望と資質に合わせて、みっちりと学ぶことができる。
だから、商人や学者、傭兵などで頭角を現すものも多いのだという。
実際、教育にかかる費用は馬鹿にならない。
個人が負担するには、大き過ぎる出費だ。
この世界は、誰もが教育を受けられるほど優しくはないのだ。
けれども、かけられた投資が確実に一族の繁栄に寄与しているのは明らかと言って良いだろう。
「リデル様の前で申し上げるのは不遜の極みですが、一族ではこう伝えられています『一人ひとりが王のごとくあれ』と……」
シンシアが言うには、決して一人ひとりが王になれと言っているわけではなく、王と同様に物事が考えられるようになれとの示唆を含んだ言葉なのだそうだ。
まだ、皇帝が王であった時代、流浪の民は王以外の権威を認めず、王と直接に会話したという伝承が残っている。
対等に話すためには、王に等しい知識が当然必要だったのだろう。
一方で、時の為政者側が流浪の民を警戒し、迫害してきた歴史もまたよく理解できる。
彼らは、従順で無学な臣民には決してなれなかったからだ。
クレイやシンシアを見れば、その危惧も正しかったと言えるかもしれない。
「ですから、私など一族の者から見たら、勉強中の身で未熟者もいいところです……ただ」
シンシアはオレに真っ直ぐな視線を送ると続けた。
「ただ、今まで学んできたことが、お役に立てるのなら望外の幸せです」
一瞬、ちょっとうるっときて、オレは言葉に詰まった。
「その……ありがとう」
「いえ、リデル様。感謝の言葉を述べる気持ちがあるのなら、勉学に勤しんでください。貴女様こそ、まさしく王のごとくあらねばならないのですから」
シンシアの金言はいつもどおり手厳しかった。




