箱入り娘とオレ 前編
店主の執拗な交渉を跳ね除けて、武具店から脱出したオレは12班のみんなとシクルスの店へやって来ていた。
ノルティの要望していた古書店への見学は市場で時間を使いすぎたため、またの機会となった。
それに関してノルティは、前回のオレとの冒険で満足したせいか、あっさりと了承してくれた。
ああ、それとオーリエが気に入っていた剣は結局、値段の折り合いが付かず、諦めたみたい。
その金額があれば防具を含めた程度の良い装備一式が買えてしまうことに躊躇したようだ。
「クレイ、さっきは何であんなことしたんだよ!」
クレイはオレに剣を渡して店主をけしかけると、自分は素知らぬ顔でオレと店主のやりとりを眺めていた。
「いや、最近お前の困った顔、見ていなかったからな」
どういう意味だよ?
全然、質問の答えになってないぞ。
「それにあの店主、お前を小馬鹿にしていただろ? ちょっとムカついた」
お前は子どもか!
でも、オレのことで腹を立ててくれたことが、ちょっと嬉しかった。
「いらっしゃい、待ってたわよ」
シクルスも奥さんもオレ達を大歓迎してくれた。
オーリエが事前に日時を連絡してくれていたので、すでに席の用意が出来ている。
ふと、オレは気になっていたことをシクルスに聞いた。
「イグナス子爵はどうしてる?」
オレの問いにシクルスは口元を緩めた。
「あの一件で、どうやら本気で改心したらしい。食事には来るが、酒を飲むことはない。今は商売を始める準備に追われているようだ」
「そうか……良かった」
「あんたと眼鏡のお嬢ちゃんのおかげさ。今日はゆっくりしていってくれ」
「うん、そうさせてもらうね」
オレが頷くと奥さんが先に立って席へと案内してくれる。
店の一番奥のテーブル二つが予約席となっていた。
その一つは、イグナス子爵が酔っ払って寝ていたあのテーブルだった。
考えてみれば、店の最奥に位置するこの場所は、ここで一番良い席に違いない。
子爵がここを定席としていたことに、今さらながらシクルスの子爵への心情が窺い知れた。
昼食が終わり、オレ達は歓談の時間を過ごしていた。
見学の全行程が終了し、後は宮殿へ帰るのみになっていたけど、みんな帰りたくないように見えた。
せっかく、外へ出られたのだから、すぐに戻るのが惜しい気分だったのだ。
と、その時、急にアレイラがオレへ目配せする。
視線を横に動かし、店の入り口を指し示す。
どうやら『外へ』と言っているらしい。
オレが訝しげな顔をしていると、アレイラは突然立ち上がり、近くにいたシクルスの奥さんに耳打ちする。
奥さんは頷いて、店の外を指差した。
アレイラは『わかったわ』と言いながら、オレに意味ありげな視線を送ってきた。
オレも立ち上がると、アレイラを追う素振りを見せた。
「どうした、リデル?」
クレイが気付いて声をかけてくる。
「や、別に……ちょっと」
「なんだ、アレイラと連れションか……ごぶっ」
ディノンの発言に隣のオーリエが拳を放つ。
「と、とにかく。気にしないでくれ」
オレが真っ赤になって言い訳していると、キュールが席を立とうとする。
「キュール、貴女はここにいなさい。命令よ!」
アレイラの言葉にキュールは訝しげな表情になる。
「…………」
言葉には出さないが、キュールの目は『私は護衛です』と訴えている。
「リデルがいれば大丈夫です」
命令は拒否できないのか、納得していない表情をしながら、渋々引き下がる。
「じゃ、一緒に行きましょう、リデル」
アレイラ……いったい、何を企んでいるんだ?
オレは慌てて立ち上がると、アレイラの後姿を不安げに見つめた。
店から出ると、アレイラは振り返って、にこりと笑った。
悪戯が成功した子どものような笑顔に、意外な幼さが透けて見える。
「用足しに行くんじゃ……」
一応、確認すると彼女は鼻で笑った。
「違うに決まってるでしょ。ベルニーの女神像へ向かうわよ」
「えっ?」
最初に社会見学の計画をアレイラに示した時、興味のある素振りを見せていたけど、結局アレイラの申し出で行程に入れなかった場所だ。
今になって、皆を出し抜いて行こうとするってことは、最初からこうするつもりだったのに違いない。
「もちろん、約束どおり連れて行ってくれるわよね」
「いや、それは……」
オレが口ごもると、アレイラは冷たい視線を向ける。
「貴女が行かないなら、わたくし一人でも向かいます」
「ちょっ……待てよ」
「無駄話してる時間はないわ」
そう言い残すと、振り返りもせずに、すたすたと歩き始める。
まったく……しょうがないな。
一度、言い出したら、人の言うこと聞かないんだから。
ほっとく訳にもいかないし……。
乗りかかった船だ。
オレはアレイラの後を追った。
目的の場所でオレは『傷ついた名も無き兵士と翼を休める女神』像を唖然と見上げていた。
巨大な門の上方に据え付けられた像は思っていたよりずっと大きくて、圧倒的な存在感を示していた。
本来は王城や神殿に飾るべきもので、個人の屋敷に置くのには向いていない代物だ。
政商ガロニクが亡くなった後、屋敷は閉ざされ、今は誰も住んでいないと聞いた。
ただ、放置されていたにもかかわらず状態はいいように見える。
あれ……あの女神像って、どこかで見たような……。
そんなことをぼんやり考えていると、ふとアレイラの様子に気が付く。
みんなを出し抜いてまで、わざわざやって来たのにアレイラは一向に女神像を見ようとしていなかった。
それどころか、周囲の方が気になるようで、きょろきょろと辺りに視線を走らせている。
疑問に思っていると、不意に何かに気付いたようにアレイラが急に走り出す。
オレも慌てて後を追う。
アレイラは追いついた傭兵然とした男の後姿に声をかけた。
男が振り向くとアレイラは落胆した顔になる。
どうやら人違いのようだ。
けど、オレはアレイラが呼びかけた名前にハッとした。
『ガレア……』
彼女は確かにそう言った。
今の今まですっかり忘却の彼方に沈んでいたけど、その名前には聞き覚えがあった。
でも、この場所じゃなかったら、思い出せなかったかもしれない。
それは、ここから少し離れたシクルスの店先での、つい最近の出来事。
叩きのめした連中の仲間で、傍観していた男の名前がそんな名だった気がする。
顔はよく覚えていない。
「アレイラ、人を捜しているの?」
「べ、別にそんなことないわ……」
近づいて尋ねると、慌てた様子で否定する。
「そうか……」
「そうよ」
弱みを見せるつもりはないらしい。
「オレ、『ガレア』を名乗る傭兵に、この間会ったよ」
あの時の彼が、アレイラの言う『ガレア』と同一人物だという確証はない。
それに大貴族のご令嬢と平凡な傭兵との取り合わせに正直、疑問が残ったけど、オレはあえて言葉にした。
その反応は予想外だった。
アレイラはいきなり掴みかからんばかりの勢いでオレに迫ると、声を震わせて言った。
「いつ、どこで会ったの? 彼と何を話したの?」
アレイラらしくない切羽詰った口調だった。
けど、身を乗り出した自分の行動に気付き、アレイラは赤面してオレから離れ、黙り込んだ。
「ノルティと街壁の外へ出た話を聞いたよね。その時、さっきのシクルスさんの店で会ったんだ。目の細い優しそうな人だったけど……」
印象の薄い、ぱっとしない男だったとは、とても言えない。
黙したまま、アレイラが頷いたので、恐る恐る聞いてみる。
「何か事情がありそうだね。オレで良ければ、話を聞くけど……」
そう問いかけながらも答えは期待していなかった。
プライドの高い彼女が自分の心の内を明かすとは、とても思えなかったからだ。
「……どうしてもって言うなら……」
消え入りそうな声でアレイラが呟く。
一瞬、口に出そうな驚きを飲み込むと、オレはゆっくりと言った。
「どうしても……」




