不運な男とオレ 後編
少しは学習したのか、男の攻撃は先ほどより幾分マシになっていた。
本人が言う通り、確かに本気を出してるみたいだ。
けど、いかんせん動きが鈍すぎる。
繰り出す連続攻撃を余裕でかわし、空回りして体勢を崩した男の側面に回りこむと、にっこり微笑んでから剣の柄で頭をぶん殴った。
声も上げず崩れ落ちる。
それを視界の端に捉えながら、オレは度肝を抜かれて硬直している残りの男達の真ん中に飛び込んだ。
その勢いのまま、正面の男に上段から剣を振り下ろすと、剣で受けようとした相手は剣ごと吹っ飛ばされた。
振り向きざまに今度は右の男に対し、下段から切り上げる。
上から押さえ込もうとした相手の剣は、オレの一撃に抗しきれず、手から回転しながら弾き飛ばされた。
続けて、振り上げた剣の平で相手の肩口を強打すると、低い声で唸って肩を押さえ座り込む。
更に、何が起こっているか理解できず固まっている左の男に対し、一瞬で間合いを詰めると、喉元に剣を突きつける。
「た、助けてくれ……」
顔面蒼白の男は、そのままの姿勢で命乞いをする。
冷や汗流しまくりの男に剣を突きつけたまま、昏倒している男達や肩を押さえてうずくまる男を見下ろした後、例の腕を組んだ男を睨みつける。
「で、お前はどうする?」
「いや、自分の力量はよくわかってるつもりだ……あんたと戦うのは勘弁して欲しい。それより、本当に悪かったな、それほど深い付き合いじゃないとはいえ、俺の連れが無作法なことしちまって」
「まあね……こっちも、ちょっとやり過ぎたみたいだ、ごめん」
突きつけた剣を外すと仲間の男はへなへなと座り込む。
「いや、悪いのはこっちだから。こいつらも酒を飲んでハメを外さなきゃ、それほど酷い連中じゃないんだ」
「どうだかね。とにかくこいつら、さっさと連れ帰ってもらえると嬉しいんだけど」
絡まれたのがオレじゃなくて、普通の女の子だったらと思うとぞっとする。
やっぱり、これくらいのお仕置きは必要だ。
「わかった、そうするよ……ところで、俺はフリーの傭兵のガレア、あんたは?」
へたり込んだ男に手を貸しながら、ガレアと名乗った男はオレに問いかける。
「オレか? オレは通りすがりのただの……」
女の子だよ、と言おうとした瞬間だ。
「白き戦姫! あんた、何でこんなところにいるんだ?」
えっ……!
驚いて呼びかけられた方向に顔を向けると、イグナス子爵が呆然とした面持ちでオレを見つめていた。
白き戦姫!
イグナス子爵の放った一言は、闘いを遠巻きに見ていた観衆にざわめきをもたらした。
(あれが『白き戦姫』だって?)
(無敗の『黒の闘王』を倒したっていう?)
(あの噂、本当だったんだ)
(いや、あの闘いぶりなら、あり得るだろう)
(むちゃくちゃ、つえーな)
(それにしても、すげえ美少女じゃないか)
(ホント、可愛いなぁ)
(ファンになりそう)
(俺なんか、さっき下着見ちゃったもんね)
(なんだと! 俺にも何色か教えろ)
怪しげな会話をする連中をぎろりと睨みつけて黙らせてから、イグナス子爵に向き直る。
「あ、あの……人違いだから。オレ、通りすがりの普通の女の子で……」
「それ、無理があると思う……」
イグナスの後ろに、ほんの少し呆れた表情を見せるノルティが立っていた。
あ、やっぱり……。
ま、言ってる自分も、ちょっと苦しいかなって思ってたけど。
「けど、百歩譲って、オレが普通でなかったとしても『白き戦姫』とは限らないじゃないか」
はかない抵抗を試みる。
「へぇ、あんたが噂の『白き戦姫』だったのか。それじゃ勝てないわけだ」
おい、ガレア……オレの話、聞いてる?
せっかく、オレが言い逃れようとしてるのに、納得するなよ。
大体、その恥ずかしい名前を何度も口にするな。
「とにかく、オレはその『白いなんとか』とは無関係だから」
「いや、あんたは間違いなく『白き戦姫』だ。断言してもいい。こう見えても、私はあの闇闘技大会を熟知している愛好家なのだ。ずっと、あの闘技場に通いつめたが、あんたみたいな動きのできる者など二人といない」
自信満々でイグナス子爵は答える。
それ、堂々と明言するの、どうかと思うよ。
やっぱり、駄目な人だ、この人。
「……と、とにかく、立ち話もなんだから」
イグナスの言葉に観衆がいちいち反応するのを見て、オレは慌ててシクルスの酒場に戻ることを提案した。
「なんだか取り込み中みたいだから、俺達は退散するよ。また、会えると嬉しいな。俺のこと忘れないでくれよ」
うん、自信ない。
だって、ガレアあんた特徴ないんだもん。
闘ってないから、腕も未知数だし。
短い茶髪で、平凡な顔付きに細い目……三歩、歩いたらきっと忘れると思う。
仲間を介抱する(すでに忘却確定な)ガレアに背を向け、オレは再び酒場の中に入った。
「あんたさえ、いなければ……」
それだけ言うとイグナス子爵は俯くとテーブルを虚ろに見つめて沈黙する。
オレ達は先ほど子爵が寝ていたテーブルに集まって座っていた。
子爵の沈黙を前にオレもまた黙って目を伏せる。
何て声をかけていいか、わからなかった。
確かに彼の破産の原因はオレにあったのかもしれないけど、賭けたのも借金を作ったのもイグナスで、責任はイグナス本人にあると言っていい。
だから、多少の決まり悪さはあっても、オレが本来、気に病む必要はなかった。
けど、デイブレイクと闘ってみたかったというオレの我がままや聖石の力で勝ったという後ろめたさがオレの心に重くのしかかっていた。
オレが出なければ、恐らくデイブレイクが勝っただろう。
成り行きとは言え、オレがこの人達の人生を狂わせたのは間違いない。
(人は生きているだけで、善きにしろ悪きにしろ他人に影響を及ぼすもんさ。それが当たり前なんだ。だからあまり気にするな)
クレイはオレがへこんでいると、優しく笑って、よくそう慰めてくれてたけど、こうして本人を目の前にすると、やはり落ち込む。
とても、写本のことを切り出せる雰囲気じゃない。
でも……心配げなノルティを見て、オレは決心した。
「あの……イグナス子爵」
「なんだ!」
子爵のいらえは鋭かった。
少し挫けそうになりながら、オレは強引に続ける。
「貴方に聞きたいことがあって、オレ達はここまで来たんだ」
オレを射るように睨むイグナスに、今までの経緯を簡単に説明した。
聞き終えたイグナスは鼻で笑って答える。
「何で私があんたに教えてやる義理があるんだ?」
まぁ、普通そう言うよな。
「そこを曲げて教えてほしい」
オレは神妙に頭を下げた。
「ふん、虫のいい奴め……む、待てよ……そうだな、教えてやってもいいが条件がある」
その言葉にオレは目を輝かせて顔を上げる。
「デイトンの所へ行って、私の財産を取り戻してきたら、教えてやってもいい」
そんな無茶な……。
絶対、出来っこない条件を出して、オレをぬか喜びさせたかっただけなのか。
オレががっくりとうなだれると、イグナスは勝ち誇ったような顔をした。
「いい加減にしろ!」
突然、店内に大きな声が響き渡る。
皆が一斉に注目すると、ノルティが顔を真っ赤にし、両手に握りこぶしを作って立ち上がっていた。
「ノルティ?」
ノルティのこんな大きな声、初めて聞いた。
「黙って聞いていたら、なんて言い草だ! あんたには貴族としての誇りはないのか? 女の子に嫌がらせを言って溜飲を下げたいだけなのか? 全て他人のせいにして、自分は悪くないって言いたいのか?それじゃ、あんまり情けないとは思わないか? 財産を失っても、あんたにだって、まだ出来ることがあるんだろう……」
いきなり、まくし立てるノルティにイグナスは口を開けたまま、ぽかんとする。
「リデル……もういい。写本のこと、諦めよう」
ノルティはオレへと顔を向けるとキッパリ言う。
「けど、せっかく、ここまで来たんだし……それにどうしても読みたかったんだろう」
「うん、そうだけど……でも、もういい。本が無いなら、トルペン先生に教えを乞い、自分で書けばいい。その方が、きっと楽しい」
ノルティ……。
真っ直ぐ、オレを見つめる目は力強い。
食堂でおどおどしていた姿は見る影も無い。
「…………わかった。ノルティがそれでいいなら、オレは構わない」
オレがにこりと笑って頷くと、横からおずおずと声がかかる。
「ま、待ってくれ。君達……」
目を向けると、イグナス子爵が所在無げにオレ達を見つめていた。
「ああ、もういいよ。こっちこそ、無理言ってごめん」
「いや、私の方が悪かった。大人気ない態度をとって申し訳なかった。良ければ、許してもらえるとありがたいのだが……。いや、本当にお恥ずかしい。全く、その小さいお嬢さんの言う通りだ」
子爵は頭を下げながら、自分自身に言い含めるように言葉を続けた。
「……財産を無くしても貴族の誇りまで失ったつもりはない……それに私には恵まれた商才がまだ残っている。力を貸してくれる人達もいる……こんなところで女の子に意地悪を言って燻ってる場合ではないんだ」
酔いが醒め、憑き物が落ちたようにイグナスが穏やかに語る。
「ご、ごめん……なさい! ボク、失礼なことを……」
感情の高ぶりが治まって冷静になったのだろう。
ノルティが今度は青くなって、テーブルにぶつけるほどの勢いで頭を下げる。
「いや、いいんだ。君達のおかげで今度こそ、私も目が覚めたよ……ところで、何か知りたいことがあったのではないかな?」
「『聖石秘事伝承録』という写本を探しているんだ。貴方がどこに売ったのか教えて欲しい」
オレの質問にイグナスは怪訝な顔をする。
「君達は、宮殿から来たと言わなかったかね?」
「ええ……そうですけど」
皇女候補生のことは街で噂になっているから、正直に話しても良かったけど、またさっきのような輩に聞かれると面倒なので曖昧に答えた。
「それは、わざわざご苦労なことだ。しかし、あの本はまだ宮殿にあると思っていたのだが……」
「何だって!」
「どういうこと?」
オレとノルティが思わず声を上げ、再び周囲の耳目を集める。
「いや、別に驚くことでもない……一番高く買ってくれそうな人のところへ出向いて売っただけで……」
「それって……もしかして」
オレとノルティが声を揃えて聞くと、イグナスはますます不思議そうな顔で続けた。
「ああ、それはもちろん、書いた本人の……」
「トルペン先生!?」
悲鳴交じりのオレ達の問いかけにイグナスが頷き、オレ達は脱力してテーブルに突っ伏した。




