最終試練とオレ 中編
イスケルド城の城門にたどり着くと意外な人物がオレ達を出迎えた。
「リデル様、クレイ様。お待ち申し上げておりました」
「ソフィア、何でここにいるの?」
それは帝都でシンシアと一緒に留守番しているはずのソフィアだった。
「はい、密かにケルヴィン局長を追っていたのです。クレイ様に目的地を知らせる予定でしたが、中継地が多く手の者が足りず使命を果たせないでおりました。独力でここまで来られるとは、さすがリデル様です」
どうやら、クレイに言われて最終試練の場所を探っていたようだ。
全くたいした神出鬼没ぶりだ。
「中の様子はどうだ?」
クレイが城門の奥を気にしながら尋ねる。
「最終試練は順調に行われている模様です。もうそろそろ、終わる頃ではないでしょうか」
「何だって、それじゃ急がなきゃ」
オレはともかくユクには試練を受けてもらわないと。
「では、こちらに」
オレ達はソフィアの先導でイスケルド城内を走った。
「何となく嫌な予感がします」
後ろを走るユクが伝えてくる。
「何か感じるのか?」
「困惑……焦燥……恐怖、そういった負の感情が、この奥に固まって感じられます」
ユクの言葉にオレが眉根を寄せるとソフィアが追加情報を教えてくれる。
「噂ではこの城には魔物が巣くっていて、入り込んだ哀れな犠牲者を餌にしているそうです」
「それじゃ、この先に……」
「もっとも、それは根も葉もない噂で実際は盗賊の類いの仕業と言うのが一般的には言われています」
ソフィアはそう言うけど、オレは城の奥から半端ないプレッシャーをひしひしと感じていた。
とてつもなく強い奴がいる。
オレの直感がそう告げていた。
「クレイ、ヒュー!」
「ああ、わかってる」
「了解です、リデル」
二人とも走りながら剣を抜く。
「リデル様、次の扉を開けた場所が試練の場です」
先頭のソフィアが指し示す方向に大きな扉が見えた。
扉の前に立つと中から、男達の怒号や若い女の悲鳴が聞こえる。
後ろのクレイとヒューに頷いて見せると、オレは勢いよく扉を開け放った。
そこに見えたのは、信じらない光景だった。
「蒼い竜……」
ユクが呆然と呟くのが耳に入る。
オレも目の前に展開する事態に剣を持ったまま立ち尽くす。
元は室内闘技場であったと思われる部屋の中央には巨大な竜がいたのだ。
蒼い鱗が、まるで宝石のように輝く姿は、この世とも思われない幻想的な美しさだ。
そして、その周囲を多くの兵士達が取り囲んで攻撃を試みていた。
中心には見知った顔が見える。
「デイブレイク、気をつけろ!」
壁いっぱいまで下がった姫様候補生の輪の中から背の高い女が飛び出して叫ぶ。
オーリエだ。
デイブレイクが大きく後退すると、今までいた場所を竜の尾がなぎ払う。
オーリエがホッとした顔をし、デイブレイクは再び剣を構えなおす。
その刹那、ケルヴィンの声が響く。
「全員、退避。第二次斉射………………放て!」
周囲の兵士が慌てて飛び退くのを見届けると、各バリスタから蒼竜に向けて一斉に矢弾が放たれる。
竜がやられる……。
オレは息を呑んだ。
けど、目の前で信じられないことが起きた。
蒼竜に突き刺さると見えた矢弾は竜の身体の手前で、見えない盾があるかのように、ことごとく弾き返されたのだ。
射手達の落胆と第二次と言ったケルヴィンの言葉から、最大の攻撃力を誇るバリスタが竜に効果が無いことが一目瞭然だった。
悔しげなケルヴィンに対し、デイブレイクが視線を送る。
恐らくは『俺が食い止めるから、お前たちは逃げろ』の意味だ。
再び、竜に向き直るとデイブレイクは突進した。
オーリエがそれを見て、声にならない悲鳴を上げる。
その瞬間、オレの身体は動いていた。
爆発したような勢いで走り始める。
(デイブレイク、死に急ぐな!)
後ろを走るクレイとヒューが追いつけないのを承知で、オレは全速力で走り続けた。
軽装な上、人間離れした脚力のオレは瞬く間にデイブレイクに追いつくと、そのまま追い越して竜に相対する。
勢いに任せ、一撃を与えようとして、オレはハッとした。
蒼竜はオレに対して、戦意を見せず、大人しく座っていたのだ。
オレは剣を引くと、一旦後退して竜を見上げた。
竜の目がオレをじっと見つめているのがわかる。
(いったい、何なんだ。こいつは?)
オレが訝しげに見ていると、蒼竜は大きく一つ頷いて見せる。
そのとたん、竜の身体全体が蒼く輝き始めた。
まばゆい蒼い光に一瞬、目がくらむ。
オレが……追いついたクレイとヒューが……この場にいる全ての者が見守る中、新たな奇跡が起きた。
輝き終わったその後に、竜の代わりに一人の男が立っていたのだ。
背の高い細身の男……その容貌は男とも女とも見える若く美しいものだった。
腰巻程度しか身に着けず、半裸の状態で手には一振りの美しい剣を携えていた。
誰もが、この展開についていけず、心あらずになっていると、竜の化身と思われる男はオレに対し静かに剣を構える。
まるで一手ご指南、と言っている風に見えた。
状況は全くつかめなかったけど、剣で語れと言うなら望むところだ。
何だか少し嬉しくなったオレは同じように竜男に向けて剣を構える。
「リデル!」
後ろからユクの呼ぶ声が聞こえた。
止めても無駄だよと言おうと振り返って、オレは目を見張る。
ユクの胸元にある例の魔晶石が光を放ち輝いていたのだ。
えっ、そのペンダントが反応するってことは。
「お、お父さん……?」
ユクの動揺する呼びかけを聞きながら、オレは相手に向き直った。
どうやら、叩きのめして、きっちりと訳を聞かなくてはならないようだ。
オレが戦意を見せると、表情の読めない彫像のように整った顔が僅かに嬉しげに見えた。
男は、わざわざ闘技場の中央まで歩くと振り返ってオレが来るのを待った。
まるで試合を始める剣闘士のようだ。
(ルマでの武闘大会や帝都での賭け闘技といい、オレって闘技場では必ず闘う運命なのかなぁ)
不思議な思いに囚われながら、オレも彼に倣って同じように闘技場の中央に進む。
周りの兵士達は思いもかけない成り行きのためか、声も出せずオレ達の動きに注目していた。
少し間を空けて相対し、オレ達は無言で相手を見つめる。
竜男は元が竜とは思えないほど、人間らしく見えた。
クレイやヒューより痩身で、一見すると闘う人間には見えないけど、軽々と大剣を扱うところから、見た目で判断するのは危険だ。
ま、オレも他人のこと言えないけどね。
また、防具と言えるものはおろか、着ているのは腰巻一つの状態で、候補生の淑女達は目のやり場に困っているようだった。
一方、オレの方はというと手にはテリオネシスの剣、服装は候補生の制服というかなり痛い格好だ。
別に世人の注目を浴びたいわけではなく、最終試練があるため、いつもの(という訳では決して無い)セット服である胸当て付きメイド服の装備は遠慮したのだ。
つまり、両者とも防御力は皆無に等しい装備と言えた。
オレ達が無言で対峠を続けていると、周囲のざわめきが徐々に静かになっていき、やがて沈黙がその場を制する。
静か過ぎて、妙に自分の息遣いだけがオレの耳に残った。
観客となった者達も皆、息を止めて闘いを見守っている。
重苦しい静寂がじりじりと時を刻む。
永遠に続くのではと不安に感じた刹那、誰かが地面に落とした武具が大きな音を立てた。
次の瞬間、それを合図にしたかのように闘いの火蓋が切って落とされた。
オレは基本的に前へ出るタイプだ。
性格もあるけど、動かなければ物事は始まらないと思っている。
それで窮地に陥っても後悔することはない。
相手が一枚上手だったと思うだけだ。
その点で言えば、クレイはオレと正反対のタイプで、実に後の先を取るのが上手い。
傭兵団時代の模擬戦の初手ではオレが突っ込み、クレイがかわして反撃というのが、お決まりのパターンだった。
ずいぶん、クレイのカウンターにやられたっけ。
この身体になってからは、スピードと動体視力が上がったおかげでクレイの真似事が出来るようになったけど、オレの本来のスタイルは疾風怒濤なのだ。
だから、オレはいきなり間合いを詰めるように突進すると初撃を打ち込んだ。
竜男はそれを難なくかわすと、すかさず反撃に出る。
初撃が外されることを予想していたオレは、己の剣を返すと相手の剣を弾く。
竜男は一旦、後ろに下がり間合いをとると剣を上段に構え、恐ろしいスピードで剛剣を振り下ろしてくる。
オレは慌てず剣を合わせてそれを受け止めた。
けど、相手の剣の勢いは凄まじく、踏ん張ったオレの足が地面に沈む。
かろうじて膂力では拮抗しているが、今のオレと力勝負できるとは驚きだ。
まあ、元があのでかい竜と思えば、それくらいは当たり前か。
並みの剣士じゃ一合も持たないだろう。
オレは両の腕に力を入れると、一気に押し返す。
そのまま、竜男の剣を無理矢理弾くと、大きく後退して間合いを十分とった。




