二人の公子とオレ 後編
「クレイ、ヒュー!」
呼びかけると、二人ともオレに気付いて駆け寄ってくる。
「良かった。心配したぞ」
「本当です、リデル。ずいぶん捜しましたよ」
「ごめん、成り行きで……でも、よくここがわかったな」
二人の非難に慌てて謝りつつ、不思議に思って聞く。
「いや、偶然ヒューと出くわしたんだ。で、互いに確認したら、中枢区画以外はあらかた捜し終わったのがわかったんで、残っているこの区画にやってきたのさ」
「ええ、クレイの言う通りなのですが、この区画は私たちだけでは本来は入れる場所ではなかったのです。ところが、番兵達は補佐官が待っているから先へ行けというではありませんか。まったく驚きました」
「結局、断わる理由も無いんで、こうしてここまで辿り着いたわけさ」
シリアトールが中に入れるよう、指示を出していたってことか。
なんだか胡散臭いぞ。
「お二人とも、ようこそ僕の舞台に……これで役者が揃いましたね」
どうやら、イクスはこうなることを望んでいたような口振りだ。
「猫がしゃべってるぞ……」
「これは面妖な」
遅れてきた二人も先ほどのオレ達と同じような反応を見せる。
「クレイ、ヒュー油断するなよ。どうやら、あいつはイクスらしい」
イクスという名前を聞いたとたん、二人の表情が変る。
そういや、二人ともイクスに痛い目に遭ってたっけ。
ヒューはルマの武闘大会で、クレイはダノン邸でそれぞれイクスと闘っている。
険しい顔の二人を尻目にイクスは楽しそうに声高に宣言した。
「さて、皆さん。演者も揃ったようですので、そろそろ幕を上げるとしましょうか」
イクスは両手を広げて芝居がかった大袈裟なポーズをとった後、後ろ脚で床をとんと叩く。
そこを起点に黒い闇が四方に走り、いきなり地震のように床が揺れ始める。
立っていられないほどではないけど、騎士達の鎧ががちゃがちゃと音を立てた。
「何だ、あれは!」
誰かの叫び声で、その方向を見る。
四方に伸びた闇が謁見の間の入り口や左右の壁間際にとどまり、その闇の中から黒い何かがゆっくりと浮き上がってくるのが見えた。
みるみるうちに、それは黒い骸骨に姿を変える。
しかも、人間の優に二倍はあろうかという大きさの上、左右二本づつの四本の手にはそれぞれ長剣を握っていた。
まさしく異形の怪物だ。
普通の人間なら、その姿を見ただけで畏怖することだろう。
けど、さすがに公子の護衛に選ばれるほどの騎士達だ。
何とか動揺を抑えつつ、公子の安全を確保するべく防御体勢を整え始める。
「そ、そんなまさか……」
隣でヒューの呟きがもれる。
「ヒュー?」
「あれは間違いなく伝承のいう『死に厭われしもの』……不死の怪物です。しかし、この宮殿は失われた古の魔法により魔物が侵入できない結界が張られていると聞いていましたのに……」
「俺もそういう言い伝えを聞いたことがある。事実はどうか知らないが、宮殿には魔物が侵入できないって」
えっ、魔物はダメだけど幽霊はいいの?
そんな結界があるなら、幽霊騒ぎだなんて起こらないんじゃ……。
「あのぉ……幽霊は?」
「普通、ダメだろ」
「無理でしょうね」
お、お前ら、幽霊騒ぎを最初から信じてなかったな。
だったら、早く言えよ!
オレが不満たらたらの顔をしていると、クレイにたしなめられる。
「ぼやぼやしてるな。奴が動くぞ」
クレイの言葉に玉座へと視線を戻すと、猫のイクスが前脚を大きく前へと振り下ろす動作をするところだった。
そして、それに合わせるかのように四体の黒骸骨が動き始める。
出入り口に二体、左右の壁を背に一体ずつという配置だ。
すぐさま、護衛の騎士が迎撃に出る。
彼らの中でも腕に覚えがあるのだろう。
レオン側から一人、アルフ側から二人が先行し、出入り口の黒骸骨二体を迎え撃つ。
確かに動きは俊敏で、剣捌きもなかなかだ。
しかし、結果は惨憺たる有り様となった。
三人とも人間相手なら恐らく良い勝負をしたのかもしれないけど、今回は相手が悪い。
四本の剣は思った以上に素早く正確で、打撃も重かった。
しかも、身体が骸骨のため、こちらが攻撃できる部位も限定されている。
三人の騎士は初撃から数撃を黒骸骨に繰り出したが有効打を与えることはできず、その後は防戦一方となり、なす術もなく切り倒された。
オレから見ても、ずいぶん頑張った方だと思う。
けど、彼らの敗退は護衛陣に大きな衝撃を与えた。
そりゃそうだ、あの三人が勝てない相手に自分たちが勝てるわけがないと思ったんだろう。
騎士達に動揺が走ったのを見て、再びイクスが口を開いた。
「皆さ~ん、注目してくださ~い。お知らせがあります。今のでわかったと思いますが、騎士さん達の力では僕の下僕に勝てません。かと言って、ここから逃げることも許しません」
イクスは楽しそうに続ける。
「ですが、貴方達にチャンスをあげましょう。相手方の公子をめでたく討ち果たした勝者には、ここから脱出する権利を差し上げます。ここから生きて帰れる上、相手陣営に致命的なダメージを与えられる。どうです、良い話じゃありませんか?」
イクスの提案に両陣営は押し黙った。
そんな一方的な申し出を素直に応じたくはないだろうけど、黒骸骨の脅威に対抗する手段が見つからない。
進退極まっている状況だ。
「イクス、悪いけどお前の思い通りにはさせないぞ」
さすがに知った顔同士が殺し合う様を傍観するつもりはない。
「リデル……できれば貴女にはそこで黙って見ていてもらいたいのですが、やはりそうもいかないようですね」
黒猫の姿で、やれやれといった仕草を見せるイクスが、一瞬可愛らしく見えたけど、すぐに気持ちを切り替える。
こいつを甘くみたら、絶対に危険だ。
「ユク! 例の段取りでお願いしますね」
イクスは後ろに控えるユクに意味ありげな笑みを浮かべて命じた。
「はい、わかりました。イクス様」
ユクは意識を集中するためか、目を伏せ表情を固くすると、両手を前へと伸ばし手のひらを広げた。
っていうか、ユク、イクスに様付けってどういうこと?
まさか、あいつの関係者なのか。
オレに話してくれた生い立ちが嘘だったってことないよね。
今までオレ達に見せていた素顔が本物じゃなかったら……。
怒りより、悲しみで張り裂けそうな気分になる。
「え~っ、何なんですか、これは!」
オレの想いを断ち切るように、いきなりシリアトールが素っ頓狂な声を上げた。
「いったい、何が起こってるんですか? 誰か説明してくださいよ」
どうやら正気に戻ったようだ。
訳がわからない展開に戸惑っているようだけど、誰一人答える者はいない。
ま、それどこじゃないってのが現状だし。
ん、待てよ。
シリアートールがユクの支配から外れたなら、代わりに誰が……。
その時、すぐ間近で剣が鞘から抜かれる音がした。
そして、剣の持ち主は五歩ほど前に進むと半転してこちらへ向き直る。
「ヒュー……」
白銀の騎士が敵に回った瞬間だった。
試合以外でヒューがオレに剣を向けるなんて……。
夢でも見ている気分だ。
「リデル、しっかりしろ。いったい何が起こってるか説明してくれ」
クレイがそう叫ぶと、オレの前に出てヒューと相対した。
「ヒューは操られているんだ。たぶん、ユクが……」
「……わかった。ここは俺に任せろ。お前はユクのところへ行け!」
クレイもヒューに向かって剣を構え、先に行くように促す。
「うん」
頷くとユクとイクスのいる玉座へと向かう。
一瞬だけクレイ対ヒューの勝負の行方が気になったけど、頭から振り払った。
今はそんなこと考えている場合じゃない。
クレイとヒューが間合いを詰めるのを横目で見ながら、その脇を走り抜ける。
剣の腕はたぶん互角、防御力はフルアーマーのヒューが勝り、俊敏性は軽装のクレイに分がある。
武闘大会なら屈指の好カードになるだろう。
そんな風に考えていると、いきなり怒声が上がる。
声の方向を見ると、両陣営の騎士が激突しているのが見えた。
どうやら、選択の余地がなくイクスの提案に乗ったようだ。
両陣営の騎士隊長がそれぞれ声を嗄らして指示を出している。
こっちも、ほぼ互角だ。
このままじゃ、たくさんの血が流れる。
何とかしなくちゃ。
オレは階の下にたどり着くと玉座の前にいるユクとイクスを見上げた。




