徘徊する幽霊とオレ 中編
途中、巡回の兵士に出くわしたがトルペンがいるとわかると、そのまま通してくれた。
なるほど、確かにこれ以上の通行証はないかもしれない。
エントランスに着くと、すぐに倒れて壊れているモニュメントが目に入る。
撤去するまで、周りに柵が作られ、人が入れないようになっていた。
何とも奇妙な形のモニュメントで、例えるなら球体を変形させて先を尖らせて天井を向いている……オレに芸術を語らせるの無理ってもんだ。
とにかく、それが土台ごと倒れ、ばらばらになっていた。
材質は黒曜石のようだ。
オーリエはホール全体を、ノルティはモニュメントを、ユクは所在無げに佇み、オレはみんなの様子を眺めていた。
そして、トルペンはじっと出入り口の扉を見入っていた。
いったい、何をしているんだ?
オレはトルペンの横に並んで同じように扉を見る。
「トルペン……先生、何か見えるのか?」
「アナタには何も見えないのデスカ?」
こ、怖いこと言うなよ。
「ユク!」
思わずユクを振り返る。
「あたしにも何も見えません……でも」
でも?
「何かおかしいです」
ユクの言葉に背筋が凍りつく。
「そ、そうなんだ……」
オレは自然を装ってノルティに近づいた。
それを見越していたのか、いきなりノルティに抱きつかれ、もふもふされる。
しまった、さすがに気取られたか。
ノルティから逃げようと、じたばたするオレを横目に、オーリエはトルペンに問い質す。
「宰相補殿、何か気になることでも?」
「いえいえ、何もありませんヨ。ここにはネ……」
意味深な言葉にオーリエの眉根が上がる。
「それはどういう……」
「ノ、ノルティ! 師匠の我輩を差し置いて、なんて羨ましいことをしてるんデスカ。すぐに替わってくだサイ」
「ダメです。これはボクが天から授けられた崇高な役目なのです。たとえ、師匠といえども替わることはできません」
そう言いながら、オレにひしと抱きつきハスハスする。
もう、好きにしてくれ。
オレが脱力しているのを見て、オーリエはため息をついて宣言した。
「次の場所に移動しよう」
次に訪れたのは大ホールだった。
ここは、最初にこの宮殿へ来た時に全員が集まった場所だ。
あれから、あまり入る機会がなかったので、なんとなく懐かしい気分になった。
先ほどからオレをめぐって牽制し合う変態師弟から、無理矢理離れると灯りを持つオーリエに近づいた。
オーリエはオレの姿を認めると軽く頷き、案内するように先に立って部屋の中へと進んだ。
ホールの中央まで達すると持っている灯りが部屋の隅々まで届かず、壁が見えないせいで、すごく広い空間にいる錯覚に陥る。
急に寂寥感に襲われ、気を紛らすために疑問に感じていたことをオーリエに聞いてみた。
「そう言えば、どんな幽霊が出るんだ?」
我ながら、この状況下でよく聞くなぁと思わないでもなかったけど、気になっていたのも事実だ。
「いろんな目撃談があったんだが、概ね二通りに集約されるようだ。一つは髪の長い女の幽霊が白い衣装を着て佇んでいるパターンと暗闇の中を黒い何かが走り回るパターンだ」
「ふ、ふ~ん」
聞かなきゃ良かった……。
想像したら、今の状況が余計に怖くなった。
「そうか……黒い奴は暗闇でないと現れないって証言もあったな」
そう言うとオーリエはカンテラの蓋を開けると、不意に灯りを吹き消した。
待て待て――――いきなり何をしちゃってくれるの!
一瞬にして真っ暗闇になり、思わず悲鳴を上げそうになる。
けど、ぐっと我慢した。
今、悲鳴を上げたら確実に幽霊が怖いのがバレる。
や、別にバレてもいいんだけど、元男子としては女の子の手前、虚勢を張りたいものなのだ。
とにかく、楽しい事を思い出し、この場を乗り切ろうとした矢先……。
足元に黒い何かが走った。
最初は気のせいかとも思った。
けど、そいつは間違いなくオレの足元を走り抜けると、何処かで方向転換をしたように、またオレの傍を通り抜ける。
姿もよく見えないし、足音もしないけど、確実に何かが走る気配がした。
こ、これが幽霊なのか?
「オーリエ……何かいる」
ついて出た台詞は弱々しく、まるで自分の声じゃないみたいに聞こえた。
「わかってる、リデル。迂闊に動くんじゃない」
オーリエの制止の言葉に、暗闇の中で一同が動きを止めるのが、かろうじてわかる。
オレも動きを止め、目が暗闇に慣れるのを待とうとしたけど、そいつはその時間さえ与えてくれなかった。
どうやら、黒いそいつはオレを目標に選んでいるようで、オレの周りを何度となく走り抜ける。
やがて、窓から洩れる月明かりのおかげで徐々に部屋の様子が見えるようになってきた頃、いきなり後方からそいつは襲いかかってきた。
得体の知れないものに腰から背中を駆け上る感触に、背筋がぞくっとして、身体が硬直する。
「きゃあぁぁぁ――――――!」
自分のものとは思えない可愛い悲鳴を上げ、へなへなと座り込む。
その声に反応したのか、そいつはへたり込んだオレの頭を押さえつけると動きを止めた。
だ、誰か助けてくれ。
もう幽霊怖いのバレてもいいから。
「リ、リデル?」
恐る恐る近づいてきたユクがオレの頭にしがみつくそいつを優しく抱き上げる。
「にゃあ……」
ユクの腕の中で、黒いそいつは鳴き声を上げた。
「ホント、可愛いなぁ」
「はい、可愛いですぅ」
「愛い奴……」
放心状態のオレを放置して、オーリエ達はユクの腕の中の黒猫で盛り上がっている。
オレはというと床にぺたりと座り込んで脱力していた。
安心したら気が抜けたみたい。
「ダイジョブですカ?」
トルペンが膝を折ってオレを覗き込む。
う~っ、トルペンに心配されるなんて情けなさ過ぎる。
けど、今は返事をする気力すらない。
「ノルティ、すみまセン。我輩はこれから所用がアリますので、ここで失礼しますヨ」
トルペンが立ち上がって言うと、オーリエが代わって答える。
「そうか……それなら今夜の探索はここまでにしようか」
そ、そうしてくれると有難い。
床に手をつきながら、その案を歓迎した。
もし、オレが万全の状態で冷静にトルペンの様子を観察できていたら、彼の様子がいつもと違っていたことに気付いたかもしれない。
けど、この時のオレにはそんな余裕はどこにもなかった。
ほうほうの体で部屋に戻ると、案の定シンシアは起きて待っていてくれた。
へろへろなオレの様子に驚く彼女に今夜の顛末を報告する。
「なるほど、それは散々でしたね」
ん、どこか嬉しそうに見える。
何でだ?
どエスだからか?
「それにしても、オーリエさんもトルペン先生を担ぎ出すとは中々やりますね」
「ああ、おかげで巡回の兵士にも怪しまれずに済んだよ」
「それもありますが、謁見の間、二階中央階段は中枢区画にあります。許可された者以外は立ち入ることができない場所です」
「それじゃ、トルペンを呼んだのは」
「立ち入り禁止区域に入るためでしょう」
オーリエ、本気だ。
やることが徹底してる。
「でも、おかしいですね」
シンシアは形の良い顎に手を添えて首を傾げる。
「えっ、何か変なの?」
「いえ、噂のことですが……幽霊の目撃場所にさっき上げた場所がありましたよね。いったい誰が見たんでしょう、立ち入り禁止区域なのに?」
「そ、それは中枢区画に出入りしている人じゃ……」
「ありえないと思います。あの区域に入れる人間は、ごく限られていますし、使用人でさえ厳正な審査で選ばれた者で、中で起きたことを迂闊に話すことは考えられません。もし、仮に誰かが漏らしたとしても、すぐに足がつくでしょう」
なるほど。
幽霊なのに足がつくなんて、上手いこと言うってツッコミを入れたかったけど、怒られそうな気がして我慢した。
「それに今、流布している幽霊噂は候補生の中のみで飛び交っているもので、そうした関係者からの情報とも思えません」
「じゃあ、この噂は?」
少し考え込んだシンシアは顔を上げると言った。
「何者かが意図的に流した噂ではないでしょうか?」
意図的に?
「いったい、何のために?」
「それは、まだわかりません……ですが、近いうちに何らかの状況の変化が表れるような気がします」
「それ、ユクみたいな予言?」
「いえ、私のはただの思いつきです。お気になさらないでください」
そう言うと、シンシアは温かいお茶をオレに入れてくれた。
冷え切った身体がじんわりと温まる。
なんだか急に眠たくなってきた。
「シンシア、いろいろありがとう。続きはまた明日話すことにするよ」
シンシアに、おやすみを告げるとオレはベッドにもぐり込んだ。




