社会見学とオレ 前編
ヒューが立ち去ってから、どのくらい経っただろう。
オレはソファーに腰かけたまま、ずっとぼんやりしていた。
外はすっかり闇に包まれ、窓から忍び込む冷気が肌寒さを感じさせる。
ノックの音がしたけど、答える気にならない。
焦点の合わぬ目が宙を泳ぐ。
扉を開ける気配がしたと思ったとたん、叱責の声が上がる。
「何をしてるんですかっ!」
「……シンシア?」
「こんな真っ暗な中で、何をぼんやりしてるんですか」
そう言うとパタパタと部屋のあちこちを歩き回り、燭台の灯りをともし、暖炉に火を入れる。
「いや……めんどうだったんで……」
シンシアもいなかったし。
「私がいなければ、灯り一つ点けられないのですか!」
「…………」
口答えするのも億劫で、ソファーの上で膝を抱えて丸くなる。
「リ・デ・ル・様!!」
耳元でシンシアが大声を出す。
「ちゃんと、聞こえてるよ。けど、今は一人になりたいんだ」
婉曲に拒絶したつもりだけど、シンシアには通じなかった。
「いつまでも、何を拗ねてるんですか? 年端もいかない子供ですか」
「シンシアには関係ないだろ」
「こんな暗闇の中で、いじけてみせて。みんなに可哀想と慰めてもらいたいのですか?」
さすがにむっとした。
「事情も知らないくせに、いいかげんなこと言うなよ」
「事情なんて知りたくもありません。大方、下らないことに悩んで、周りの人間を巻き込んで、悲劇の主人公ぶってるだけではありませんか!」
大きな音を立てて、応接テーブルにひびが入る。
堪えきれずに拳で叩いていた。
「お前にオレの何がわかる……」
刺すような視線で睨みつけると、シンシアは静かに答えた。
「わかるわけないでしょう。私はあなたではありませんから」
シンシアはまっすぐオレを見つめ返すと続けた。
「私はあなたが何を悩んでいるかなど知りません。知ったとしても、どうこうしようとも思いません」
シンシアは淡々とした口調で話す。
「けれど、あなたがいつまでもグダグダしていると、はっきり言って周りが迷惑です。あなたの振る舞いが他人をどれだけ困惑させているか気付いていますか? 自分のことだけに囚われて、他人のことなどお構いなしですか? 本当にそれがわかっていないのなら、あなたは救いがたい愚か者です!」
シンシアの糾弾にオレは怒りで我を忘れそうになるのを、何とか踏みとどまる。
「愚か者で悪かったな……」
怒りを抑え込んで、それだけを口にする。
正直、もうシンシアと話したくなかった。
俯いて目線を外し、気を落ち着かせるために呼吸を深くする。
「オレ……もう大丈夫だから一人に……」
不意にふわりと柔らかいものに包まれる。
えっ……?
驚いて顔を上げようとしたけど、やんわりと抱きすくめられる。
もしかして、オレって今……シンシアの胸に抱かれてる……?
そんな、あり得ない……。
シンシアはオレのこと、嫌ってるはずなのに。
「リデル様……」
顔は見えないけど、口調は優しい。
「済んでしまったこと起こってしまったことを悔やんでも仕方ありません。それはどうにもならないことです」
胸に抱かれたまま、オレは次の言葉を待った。
「ですから、それを自分のせいだと思い悩んで落ち込むよりも、その理不尽さに腹を立てて、怒りをぶちまけたり罵ってもいいんです。泣きたければ泣き叫んだっていいんです。あなたは独りで全てを抱え込み過ぎです」
シンシア……。
「私はあなたの従者です。未熟で姉さまのように完璧に勤めることはできません」
シンシアの指がオレの髪を優しく撫でる。
「けれど、従者として主人の感情、葛藤をこの身で受けとめる覚悟は出来ているつもりです。私を憎むことであなたの安息が得られるなら、私はそれを喜びとして受け入れます」
シンシアの言葉に目頭が熱くなる。
オレはその胸に甘えるように顔を擦り付けた。
シンシア……少しの間、こうしててもいいよね……。
しばらくそうした後で、オレはおずおずとシンシアから離れた。
気恥ずかしくて顔が見られない。
「気は晴れましたか?」
いつもと変らぬ調子で、シンシアは平然と言った。
「うん、ありがと」
「別に礼には及びません」
さも、当たり前という顔付きでシンシアは答える。
「とにかく、この私を使いこなせるような立派な主になってもらわなくては困ります。私の才覚が無駄になってしまいますから」
「うん、わかってる」
オレは気付いてしまった。
シンシアと言う一見クールに見える女の子が、本当は一途で不器用な優しい女の子であることに。
「何をにやにやしてるんですか。気持ち悪いです」
咎める仕草も何だか可愛く思える。
シンシア……ありがとう。
自分のこと従者だって君は言ったけど、オレは君のこと……友だちだと思ってる。
前にそう口に出した時に、君は肯定も否定もしなかったよね。
「シンシア……大好きだよ」
「なっ……」
顔を赤くしたシンシアを横目に、オレは寝室へ逃げ出した。
「私をからかうなんて、10年早いです!」
シンシアの照れ隠しの非難の声を背に聞きながら。
「ホント、心配かけてごめん」
翌朝、食堂に集まっていたユク・ノルティ・オーリエにオレは頭を下げる。
昨夜は、前日と違ってぐっすり眠れた。
もう、思い悩むのは止めにしたんだ。
ヒューの言うとおり、聖石にはまだ謎が多いし、絶対に男に戻れないと決まったわけじゃない。
トルペンやノルティが何か新しい発見をしてくれるかもしれないしね。
それに、シンシアに叱られたようにいつまでもくよくよしてるのは、オレの柄じゃない。
前向きで明るいってのが、唯一のオレの取り柄だし。
あ、だからといって、無理矢理明るく振舞ってるわけでも、胸の奥に思いを閉じ込めているわけじゃないから。
あくまで、自然体に……オレらしく普通に生きようと決めたんだ。
未来は……まぁ、何とかなるだろう………………何とか……ならないかなぁ……。
オレが頭を下げると、ユク達は心配そうにオレを取り囲んだ。
「もう、大丈夫なのか?」
「……とても……心配してた」
「体調は、良くなったんですか? 無理しちゃ駄目ですよ」
三人の言葉に、ちょっとうるっとしたけど、オレは元気に答える。
「大丈夫! まだ本調子じゃないけど、授業には出られるよ」
聖石ショックによる精神的不調とは別に、身体的不調が続いているのも事実だったけど、こんなことはしょっちゅうあるので、想定内のことだ。
「そうか? 無理は禁物だぞ」
オーリエは念を押すように聞いてくる。
「もう、大丈夫だから!」
「リデル…………ボクのせいで体調悪くさせた……」
「そ、そんなことないって」
泣きそうなノルティの頭を撫でながら、優しく慰める。
「いつものリデルに戻って、あたし安心しました」
「ユク……みんなも、そろそろ朝食を食べようよ」
オレの提案に全員が頷いた。
「帝都見学……今さら?」
思わず疑問の声をオレは上げる。
オーリエが食事を終えて、話題にしたのは新しい講義内容についてだった。
「そう思うのは、リデルが好き勝手やってるからだ。他の班には、帝都どころか宮殿からも出ていない連中もいるのさ」
呆れたようにオーリエが笑う。
「確かにオレはめちゃくちゃだけど、オーリエだけには言われたくない」
「まぁまぁ……それで、どういう内容なんですか?」
口を尖らすオレをユクが宥めながらオーリエに先を促す。
「班でテーマを決めて実地見学を行い、レポートを作成するみたいだ」
「あくまで、勉強の一環ってわけか」
何だか、面倒そうだ。
気の向くままに行動するのが好きなんで、計画どおり団体行動するって苦手なんだよな。
「……というのは表向きの話で、実際は不満解消の意味合いが強いらしい」
オーリエが訳知り顔で話す。
「どういう意味?」
「私達の班は、誰かさんのおかげで良くまとまっている方だと思うけど、他の班はいろいろと大変らしいんだ」
オーリエがオレを見て苦笑しながら続ける。
「考えてもみろ。ただでさえ、同じ年頃の娘達を一箇所に無理矢理閉じ込めているんだ。その上、性格も出自も違う者達で班を組ませ、昼夜一緒の生活をさせていて、問題が起きないわけがない」
確かに、言われてみれば普通はそうかもしれない……。
けど、この面々は何ていうか……変ってる分、一緒にいて飽きないというか逆に楽しい。
昔から、知り合いだったんじゃないかと錯覚するぐらいだ。
「だから、そういう連中を外へ連れ出して、たまった不平不満を吐き出させようという魂胆さ」
オーリエの言を聞きながら、ふとアレイラのことを思い出す。
そういや、彼女も街壁の外へ出たがっていたっけ。
ん、いいこと思いついた!
「ねぇ、みんな。オレ達の班の見学のことなんだけど、また街壁の外へ行かないか?」
オレの提案にみんなの目が悪戯を思いついた子供のようになる。
「リデル……それ、楽しそう」
「あたしも冒険したいです」
「確かにノルティの話を聞いたら、ちょっと冒険したい気分になるな……でも、リデル?」
オーリエが心配そうに言う。
「私達だけなら融通が利くけど、班行動となると、もう一人参加することになるぞ」
オーリエの心配は、もっともだ。
「アレイラのことなら、オレに任せておいてくれ」
オレは自信満々で請け負った。
アレイラの街壁の外へ出たいという依頼。
どうしようか、ちょっと困ってたけど、これならいける。
大手を振って、外へ出られるじゃないか。
誰からも文句を言われる筋合いもないし。
うん、一気に解決!
オレって、頭いい。
自分の思いつきに、オレは得意げになっていた。




