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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
〇〇なんて今さらオレが言えるかよ!
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不運な男とオレ 前編

「全くしつこいったら、ありゃしない」


 オレが、ばあさんのうんざりするほどの勧誘を思い出して辟易していると、ノルティにしては珍しく残念そうに呟いた。


「あんなに熱心なのに…………うらやましい」


「うらやましい? 絶対に胡散臭い仕事に決まってるよ」


「でも、ボク……人からあんなに熱心に必要とされたこと……ない」


 目を伏せたノルティの横顔が寂しげに見えた。


「ノルティ……」


 何だか儚げで、オレはノルティを無意識に抱き寄せると、優しく囁いた。


「そんなことないさ。オレにはノルティが必要だよ」


「リデル……」


 顔を上げてオレを見つめるノルティに笑って頷いてみせる。


「そうさ。オーリエやユクにもノルティが絶対必要さ。オレ達、友だちだろう?」


 少し間が空いて、うんと頷いたノルティの表情は何だか嬉しそうに見えた。


「そうだ、ノルティ……さっき聞いた門番さんの酒場に行ってみようか?」


 他に有力な手がかりもないので、オレとノルティはイグナス子爵の元門番がやっているという酒場に向かうことにした。


 酒場まで行く道すがら、オレはふと気になっていたことをノルティに訊いてみた。


「なあ、ノルティ。変なこと聞くけど、今回の召集によく応じたよね」


 基本、17歳の娘全てが強制的に集められたことになってはいるけど、病気やその他様々な理由で召集に応じなかった娘達が何人かいるらしい。

 そもそも、帝都までの長旅については、旅費の負担は国庫持ちだったけど、出頭自体は任意であり、それなりの困難を伴うものだった。


 ケルヴィン局長の思惑とは裏腹に、国中全ての17歳の娘が集められたとは到底言えない現状だ。

 本物の姫様が候補から漏れている可能性は否定できない。


 まあ、オレが心配することでもないけど……。


「リデル……何で聞く?」


「いや、人と接する機会が今まで少なかったし、怖くなかったのかなって。出自もしっかりしているから皇女である可能性は少ないし、君のお父さんじゃ無視を決め込むことだってあり得ないことじゃない」


 もっとも、宮殿と目と鼻の先だから、強制的に連行される可能性もあっただろうけど。


「ボク……いい機会だと思った」


「え?」


「リデルは何のために……生きてる?」


 い、いきなり、話が難しくなったぞ。



「え、何のため……ただ何となく?」


 深く考えたことはあまり無い。


「ボクは誰かの役に立ちたい」


 ノルティの言葉に、何かひしひしとした切迫感が感じられた。


「十分、お父さんの役に立ってるんじゃ……」


「そうじゃなく……もっとこの国のたくさんの人の……」


「たくさんの人?」


「リデル……この国では女性は官吏になれない」


 ノルティの言葉にハッとした。


 オレが女性の身体になった時、あまり焦らなかった理由は傭兵という職業に性別が不問だったからだ。

 もし、役人だったら、その時点で失職していただろう。


 それ以外にも男性でなければ、就けない職業がたくさんある。

 反対に女性でなければ、なれない職業もある。

 それがこの世界の……階級社会のことわりと言っていい。


 けど、何にでも例外はある。


 高い身分の女性や高い身分の者に重用された女性で、本来男性にしか就けない職に就く者も過去にいた。

 有名な例として、女宰相と評されたエンティア女史はデュラント二世の家庭教師だった。

 歴史の授業で知ったのだけど、史上初めて宰相補になった女性だ。


 今のトルペンと同じ役職でも、当時は宰相が在職しているのにも関わらず、その発言力は帝国の運営を左右したという。

 また、他国……特に女王の統治するエントランド連合王国は総じて女性の地位が高いと聞く。

 女性の大使が任じられた例もある。


 けど、他国や例外でもなければ、国の中枢でその才能を発揮できる役職に女性が就くことは稀なのだ。

 ノルティの望みは、皇女候補となることで帝国の中枢に知己を作り、自分の知力を役立たせたいと言っているのに等しい。


 ノルティ……思った以上に自信家なんだ。

 

 まあ、それもわかる。

 あの若さで、ノルティの知識量は教授陣に匹敵していた。

 一人で複数の専門家に渡り合えるのだから、凄い才能と言っていい。

 もし、会話術と人見知りが克服できれば、ノルティがどんな人材に化けるのか想像もできない。


 ノルティの意外な一面を垣間見て、オレはちょっと嬉しくなった。


 だって、いつもオーリエやオレの影に隠れるようにしている彼女に、こんなにも強い意志と高い志があることがわかったのだから。


「ノルティ、そうなれるよう君を応援するよ。オレもノルティに負けないように頑張らなきゃ」


「リデル……ありがとう。でも、みんなには……内緒」


 オレを見つめるノルティの頬がほんのり朱に染まる。


「うん、もちろんさ。二人だけの秘密だ」


 オレはノルティの手を取ると、酒場のある裏通りに入った。



 人通りのめっきり少なくなった通りに入り、オレは周囲をくまなく警戒した。

 若い女の子が二人、治安の悪いこんな寂しい通りを歩くんだから、危険な目に遭うのを覚悟していた。

 けど、人相の良くない男達や道端に店を広げる胡散臭そうな連中も、オレ達を見るとぎょっとした顔になるだけで、近づいては来なかった。


 どうやら、制服を着たオレ達が、あまりにこの場所に不釣合いなため、何事か危ぶんで遠巻きに様子見しているようだった。

 オレとノルティはその間隙をつき、目指す酒場にたどり着いた。


 扉を開けて、中へ入ると、酒の匂いや香辛料と食べ物の雑多な匂いが鼻に付く。

 ざわついた店内にオレ達が入ると、先ほどの通りの連中と同じように一斉にオレ達を注目し、驚きで言葉を失ったように沈黙が訪れた。


「あの……シクルスさんっていますか?」


 オレがカウンターにいる店の主人らしき男に近づいて話しかけると、止められた時間が動き出しかのように店へと喧騒が戻ってくる。


「シクルスは俺だが?」


 屈強で色黒の店の主人は無愛想に自分を指差した。


 オレはノルティに椅子を勧めながらカウンターの椅子に腰かけ、シクルスに注文した。


「オレにはダラム酒を、この子にはミルクを……それと何か食べるものを適当に」


 『かっこつけて無理するな』と叫んでいるクレイの姿が頭に浮かんだけど、無視無視。


 シクルスは厨房に指示の声をかけてから振り向くと、


「で、俺に何か用か?」


 と、それだけ言い、オレとノルティの前に飲み物を置いた。


「シクルスさん、あんたがイグナス子爵のところで門番やってたって聞いて来たんだけど……って、これ、りんごシードルじゃないか! オレはダラム酒って……」


「子どもには早い」


 取り付く島も与えず、ぶすっとした顔で言う。


 おいおい、客商売だろ?

 何なの、この無愛想さは……。


 文句を言おうとすると、奥の厨房から良い匂いをさせた料理を運ぶ綺麗な女の人が現れた。

 二十代後半に見える細面(ほそおもて)の美人さんだけど、料理皿を持つ手は力強い。


「お待ちどうさま。ごめんねぇ、うちの人、無愛想なんで……あら、可愛い」


 目の前に料理を置くと、シクルスの奥さんらしい女の人は目を丸くしてオレ達を見つめた。


「珍しいわねぇ、こんな所にあなた達みたいに可愛い子達が来るなんて……何か用でもあるの?」


 どうやら、シクルスさんより話がわかりそうだ。





「……で、イグナス子爵の行方を探しているんだ。お姉さん、子爵が何処にいるか知ってる?」


 ここまでに至る経緯を奥さんに話し、イグナス子爵の行方を聞いた。


「イグナス様ねぇ……」


 言葉を濁した奥さんは困ったような顔で夫の方を見る。


「どういう理由かは知らんが、あの方をそっとしておいてやってくれ」


 シクルスは悲しげに、そして少し怒ったように告げる。

 どうやら、何か知っていそうな口振りだ。


 けど、無理に教えてもらうのは、かなり難しそう。


 オレは出された料理に手をつけながら、説得の糸口を見つけだそうと考え込んだ。

 ホントはお腹も空いていたしね。



「ボク……大切な本を探してるんだ」


 突然、今まで黙っていたノルティが立ち上がってシクルスに話しかける。


「本?」


「うん、ボクの尊敬する人が書いた本の写本……」


 訝しげな顔になったシクルスにノルティはたどたどしい口調で、トルペンの素晴らしさと本の重要性を熱心に説いた。


「原書が残っていない今、帝国図書館にあの写本が所蔵されないのは、帝国のいや、この世界全体の損失なんだ……なによりボクが一度でいいから読んでみたい……」


 上気した顔で真剣に語るノルティは見物(みもの)だった。


 オレも奥さんも、そしてシクルスも呆気にとられたようにノルティを見つめた。


「あんたの言ってることの半分もわからんかったが、あんたにとって凄く大事なもんだということだけはよくわかった」


 幾分、表情を和らげたシクルスは続けて言った。


「それと傷心のあの方を苦しめようとする手合いじゃないこともな」


 言葉に子爵に対するいたわりを感じて、オレは思わず聞いた。


「シクルスさんは、子爵を恨んでないの?」


「恨む? どうして?」


 不思議そうなシクルスにオレは疑問をぶつけた。


「だって、門番の職を失ったし、借金が多かったから給金だって、きちんと払われていたか怪しいんじゃ……」


「俺は旦那様に感謝するこそあれ、恨むなんてとんでもない……こうして、こいつと一緒になれたのも旦那様のおかげだしな」


「この人も私もイグナス様のお屋敷で働いていたんです。所帯を持つとわかった時にはそれは喜んでくれて……それに旦那様、破産が確実だとわかると、差し押さえられる前に財産を売って、使用人全員の退職金をつくってくれたんですよ……こうして店を始められるのもそれがあったからなんです」


 横から奥さんも感謝の表情で言い添える。


 債権者のデイトンにとってはひどい話だけど、少なくとも彼らにとっては良い主人であったようだ。


 もっとも、借金を作らなければこんなことにはならない訳で、必ずしもイグナス子爵が誉められた人物だとは言えない。


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