彼の告白とオレ 中編
「私が御父君と貴女に出会ったのは本当の偶然でした。その頃の私は一族から出奔し自由気ままな傭兵暮らしを謳歌しており、あの傭兵団に赴いたのも、別の用件のためでした」
クレイは顔を上げないまま、自嘲気味に話した。
「まさか、一族のくびきから抜け出そうとした自分が、その忠誠を誓うべき方のおそばに仕えることになるとは人生とはわからないものです」
じゃ、クレイ……。
お前がオレのそばにずっといてくれたのは……誰よりもオレに優しくしてくれたのは、オレが一族の主たる皇女だったからなのか?
本当にただそれだけだったのか?
自分が皇女であることより、そっちの方がずっとショックだった。
「クレイ……」
口の中が乾いて思うように言葉が出ない。
「はい、アリシア殿下」
「……その名で呼ぶな。リデルと言ってくれ」
「仰せのままにリデル様」
泣きたくなった。
オレ達はもう元には戻れないのか。
馬鹿なことを言い合うこともできないのか。
そんなの嫌だ。
止めてくれ。
オレは……。
急に頭から血が引いていくような錯覚を覚え、気が遠くなる。
「リデル……様、大丈夫ですか?」
ふらついたオレを支えようと手を伸ばしたクレイを振り払うと、オレは手近な椅子に座り込んだ。
「オレに構うな」
その時のオレは自分の気持ちを落ち着かせるのが精一杯で、クレイがどんな気持ちで告白したかなんて知ろうともしなかった。
無性に腹が立っていたし、悲しかった。
でも、それはクレイにずっと騙されていたことがわかったからではなく、男に戻れないからでもなかった。
何か別の理由……いったい、何なんだろう。
オレを心配そうに見つめるクレイにムカつきながら、オレはふと思いついたことを聞いた。
「オレのことはわかった。じゃあ、オレの親父は……傭兵していたオレの親父は本当の親父じゃなかったのか?」
クレイは一瞬の間を置くと安心させるようにゆっくりとした口調で言った。
「いいえ、実の御父君でいらっしゃったと思います」
……それじゃあ、オレが皇女で親父が実の父親ってことは。
「はい、デュラント四世皇帝陛下であらせられました」
オレは口を開けたまま、しばらく唖然とした。
親父が皇帝?
あの精彩の欠いた惰眠を貪る馬鹿犬みたいな親父が……。
オレが皇女以上に俄かには信じがたい。
「だって、前に暗殺されたって聞いたぞ」
「ご本人は皇帝ではないと否定なさっていましたが、間違いないと思われます」
「でも、皇帝なら顔だって知られてるだろう」
「帝国の宝物庫の目録によると聖石の願いの残りは3つと記録されていました。ところが、一族が陛下の依頼で迷宮に隠した聖石には、陛下ご自身の言として、残っている願いは1つのみと伺っております。1つ目でリデル様を普通の男に、二つ目でご自身を変えられたのではないかと一族は推測しています」
そうか、自分にも使ったのなら見破られることはないか。
っていうかあの聖石、クレイの一族が隠したのか……それじゃ迷宮に詳しかったの当たり前だ。
でも、よくよく考えると、その残り一つの国家レベルに貴重な願いをオレは無駄にしちまったってことだよな?
なんか申し訳ないっていうか……もっと有効に使うべきだったっていうか。
例えば、二分した帝国の状況を何とかするとさ。
まあ、今さら言っても遅いけど。
ま、待てよ。
「クレイ、親父が皇帝だって言ったよな」
「はい、申しました」
「じゃ、アイツは、死んだと偽って皇帝の地位や責任を放り出して傭兵になったのか? そのせいで帝国は内乱になり、多くの人間が死んだり不幸になったって言うのか!」
そんな無責任な話があるか。
親父のこと見損なったよ。
「私も詳しい経緯は存じ上げませんが、恐らくすぐに新皇帝を選出する予定だったダンフォード宰相が一緒に亡くなってしまったことが、計画を狂わせた原因ではないかと見ています」
宰相は皇帝が暗殺され、皇女が行方不明になったとされる皇帝専用船の座礁事故で命を落としている。
どうやら、あの事件にも何か裏があるのは間違いない。
「リデル様の言うとおり、今日の帝国の混迷は陛下がその役目を果たさなかったことに要因があると言っても過言ではありません。ですから、ケルヴィン局長が現状を打開するために皇帝即位を熱望するのは、あながち的外れではないと私も思います」
「クレイはオレに皇帝になれって言うのか」
「私が言えることは、何もございません」
丁寧な口調の中に見えない壁を感じた。
あんなに近しい存在だったのに、今は全くの別人に見える。
オレは心が軋むのを感じながら、歯を食いしばって慣れない命令を口にした。
「では、お前はどう思うか、率直な意見を述べろ!」
クレイは一瞬だけ強張った表情を見せたが、静かにそして淡々と答えた。
「帝国のために皇帝に即位するのがよろしいかと存じます」
その瞬間、オレとクレイの間に埋めようのない大きな溝ができたことを悟った。
「そうか……お前がそういうのなら、オレは皇帝になろう」
親父がしでかしたことを子が償うのは仕方が無いことだと思う。
帝国を何とかしなきゃと思っていたのも事実だ。
けど、クレイ。
お前がそれを望むのなら、オレは皇帝になろう。
帝国のためではなく……お前のために。




