23 リーズ商会へ
復活しました。
家族でダウンしてましたが、ようやく回復しました。
温かい応援のお言葉ありがとうございます。
この日、リャーナは利益管理人フロスと共に、リーズ商会を訪れていた。
臨時学会後、フロスはリャーナに近づこうとする有象無象をばっさばっさと仕分けていった。相手が貴族だろうがやり手の商人だろうが全く遠慮がなく、その選定基準は偏に『リャーナの益になるかどうか』だった。そんな厳しいフロスの眼鏡に適った商会である。リャーナは期待半分、恐れ半分といった気持ちだった。
リーズ商会は、ドーン皇国でも1、2を争う大きな商会である。訪れた本店は、流石は大商会だといえるほど、豪奢な建物だった。さり気なく飾られている調度品は美しく洗練された物ばかりだし、店の中を漂う空気もなんだかいい匂いがする。綺麗なお姉さんが給仕してくれた薫り高い紅茶も、食べるのがもったいないような宝石みたいに綺麗なケーキも、手を付けていいのか悩んでしまう。
フロスが『いつも通りでいいですよ』と言うので、普段着でやって来たリャーナだったが、本当に自分のような者がここにいてもいいのかと、ソワソワしてしまった。
「初めまして、リャーナ様。リーズ商会の商会長を務めます、ユージンと申します。リャーナ様には、我がリーズ商会を選んでいただき、大変、光栄でございます!」
「は、初めまして、リャーナと申します」
恰幅の良い紳士に丁寧に挨拶されて、リャーナはますます落ち着かない気持ちになる。
父親と言ってもいいぐらいの年齢の、お金持ちそうな身形の良い紳士に丁寧に扱われる事なんて、リャーナにとっては生まれて初めての事だ。カージン王国に居る頃は、商会なんて近づくだけでゴミを見る様な目を向けられ、邪険に追い払われたものだ。リャーナにとっては、お金持ちの商人は、お貴族様の次ぐらいに近寄りがたい存在なのだ。
だがユージンはリャーナの苦手意識など気にした様子もなく、にこにこと人懐こい笑みを浮かべてリャーナに接してくれる。
「私、幸運にも臨時学会でのリャーナ様の発表をお聴きすることができまして。あの日以来、リャーナ様と共にお仕事が出来るのを願っておりました。大変嬉しゅうございます」
キラキラした目で喜びを語るユージンに、フロスはふっと笑みを溢す。色々な商会と面談したが、ユージンほど熱意をもってしつこく交渉してきた商会はいなかった。リャーナに会えてまるで子どものようにはしゃいでいるユージンだが、商人としては一癖も二癖もある食えない男だ。そんな男がリャーナの味方になるのだから、今後の仕事はとてもやり易いだろう。ユージンとの契約までの紆余曲折、艱難辛苦を思い出すとうんざりするが、この男相手にまあまあの結果を引き出せたことに満足していた。
そんなフロスの満足そうな様子に、リャーナはユージンへの警戒を解いた。厳しい所もあるが、フロスは何より一番にリャーナの安全を考えてくれているので、リャーナはフロスの事をダルカスたちと同じぐらい信用していた。
「早速ではございますが。付与魔術に関しては、皇家との調整があるとお聞きしております。ですので、収納魔術に関して、ギルドやフロス様とご相談しながら、順次体制を整えております」
付与魔術に関しては、元々、一介の商家で扱うのは難しいだろうとユージンも考えていた。皇国の軍事力にも影響がある魔術だ。下手に商家で独占しては、要らぬ横槍が入り、こちらの身が危なくなる。フロスからも付与魔術に関しては皇家との取引になるだろうと言われていた。そのため、リーズ商会は収納魔術をメインに扱う体制を整えていた。
「収納魔術ですが、魔術師を数人雇いまして、水袋への定着の工程を整え、販売準備をしております。それとは別に、魔術の使用権につきましては、フロス様とご相談を致しまして、使用料を設定し、我が商会で管理させていただきます」
収納魔術については、リーズ商会で収納魔術陣を施した水袋を売り出すのとは別に、収納魔術の使用権自体を売買することも出来る。使用権の売買はかなり高額な価格設定が行われており、売買自体もリーズ商会が認めた相手に限られるため、リーズ商会の不利益にならないようになっているらしい。
「水袋に関しては、様々な階層に合わせた仕上げを考えております。時間停止の効果を付与する、しないで価格を分けて、平民や商人のように手軽に手に入れたい者には安価な造りで、貴族や富裕層向けには豪奢な造りでといった具合にグレードを分けようかと」
お試しにと持ち込まれた収納魔術を付与する前の水袋は、色とりどり、様々なものがあった。平民向けの簡素な水袋も、カラーバリエーションがあって見ていて楽しい。貴族向けは綺麗な刺繍や宝石があしらわれていて、リャーナが持ち歩くのをためらう様な仕上げになっていた。
「ええっと。収納魔術は水袋だけじゃなく、別の物にも定着できますが……」
「ええ。存じております。しかし、やはりこの小さな水袋から荷物が出てくるのはインパクトがございましたので、まずは水袋での販売を考えております。魔術陣の大きさや、籠める魔力量で収納量も変わるとのことですので、いずれは大型の収納魔術も検討していければと」
リャーナはユージンの言葉に目を丸くする。そこまで分かっているという事は、リャーナの論文を読み込んでいるという事だ。魔術師でもない人が論文を読み込めるなんて凄いと、驚いてしまった。
リャーナの驚いた様子に、控えていたフロスがにんまりと笑う。
「リャーナ様。リーズ商会は私が選びに選んだ商会でございますよ。全てにおいて、一流でございます。商会長自ら論文を熟読するなど当然でございます」
「ははは。フロス殿の試験は恐ろしかったですよ。有能な商会である事は勿論の事、商品に対する熱意も大事だと色々と試されました。論文を理解するなんて、基本中の基本だと言われましたよ」
ユージンは、お抱えの魔術師たちと必死に論文を勉強したのだという。魔術師たちは十分有能だったが、リャーナの論文を読み解くのは大変だったと、ユージンが疲れた顔でぼやいていた。魔術師が読むにしても、大変マニアックな内容なのだ。それを理解しているリャーナは、素直に賞賛の視線をユージンに向ける。
「凄いです……! さすがは大商会の会長さんですね」
なんの含みもない素直な賞賛の言葉に、ユージンは照れて頬を掻いた。大商会の商会長ともなれば、周囲からのおべっかや媚を含んだ言葉には慣れている。だがリャーナは、素直に凄い凄いと褒めてくれているのが分かる。あの臨時学会の時に見せていたキラキラした目が、真っ直ぐにユージンに向けられていて、なんだかくすぐったいような気持になった。
「はぁぁ。魔術師ギルドの重鎮たちが溺愛するのが分かりますねぇ」
「続々と色々な方を骨抜きにしていますよ。そちらの対処にも追われております」
思わずぼやくユージンに、フロスが頷く。優秀な利益管理人は、自分もその内の一人だとは決して口にはしなかった。
「それじゃあ、まずは水袋での販売になるというわけですね。大きさは今後、徐々に増やしていく」
「はい、そう考えております」
「ううーん。それじゃあ、今はソート機能は考えない方がいいのかな? やっぱり、容量が増えると必要な機能なので徐々につけて行った方が……。でも今の水袋サイズにも付けられる機能だから、バリエーションの一つとして付けた方が……」
「失礼、リャーナ様。ソート機能とは何のことでしょうか」
ぶつぶつと呟きながら考えこむリャーナの言葉に、聞き捨てならない言葉を聞いて、ユージンは思わずリャーナの思考を遮った。
「あ。えっと、ダルカスさんと討伐に行った時に、討伐した獲物と討伐道具を入れておく水袋を別に持った方がいいねって、話していたんですけど。討伐した魔物が多くなると、水袋の中でごちゃごちゃして、取り出したいものをスッと取り出すことが出来なくて不便だなぁと思って。それなら収納魔術にソート機能を付ければ、解消できるかもって思って! 試してみたら、時間停止の付与とも相性が悪くなかったので、魔術師ギルドのお爺ちゃんたちと一緒に研究して、昨日、完成したんです!」
ぱあっとこちらまで嬉しくなるような可愛い笑みを浮かべて、リャーナは分厚い論文をどさりと机に取り出した。
「えっと、理論は時間停止と似ていて。ちょっとだけ、こことこことを別の公式に変えて。それで時間停止と相反しないようにこの術を付け足して……。そうすると、使用者の念じた通りに物を取り出せるようになって」
「ま、ま、ま、ま、待ってください! リャーナ様! そんな機能、私も聞いておりませんぞ!」
フロスが慌てて何食わぬ顔で受け取ろうとしたユージンの手から分厚い論文を取り上げる。リーズ商会とは時間停止機能付きの収納魔術までしか契約をしていない。契約前に情報流出などさせるわけにはいかないのだ。
「こ、これは魔術師ギルドの学会で発表は必要ないのですか?」
「元々、既存で同じような効果の魔術があるので、それほど重要じゃないというのが魔術師ギルドの判断でした。次の定例学会で論文は提出するように言われましたけど、発表前でも使用して構わないそうです」
「なるほど」
たしかに、フロスもその魔術については知っていた。リャーナの説明によると、既存のソート機能の魔術とは全く理論構成が違うので、これもリャーナのオリジナルの魔術として発表しても問題ないらしい。リャーナの魔術は収納魔術に合わせた仕様になっているので他にあまり汎用性がなく、既存の魔術の既得権益を侵害する恐れはない。
「元の魔術を開発した魔術師さんにも助言を頂いたんです。お友だちになれました! 」
元々あるソート魔術の開発者である魔術師は、マーサと同じ年頃の女性だったが、明るくさばさばした性格でリャーナと意気投合したらしい。食べる事が大好きなその魔術師は、会うたびにいつも違うお菓子をくれるのでとっても楽しみなんですと、リャーナはニコニコと報告してくれたのだが。違う、今はそんなほのぼのした話を聞いている場合ではない。
「ソート機能……。並べ替えということですか。たしかに、試作した水袋は、中身がぐちゃぐちゃになってしまったが。なるほど、中に入れた物を思い通りに取り出せるならば便利ですね」
ユージンが楽し気に呟くのに、フロスはきっちりと釘を刺した。
「ユージン会長。ソート機能については別途契約が必要となります。リーズ商会と契約すると決まったわけではありませんからね! 」
「ですがフロス様。ソート機能だけ別商会にと言うわけにもいかないでしょう。ここは一括で請け負うのが筋かと。契約金額もそのお見積りで」
「リャーナ様の場合、今後も後だしで色々と出てくる可能性が高い。その度にまとめて契約というのは現実的ではないでしょう」
まとめて契約をしたいユージンと個別で契約をしたいフロスが、笑顔でバチバチと睨みあう。
そんな2人を、ようやくリラックスしてケーキに手を付け始めたリャーナは、『仲が良いなぁ』とのほほんと眺めるのだった。




