彼の告白とオレ 前編
嘘……。
クレイが嘘吐きなのは、よく知ってる。
真顔で言うから、何度騙されたかわからない。
お前は本当のこと言う方が少ないじゃないか。
そんな軽口が叩けないほど、今日のクレイの表情は冴えなかった。
「嘘って、何だよ?」
言い知れぬ不安を感じて、オレの口調は思わず問い詰めるような色を帯びる。
それに対し、クレイは押し黙ったまま床を見つめた。
「クレイ!」
「リデル、お前に俺の家の話ってしたことなかったよな」
クレイは、はぐらかすように話題を変えた。
「き、聞いたことはないけど」
「俺の一族は『流浪の民』(るろうのたみ)と呼ばれる一族なんだ」
『流浪の民』……さすがのオレも何度か耳にしたことのある謎の一族だ。
元々は定住することなく流浪を旨とする人々で、どの勢力・階層にも属さず自由に生きる一族だと言う。
どこにも属さないということは自由である反面、守られるべき存在がないということを意味し、ある種の差別を受ける境遇にあった。
したがって、その結束は強固で一族のつながりは何よりも優先されると聞く。
さすがに現在は、あちこちに定住を余儀なくされているが、そのネットワークの強さは健在で芸能・商業・金融・運輸・鉱業と多岐にわたる分野の中枢に深く関わっていると言われている。
裏社会と呼ばれるカテゴリーにおける影響力は計り知れない。
表になることはないけど、たぶんその実力は高位の貴族に匹敵するものと言えた。
今までのクレイの立場から推測すると、奴はその一族の跡取り息子のようだ。
薄々感じてはいたけど、やっぱりただの傭兵ではなかったんだ。
「さすがに知ってるみたいだな」
オレの表情を読んでクレイが苦笑する。
「そりゃ、有名な傭兵の何人かがその一族出身だって、傭兵団でも話題になったことがあったしね」
「ああ、一族には専用の養成所があり、傭兵や間者などを育てているからな」
クレイの言葉で、ソフィアのスキルの高さに合点がいった。
「一族について、もう少し補足しよう……」
一族の伝承によると、その起源はイオステリア帝国成立以前、イオステリア王国の時代にまで遡る。
アネストリア大陸最初の統一王朝であるイオステリア王国が全土をほぼ掌握していた頃、頑強に王国に抵抗する人々がいた。
彼らはいかなる軍勢にも屈することがなかったという。
時の王は彼らと秘密裏に和睦を結び、王国に組み込まず自由に生きることを承認する代わりに王国に敵対しないことを認めさせた。
と同時に歴代の王個人と契約を結び、一種の主従関係を成立させた。
他方、一族の者が役人等の公職につくことを禁じ、王国民としての権利も制限した。
その恩恵として、彼らには不入権・諸役の免除・自由通行権の保証を与えた。
そして、王の三女を一族の長に嫁がせ、その契約の証としたのだ。
「以来、王国が瓦解し諸国が乱立し、帝国と名を変えても一族は頑なにその契約を守り続けてきた……つまりイオステリア王家やその係累に忠誠を誓ってきたんだ」
クレイの話が何を言おうとしているのか、オレには今一つわからなかった。
「俺は自由を標榜とする一族が少しも自由でないことに嫌気が差して、家を飛び出した。一族を捨てたんだ」
クレイは深く嘆息した。
「だが、ソフィアもシンシアも一族の者達も誰一人そう思っていないようだ……そして俺も、やはり一族の呪縛から逃げ出せないでいる」
オレを見つめながらクレイが呟く。
「クレイ……お前の家の事情はよくわかった。けど、それが今回の話とどう関わるんだ? わかるように説明してくれ」
クレイは苦しそうな表情を見せ、しばらく口を閉ざした。
やがて、のろのろと話し始める。
「聖石の間のことは覚えているだろう?」
「ああ、忘れもしないさ。お前のせいで女になったんだからな」
多少の嫌味を込めて答える。
「……お前が俺を殴ってタイミングを外さなければ、お前が言う前に俺が願いを口にするつもりだった」
「え?」
「俺は聖石の願いが残り一つなのを知っていたんだ。だから、俺が『リデルを世界最強の美少女にしてくれ』と叫ぶ予定だった」
い、今何て言った?
オレを最初から女にする予定だったと言ったのか?
「クレイ、どういう意味だ、それは」
思わず剣呑な口調になる。
「どうもこうもない、どんな願いであろうと関係なかったんだ。お前はどの道、女の姿になったのさ……お前には、すでに聖石の願いがかけられていたんだから……」
クレイの言った言葉はオレの頭にすぐ入って来なかった。
何を言われたのか理解できなかった。
「お前は聖石の力で男になっていたんだよ。新たな聖石の願いにより、両者は打ち消しあい、本来の姿に戻っただけなんだ」
「本来の姿?」
もしかして、クレイはオレが最初から女だったと言ってるのか?
そんな馬鹿な話……嘘に決まってる。
とても信じられない。
「クレイ……」
オレの泣きそうな声にクレイは逆に吹っ切れたように続ける。
「お前の親父さんがどうして、お前を男にしたかは俺にも正直よくわからない。何か深い理由があったんだと思う。ただ、はっきりしているのは親父さんからお前のことを頼まれたということだけだ」
「頼まれた?」
頭の中がパニックでオレは鸚鵡返しに聞いた。
「聖石にお前をなるべく近づけさせないこと。もし、聖石に願いをかけるようなことになったら、『最強の女に』と願いをかけて、聖石で女になったと思わせることをだ」
「いったい、何のために?」
「お前が自分の出自に疑問を抱かないようにするためだ」
「だから、なんでそんな必要が……?」
その問いに答える代わりにクレイはゆっくりと膝をついた。
「クレイ……?」
「貴女様がアリシア皇女殿下だからです」
床に視線を落とし、臣下の礼を尽くすクレイの姿にオレは言葉を失った。




