彼の告白とオレ 後編
「よくぞ決意していただきました。さすがは皇女殿下でいらっしゃいます」
オレが皇帝に即位することに同意を示すと、ケルヴィンにしては珍しく落ち着かない表情で言葉を震わせた。
ずっと思い描いてきた計画が現実のものとなると思うと、さすがのケルヴィンでも感じ入った様子だ。
隣ではデイブレイクが逆に冷静な顔付きでオレを見つめていた。
その目には『本気か?』という言葉が浮かんでいる。
クレイとの話が終わった後、ケルヴィンとデイブレイク、それにトルペンを部屋に招き入れると、オレはすぐさま自分の意思を表明した。
決して、自分の心変わりを恐れたわけじゃない。
「オレが皇女であることに間違いないことは納得した。このままじゃ、神帝の残した神託文とやらのせいで、レオンかアルフのどちらと結婚しなくちゃならなくなることもね。それが回避できるなら皇帝になるという選択もアリさ」
オレの『公子と結婚したくないから皇帝になる』発言に二人は目を丸くする。
オレだって、感情に任せて勢いで皇帝になろうとしたわけじゃない。
少しは考えてるんだから。
神託文によると、二人の公子が第一帝位継承権を得るには、皇女と結婚することが大前提だ。
けど、それも皇女であるオレが皇帝になってしまえば、帝位継承権の移行もへったくれもなくなる。
つまり、オレにとっては二人のどちらかと結婚するというおぞましい事態を避けられるわけだ。
もちろん、神託文の解釈にも相違があり、20歳になると帝位継承権を失うのだから、皇帝即位そのものがその時点で無効になるという見解もある。
ただ、その場合においても20歳までの皇帝としての治世を掣肘するものではない。
ケルヴィンの企みは、すなわちそれであり、法解釈が論じられる20歳よりも前に帝国の新体制を築いてしまおうという腹積もりなのだ。
それは内戦を終結させ、帝国に和平をもたらすというケルヴィンの理想であると同時に、自らが宰相という臣民最高位の職につくという彼の野望の具現化に他ならない。
まぁ、ケルヴィンの力量が宰相職に適正かどうかは、正直オレにも判断できない。
けど、私利私欲に走るといった強欲さが彼には感じられなかったし、子どもの頃からの夢を叶えたいという彼の気持ちもわかる。
何よりも、この国のみんなが……ユクやオーリエ、ノルティにアレイラ達が幸せになれるなら、それも良いかもしれない。
「だから、オレは皇帝になるよ」
オレは再び、ハッキリと宣言した。
「それでは今後の予定ですが、まずは帝都に戻り、皇女としてのお披露目を大々的に行います。そして、両公国や他国に使者を遣わし、国の内外にその存在を知らしめます」
「で、即位はいつするんだ。どうせ目立つなら一度で済ませた方が楽なんたけど」
「即位は皇女として各国から承認を受けた後になります。したがって、しばらく時間を置くことになるでしょう」
「え~なんでだよ」
「ちっ……そんなこともわからないのですか?」
今、舌打ちしたよね。
絶対したよね。
どうも、ケルヴィンの言葉の端々にオレへの不満が見え隠れする気がしてならない。
ふん、どうせオレは馬鹿だよ。
元々、オレなんて眼中になかったって、知ってるもんね。
「ケルヴィン、オレにもわかるように説明してくれ」
イラっとするのを飲み込んで、ケルヴィンに説明を求めた。
「帝都で皇女であると宣言したところで、ライノニア・カイロニア、諸外国が認めてくれなければ、何の意味もないのです。ただの僭称に過ぎません」
そうか、対外的に認められて初めて皇女としての地位が確保される訳か。
いきなり皇女ですって言われても、普通は信じてもらえないもんな。
「恐らく両公国は喜んで殿下を承認するでしょう。上手くいけば、自分のところの公子が皇帝になれるかもしれないのですから。諸外国も両公国が認めれば追随するでしょう。しかしです、もし皇女発表と同時に皇帝に即位したとしたら、両公国はどんな反応を示すと思いますか」
「お、怒るよね?」
「怒るどころか、公子が皇帝になれなくなる訳ですから、皇女であること自体を否定してくるでしょう。ですから、アリシア皇女と内外から承認を受けるまでは皇帝として即位するのを待たねばなりません」
なるほど。
「認められてから皇帝に即位すれば、あの皇女は偽者だったとは言いにくいですからね。なので、即位の件は当分の間、絶対に口外無用でお願いします」
「なかなか、悪知恵が働く奴だな、あんた。宰相よりぺてん師に向いてるんじゃないか?」
「お、お褒めの言葉と承ります」
顔が引きつってるぞ、ケルヴィン。
「とにかく、まずは帝都への帰還が第一です。すぐに出立の準備をいたしますので」
「え、別にオレなら、すぐ出発できるけど……」
「皇女殿下がそんな格好のまま、供の者もしつらえず出立するなど言語道断です」
ケルヴィンが眉を顰めて反論する。
「お言葉だが、すぐに出発することを俺は勧めるね」
クレイが横合いから話へ割り込む。
どうやら、オレ以外の人間に対しては、今まで通りの口の利きかたを改めるつもりはないようだ。
「どういう意味だね、君。それになんで、ここにいるのかね。説得には感謝するが、君の役目はもう済んだんだ。出て行きたまえ」
「そうはいかない。俺はリデル様に忠誠を誓っている。この命に代えても守るつもりだ。だから、片時も離れることはない」
女の子としたら嬉しい言葉なんだろうけど、今のオレにとっては複雑な気分だ。
だって、そうだろう。
自分が元から女で、もう男には戻れないだろうこと。
人間離れしたオレの身体能力が聖石によって上乗せされたものでないこと。
クレイがオレを主だと言い張り、昔のような関係には二度と戻れそうにないこと。
考え始めたら、頭が爆発しそうなことばっかりだった。
だから、いろんな思いを全て棚上げにして気持ちを誤魔化すしかなかった。
クレイはオレが見せる戸惑いの表情を気にしながら、ケルヴィンに注意を促した。
「俺の手の者の報告では、何人かの人間が最終試練の後、ここから密かに脱出したようだ。恐らく両公国陣営の間者だと俺は思っている」
「……それで」
「このまま、この大集団が時間をかけて帝都に戻れば、皇女を確保しようと待ち構えている両公国軍の真っ只中に飛び込むことになりかねない」
「まさか……両公国が必要としている皇女に、よもや危害を加えることは……」
「それは、わからないぜ。相手に渡すぐらいなら、いない方がましだってこともある。奴らはそのために軍を派遣してきているんだ。帝都の目の前で皇女争奪戦に巻き込まれるのはさすがに避けたい」
「では、どうすれば…………そうか、少数精鋭で秘密裏に最速で帰還する……か」
「ご明察、さすがは未来の宰相殿」
「茶化すな。堅固な城塞都市である帝都に入り込めれば、両公国軍とも迂闊に手が出せなくなる。しかも、この本隊を囮にすれば、相手の目も眩ませられるという訳か」
「ああ、そうするつもりなら急いだ方がいい」
ケルヴィンは少し考える素振りを見せてから、デイブレイクに指示を出した。
「すぐに信頼のおける精鋭を選抜してくれ。そして、お前にはシリアトールと共に本隊を任せる。私は皇女殿下と帝都へ向う」
「俺も当然、一緒に行く」
当たり前といった顔付きでクレイが頷く。
あの~ここまでの流れで、オレの意思は全く無視ですか?
オレ、当事者なんですけど。
ま、反対する理由もないし、帝都への帰還が当面の目標だから文句は言わないけどね。
「宰相補、もちろん貴方にも同行をお願いしたい。皇女帰還の報は、ぜひ貴方から臣民にしてもらわなければなりません」
ケルヴィンはやや不本意そうにトルペンに懇願した。
本音は自分が伝えたいのだろうけど、まだその立場にはいない。
「別に構いませんヨ。ただし、条件がありマス」
「条件?」
「はい、その先行組に我輩と供にユクを連れて行くことデス……」
ユクと一緒に……トルペンの真意がわからなかった。
少しでも親子の情を深めたいと思っているのだろうか?
たぶん、逆効果だ。
今のユクにトルペンが何を言っても聞き入れないと思う。
「宰相補! それはあまりに公私混同ではありませんか」
ケルヴィンが冷たい視線をトルペンに向ける。
「偶然、見つかったご息女と一緒にいたいという心情は理解できますが、今は一刻の猶予もならない時。ご配慮されるのが筋でしょう」
「私もケルヴィンとは別の面から、承服しかねる」
デイブレイクもユクの同行には反対らしい。
「少数精鋭での行軍に非戦闘員が参加するのはリスクが大きすぎる。彼女の安全を考えるなら、本隊と行動を供にした方が無難だ」
デイブレイクが、そう指摘するのはもっともだと思う。
でも、それは彼らが謁見の間でのユクを見ていないからだ。
例の力を駆使したあの時のユクは、侮れない相手だった。
もし、連れて行ったとしても、きっと足手まといにはならないし、かえって公国との交渉に役立つかもしれない。
まぁ、オレとしてはユクのあの力を政治に利用するのには抵抗があるけど。
それに、トルペンの言葉を抜きにしても、ユク自身がオレについて帝都に行きたがる可能性はかなり高い。
「ユクの帝都行きについては、ユク本人に任せればいいと思う。オレがとやかく言う気はないよ。ただ、デイブレイクの心配は杞憂に過ぎないから」
「……殿下がそう言うのなら、そういたしましょう。私に異存はありません」
ケルヴィンは、にこやかに頷いたけど、言外に自分の言ったことに責任を持てと言うオーラが見え隠れする。
「リデル……アリシア殿下が保証するなら、私にも反対する理由がない」
デイブレイクも、あっさり同意した。
どうも、闇武闘大会より後、デイブレイクのオレへの評価が天井知らずな気がして、ちょっと怖い。
「まあ、ユクのことはオレに任せておけって」
「……アリシア殿下、帝都に着くまでに、まずその言葉遣いを直すことが急務のようですな」
オレの言葉にケルヴィンがげんなりとした口調で宣言した。




