価値観の相違とオレ 中編
結局その日は食欲もなかったので、夕食もそこそにベッドへと入った。
痛み止めが効いていたのか、鬱々と悩む前にオレは眠りに落ちたようだ。
目を覚ますと、もう日が高くなっていた。
講義はお休みにさせてもらったみたいだ。
ベッドから起き上がると、ソフィアが心配して来てくれていた。
「大丈夫ですか、リデル様? ご心配なことがあったら何でも聞いて下さい」
「ありがとう……」
正直、会話する元気もない。
昨日のような酷い痛みは無くなったけど、全身がだるく起き上がるのも億劫だ。
下腹部は相変わらず重苦しく鈍痛がする。
「無理なさらないで、横になったままで良いですから」
ソフィアはオレの様子に気付き、横になるように勧めると、後ろにいるシンシアへと向き直る。
「シンシア、食事の用意をお願い。リデル様は私が看ているから大丈夫よ」
「……はい、姉さま」
一瞬、不服そうな表情を見せたけど、黙って引き下がる。
お姉さま絶対主義のシンシアにしては珍しい。
オレが首を傾げていると、シンシアが部屋を出るのを確認したソフィアがおもむろに切り出す。
「女性の身体についてお教えしなければなりませんね」
それでシンシアを遠ざけたのか。
「別にシンシアに秘密にしなくても良かったのに……」
いや、逆にシンシアには本当のオレを知ってもらいたい。
彼女には嘘をつきたくなかった。
「とにかく、時間がありませんので、手短に説明します……」
「あのさ……ホント女の人って大変なんだな」
ソフィアの話を聞いてオレがしみじみ言うと、彼女は口に手を当てて、くすくすと笑っている。
「しかもこの上、赤ちゃんとか産むんだろ……すごいよな」
オレが感心していると、笑いを抑えたソフィアが悪戯っぽく言う。
「他人事みたいに言ってますけど、リデル様にも起こることなんですから」
た、確かに。
それはそうなんだけど……今はあまり考えたくなかった。
いや、ずっと忘れていたいっていうか。
「ただ今、戻りました」
オレが現実逃避している内にシンシアが帰ってきた。
手際よく食卓の用意をするシンシアだけど、何となく不機嫌そうに見える。
一方、ソフィアはすごく嬉しそうだ。
「ルーウィック様が、ユク様の面倒は自分がみるから、今日一日リデル様の看病を手伝うように言って下さったのです」
ああ、それで朝からここにいるのか。
納得がいった。
「リデル様のお世話できるのはルマ以来ですね……だから私、嬉しくて……」
「姉さま! リデル様のお世話は私が主担当で、姉さまは補助的な役目に過ぎないことをお忘れなく」
「あら、ごめんなさい」
謝りながらも、余裕の笑みでシンシアをいなすソフィアは、やはり一枚上手のように見えた。
にこやかなソフィアと仏頂面のシンシアに挟まれたオレは、どうしたものかと頭を悩ませる。
「そうそう、リデル様。あの話お聞きになりました?」
微妙な気配を察して、ソフィアが話題を変える。
「どんな話?」
さりげなく、その話に乗っかる。
「昨日、社会見学したグループから脱走者が出たようです」
「な、何だって!」
すぐにアレイラのことが頭に浮かぶ。
オレの反応に目を丸くしたソフィアが話を続ける。
「三班の候補生のようですが、リデル様いかがしましたか?」
「いや、何でもない。でも、何で脱走なんて……」
「それと関係があるかわかりませんが、妙な噂が広がっているのをご存知ですか?」
「妙な噂?」
「ええ、最終試練は命を落としかねないものらしいって噂です」
最終試練で命を落とすだって……?
「私も聞きました。ただ、仕えている者達に密かに流布しているものらしく当事者である候補生にはあまり広がっていないようです」
シンシアも同調する。
「確かに不確かな情報を知らせて不安がらせるのは従者としては失格ですから、お耳に入れないのは当然でしよう。私も最初は耳を疑いましたし……」
ソフィアが真顔になる。
「けれど、脱走した候補生が行政局の吏員の縁者となると話は別です。何か別の情報を得ていたのかもしれません」
「その吏員は?」
「一緒に姿をくらませたようです」
「……逆の可能性はないか? 吏員が逃亡するような罪を犯し、候補生が巻き添えになって脱走したとか……」
「それはあるかもしれませんね。いずれにしても、逃げ出すとはただ事とは思えません」
「ところで、その噂ってどんな内容なんだ?」
気になっていたことを問いかける。
「それは……」
少し躊躇する素振りを見せるも、ソフィアは話を続けてくれた。
「あくまで噂ですが、今回のように皇女候補を集めたことが過去にも何回かあったようなのです。もちろん、今回のような大規模なものではなく、多くて数人といったレベルで行われたとのことです」
「その娘達も聖石で選ばれたの?」
「いえ、噂でもそこまでは……」
たぶん、生い立ちから調べて皇女の可能性がある者を選んだってとこだろうか。
「……そして最終試練に臨んだ候補者達は、誰一人帰らなかった、と噂は伝えています」
「ふ~ん……いったい彼女達の身の上に何が起こったんだろう?」
「噂では、どんな試練なのかも、何故一人も戻ってこなかったかも明らかになっていません」
一旦、言葉を切りオレの様子を窺うように見つめたけど、オレが平然としているので安心したように続けた。
「ただ、憶測では『重大な秘密を知って抹殺された』とか『秘密の地下迷宮に落とされた』とか『魔物に喰われた』とか実しやかに噂されています」
「確かにそれだけ聞くと、よくある怪奇話にも聞こえるな」
「はい、宮殿や城にはその手の話は多いですから……。ですので、従者の間で暇つぶしに捏造された話ではないかという意見もあります」
「それならいいけど……もし、本当に脱走者の理由にその話が関わってるなら、問題だね」
「そうですね。けれど、私は逆なことを心配しています。ひょっとしたら、今回の皇女選びを快く思っていない者の妨害工作ではないかと……」
それは考えてなかった。
皇女選びを妨害して、誰が得するんだろうか?
オレが腑に落ちない顔をしていると、ソフィアが言う。
「確かに気になりますね。やはり調べてみる必要があるかもしれません」
ソフィアの発言を聞いて、ふと思いついた提案をしてみる。
「オレのことはシンシアに任せれば大丈夫だから、ソフィアはその件について調べてみてくれないか?」
「畏まりました。とても残念ですが、リデル様のことはシンシアに任せて自分は調査を行います」
「ありがとう、ソフィア」
これで噂の信憑性もわかるし、シンシアの機嫌も直る。
「それではリデル様、私は行きますが、今日一日は安静になさってくださいね」
そう暇を告げるとソフィアは足早に部屋から立ち去った。
部屋にはオレとシンシアだけが残る。
シンシアの不機嫌が直るかと思いきや、相変わらず機嫌が悪い。
何でだ?
「ずいぶん、ソフィア姉さまを信頼なさっているんですね。調査なら私にもできましたのに……」
あれあれ、良かれと思ってしたことが裏目に出たか。
「いや、シンシアには別のお願いがあるんだ」
「……え、はい」
心なしか返答する声が明るい。
「アレイラに会って、話がしたいんだ。場を設けてくれると嬉しいんだけど……」
オレが頭を下げるとシンシアは勢いよく答えた。
「私にお任せ下さい、リデル様」




