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51 新しい同僚

ちなみに、リャーナの机は林檎の木箱で出来ていたので、いつもいい匂いがしてました。

 皇帝陛下との緊張する謁見を終え、リャーナはダルカスたちと別れ、マルクに新しい職場に案内された。

 ダルカスたちももちろん、そのままそれぞれの部署に向かっている。シャンティだけは『姉としてぇぇぇ。リャーナちゃんの職場を確認するぅぅ』とリャーナについて行こうとしたが、どこからともなく現れた皇宮薬師たちに『薬師シャンティ殿ぉぉぉ! ようやく出仕してくださったのですねぇぇ』と大歓迎のまま捕獲されそのまま部署に連れていかれた。あのシャンティですら逆らえない勢いだった。


「ここが君の職場だ」


 案内された執務室のドアには、『魔術開発部』と書かれた真新しいプレートが下げられていた。マルクの説明によると、魔術開発部は新設の部で、その名の通り魔術陣の開発がメインの仕事となるらしい。同じような部署で魔術研究所があるが、あちらは既存の魔術陣や古くに失われた魔術陣の研究、分析がメインの部署らしい。

 

 魔術開発部の執務室に入ると、机が4つ並んでいた。一つは上司であるマルクのものであろうか、少し広めの机が。他の三つは一般的な広さの机だ。資料を置ける棚や魔術論文の本、お茶を楽しめる小さな給湯室まで付いている。


「空いている執務室がここぐらいだったので手狭だが、窮屈ではないか?」


「いえ! そんな、十分です!」


 リャーナは何故か申し訳なさそうに言うマルクに、首を振って答える。魔術の実験をする場合は別の演習場を借りられるというので、何の問題もない。


「そうか、良かった。私の執務室では、やはり落ち着かないからな」


 以前、マルクとリャーナが結界魔術の改良をしていたのはマルクの執務室だった。皇太子の執務室となると、飛び入りで来客があったり、至急の仕事でマルクの予定が変更になったりするたびに中断されて、なかなか落ち着かなかったのだが、ここならたとえマルクが中座することになってもリャーナはそのまま仕事を続けられる。


「他にも、改良に役立ちそうな魔術師を配置予定で……、ああ、来たようだな」


 マルクの説明の途中、ドアをノックする音が聞こえた。そのままドアが開く。


「失礼しまーっす。あ、殿下」


「バカ! ノックの返事をもらってから入室しなさいよ! マルク殿下、大変失礼しました!」


 入って来たのは2人。1人は青と赤が混じったド派手な髪の長身の青年だ。両耳に魔力増強用の魔石が嵌ったピアスや首や腕にも同じく魔石をあしらった装飾品を付け、魔術師用のローブをだらりと羽織り、どことなく軟派な印象を受けた。整ってはいるがやんちゃ坊主を思わせる面立ちとよく合った装いだった。


 もう1人は一転、黒髪に黒縁眼鏡をかけた小柄な真面目そうな女性だ。装飾品も小ぶりな品の良いピアスと大人し気な銀鎖のネックレスだけ。魔術師用のローブを羽織っているが、隣に並ぶ青年と同じ服には全く思えない程きちんとしている。くいっと眼鏡を押し上げる様子は、優等生といった雰囲気だ。


「……リャーナ嬢。こちらの2人が同僚になる。魔術師のジョット・ドーンレッドとヨハンナ・アーガンだ」


「は、はじめまして」


 リャーナは反射的に頭を下げる。ジョット・ドーンレッド。ヨハンナ・アーガン。リャーナは知っている。皇宮に来る前に頭に叩き込んだドーン皇国の貴族年鑑。ドーンレッド侯爵家とアーガン伯爵家。ドーン皇国内ではどちらも力をもつ由緒正しき貴族家だ。

 覚悟はしていたが、やはり皇宮内には貴族が多い。粗相がないように今まで以上に気を付けなくてはいけない。


「貴女がリャーナ様ね!」


 そんなリャーナに飛びついてきたのは、ヨハンナだった。リャーナの両手を掴んでキラッキラの目を向けてくる。


「私、貴女のファンなんです! あの結界魔術陣の美しい展開といい、収納魔術陣の考え抜かれた効率といい、付与魔術陣の汎用性といい! もう、真の天才というのは貴女のことをいうんだわ!」


「ふぉぉぉ」


 思っていたのと違う反応に、リャーナは思わず変な声を上げてしまった。ヨハンナの、先ほどまでの真面目そうな出来るお姉さんといった雰囲気が木っ端微塵に吹き飛んでいる。どちらかというと、系統はシャンティ()に近い。あれほどぶっ飛んではいないが。


「はいはいはい。ヨハンナ。落ち着こうなー。どうどう。初めまして、リャーナ様。ジョット・バルディっす。この人はすぐ興奮して飛びついてくるけど、悪い人じゃないから怖がらないでくださいねー」


 ヨハンナの襟首をグイっと掴んでリャーナから引き離したジョットが、リャーナに笑いかける。こんなにチャラッとした格好で口調もチャラいが、意外とジョットの方が常識人だ。ヨハンナは首根っこを掴まれジタバタと暴れていたがジョットの力には敵わず、『離して! このド派手巨人!』と悪態をついていた。


「んん、お前たち、少し落ち着きなさい」


「そうは言われましても、()()噂の魔術師にようやくお会いできたんですから、興奮するなって言うのが無理っすよ、殿下」


「そうですよ! 私たちが再三、再っ三会わせて欲しいっていっても全然会わせてくれなかったのは殿下じゃないですか。正攻法で面会依頼を出しても、魔術師ギルドもあの怖い利益管理人の人も、全然許可くれないし! 」


 ジト目のジョットと、涙目のヨハンナに責められ、マルクは気まずそうに咳払いをする。


「リャーナ嬢への面会依頼は、数が多すぎて滅多に許されないのだ。私とて、魔術師ギルドや利益管理人、そしてリャーナ嬢のご家族を敵に回すのは嫌だ」


「そんなこと言って、マルク殿下は頻繁にリャーナ様にお会いしていたじゃないっすか」


「そうですよ、裏切り者ー」


「うるさい」


 ブーブーと文句を言うジョットとヨハンナを一言で切り捨て、マルクはリャーナに笑顔を向ける。


「賑やかな奴らだが、悪い奴らではない。リャーナ嬢も気にせず、彼らを扱き使うといい」


「え?」


 皇太子であるマルクに対して気安過ぎるジョットとヨハンナに驚いていたリャーナだったが、マルクが何気なく発した言葉に耳を疑う。


「扱き使うって、わ、私がですか?」


「君はこの魔術開発部の筆頭文官だ。身分としては彼らの上司になるからな」


「ええ? き、聞いていません! そんな、私、今日が初めての出仕なんですよ? 普通は雑用からこなす、一番下っ端ではないのですか?」


「まさか。我が国は実力主義だ。君の文官試験の結果やこれまでの功績を考えると、妥当な身分だと思うが」


 なぁ? とマルクがジョットやヨハンナに視線を向けると、2人は頷く。


「ええ。我が国は出仕の年数よりも実力が全てですから」


「功績からすると、もっと上でもおかしくないです」


 2人に普通に肯定されて、リャーナはまたガラガラと自分の常識が壊れていくのを感じた。カージン王国ではまずは身分。そして文官としての経験年数で出世が決まった。どれほど功績を上げたって、リャーナの立場も給料も変わらなかったのに。


「……まあ、話はこれぐらいにして。まずは君たちの机を決めてくれ。リャーナ嬢は、その、どの机が良いのかな」


 マルクはチラリチラリと自分の机に一番近い机を見ながら聞くが、リャーナはまた、別の事に驚いていた。


「机って、この高級な机のことですか? 私が、つ、使っていいのですか?」


 リャーナが震える手で机を指さす。そんなリャーナにジョットは不思議そうに首を傾げた。


「高級なって、ここにあるのは普通の机っすよ? そりゃあ、皇宮で使われているものだから、安物ってわけじゃないっすけど……」


 ジョットの目の前にあるのはごくごく普通の、備品の机だ。実用的なものなので、貴族向けのキラキラした宝石飾りがついているわけでもない。


「……リャーナ嬢。念のために聞くが、カージン王国に勤めていた時の机はどんなものだった?」


 マルクの言葉に、リャーナは気まずげに目をそらす。


「え、えっと。私用の机はなかったので、厨房で貰った木箱を幾つか使って、その……、自作しました」


「き、木箱?」


「自作ぅ?」


 ジョットとヨハンナが驚いて目を剥く。


「え? カージン王国って、文官に支給する机の費用も出せないぐらい、貧しい国なんすか?」


「いえ、そんなことは! ただ私は王宮内でも一番下っ端の文官だったので、備品の机なんて勿体ないって言われて。あ、でも、ちゃんと引き出しも付けたので、他の机と機能面では遜色ない物が作れました! 」


 ふんすと、工夫して机を自作したことを自慢するリャーナに、ジョットとヨハンナは『違う、そこは自慢するところじゃない』と内心大いに突っ込んでいた。


 ジョットとヨハンナはリャーナをマジマジと見つめる。マルクからリャーナが生国のカージン王国で身分を理由に酷い扱いをされていたことは聞いていた。しかしリャーナから具体的な話を聞いて、ここまで酷かったのかと愕然としたのだ。ドーン皇国では例え下級の使用人にだって、仕事に必要な用具ぐらい与えるのが普通だ。いや、どこの国だってそれが常識だろう。それが、文官に机を与えないって何だ。どこで書類を書けというのか。


 それなのにリャーナは、机が与えられない事に疑問すら持たず、木箱で自作したと言うではないか。しかも引き出しまで付ける工夫をして。

 ぐうっと、ジョットとヨハンナの心の底から、形容しがたい何かが込み上げてきた。同情心もさることながら、なんとしてもこの子を悪辣なカージン王国から守ってやらなきゃいかんという使命感のようなものが。そして全力で甘やかしてやりたいという庇護欲までもが。


「リャーナ嬢。好きな机を使ってもいいっすよ。なんなら、マルク殿下用の机を使ってもいいっすから。殿下用の机はなんと、全ての引き出しに鍵が掛かるんですよ!」


「そうそう! 隠し引き出しもついているんですよ! ちょっと広いし、こっちを使いましょうよ」


 ジョットとヨハンナがここぞとばかりにマルクの机を、どーぞどーぞと勧める。

 マルクは敢えて2人を止めなかった。リャーナがマルクの机を使いたいと望むのなら、喜んで譲るつもりだ。それどころか、リャーナ用の机を特注で作るべきか悩んでいた。彼女が望むならなんでも叶えてあげたいと、ジョットたち以上にマルクの庇護欲は高まっていたのだ。


「え? 凄い! 私も自作の机の引き出しの一つには鍵を付けたんですけど、流石に全部の引き出しは無理でした! わぁ凄い! 高級机ってやっぱり凄いんですねぇ」


 木箱で作った机の引き出しに鍵まで付けたのかと、ジョットとヨハンナは違う意味でまた驚かされた。そして、リャーナの苦境さえも楽しんでいたような健気さに、内心、涙を流す。


「でも、やっぱりマルク殿下の机を使わせて頂くのは申し訳ないので、こちらの机で……」


 リャーナは先ほどマルクがチラチラ見ていた机に、おずおずと座る。


「私の机。えへへ。嬉しいな」


 机をそっと撫でて、くすぐったそうな顔で笑うリャーナに、マルク、ジェット、ヨハンナの心は、完全に撃ち抜かれていた。かっわいい。何だこの子、めちゃくちゃかっわいい。


「う、ごほん。それでは、ジョットとヨハンナも、机を決めなさい」


 マルクが赤くなった顔を誤魔化すように咳ばらいをする。


「はいはい、私、リャーナ様の隣! ぜったいここ! 文句は言わせない!」


 ヨハンナはリャーナの隣の机を陣取って、絶対に譲らんと言わんばかりにギリッとジョットを睨みつける。


「へえへえ。別に文句はございませんよ」


 ジョットは予想通りのヨハンナの行動に苦笑して、大人しく空いた席に座る。元々、こちらの机を選ぶ予定だった。万が一、リャーナの隣の席にジョットが座ろうものなら、マルクに何をされるかわかったもんじゃない。妥当な配置だ。


「じゃあ私、お茶でもいれますね」


「え。お茶なら私が!」


 ヨハンナが立ち上がってそう言うのに、リャーナも慌てて立ち上がる。


「何仰っているんですか、リャーナ様は私の上司。お茶を淹れるのは私かジョットの役目ですよ。ちなみに、ジョットが淹れるより私が淹れたお茶の方が美味しいですから」


 ふふん、と勝ち誇った顔をジョットに向けるヨハンナ。ジョットは苦笑しただけで何も言わなかったが、実はジョットだってヨハンナに負けないぐらいお茶を淹れるのは上手い。だがここで負けておかないと、ヨハンナが延々と落ち込むので手を抜いているのだ。ヨハンナはジョットの掌の上で上手く転がされている事に全く気付いていない。


「え。……給湯室のお茶、私が飲んでもいいんですか?」


 そしてリャーナは、机と同じぐらいのカルチャーショックを受けていた。給湯室。カージン王国では他の同僚たちの為にお茶を淹れるのはリャーナの仕事だったが、リャーナが飲むことは許されていなかった。だって、リャーナが一番下っ端の文官以下略である。


「お茶ぐらい、私がいくらでも淹れますから。リャーナ様も沢山飲んでいいんですよ! お茶菓子もいっぱいありますからね」


 リャーナがぽつぽつと語るカージン王国での給湯室事情に、とうとうヨハンナは涙目になってリャーナに抱き着いた。マルクもジョットも、さすがに泣きはしないが、たいへん険しい顔でうんうんと頷いている。


 こうしてリャーナの初出仕、そして初めての同僚たちとの対面は、何の問題もなく終了したのであった。





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― 新着の感想 ―
魔術開発部のメンバーはみんなクセが強くて、影で魔術開発部のことを『リャーナと愉快な仲間たち』とか呼ばれてそうな気がする
何時でも、気軽に、遠慮なく、お茶が飲める。 ということで、魔法瓶作ってリャーナ(笑) 
カージン王国の王宮が、教授たちからダニの如く嫌われる訳だよなぁ。 こんなイジメ、人に対する仕打ちじゃないだろう
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