表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/43

17 臨時学会開催決定!

 魔術師ギルドから正式に臨時学会の開催が発表されると、ドーン皇国は騒然となった。


 魔術師ギルドの学会自体は、3年に1度、定期的に開催されている。

 皇帝も臨席する学会は、勿論、誰もが申請すれば壇上に立てるわけではなく、魔術師ギルドの重鎮たちの厳しい審査を潜り抜けた論文でなければならない。この学会で論文を発表するのは、魔術師の栄誉とまでいわれており、論文が認められれば、魔術師として未来を約束されたようなものだ。


 そんな学会が、臨時で開かれるのだ。以前に臨時学会が開かれたのは今から72年前。水魔石についての論文が発表された時だった。この論文により、水魔石を利用した安定した飲み水の供給が確保できるようになった。定時の学会を待つ間も惜しいぐらいの有用性を認められ、特別に臨時学会が開かれたのだ。

 この時の臨時学会の論者はアロン・タープシー。彼の理論はドーン王国だけでなく、他国にも大きな影響を与え、水の供給に苦慮する砂漠地帯の国々には特に感謝された。アロンは水魔石の始祖と呼ばれ、没した後もその功績は讃えられている。アロンはタープシー子爵家の次男だったが、彼の功績によりタープシー子爵家は伯爵家に陞爵し、様々な水魔石の利益登録でタープシー伯爵家はドーン皇国でも有数の資産家となり、孫子どころか子々孫々の代まで安泰だと言われている。


「ってぐらい凄い事なんですよ、臨時学会って! そんな凄い臨時学会で私なんかの魔術陣を発表するなんて、無理ですぅぅぅ」


 歴史の教科書に載っているような有名人であるアロン・タープシー以来の臨時学会開催と聞いて、リャーナは気が遠くなりそうだった。数多の命を救った彼の偉人と比べられるなんて烏滸がましい。事の重大さにリャーナは泣きながら、臨時学会の開催は何としても断ろうとしたのだが。


「んふふふふー。流石は私の妹。リャーナちゃあん。お祝いに可愛いドレスをお姉ちゃんが買ってあげますからねぇぇ。ああぁぁ、装飾品も買わなきゃ! リャーナちゃんに似合う宝石も選ばなきゃ。はっ! いっそ、リャーナちゃんと私でお揃いの服と装飾品にするってどうよ? 妹とお買い物、しかもお揃い! ここに、天国があった! 」


 リャーナならなんでも全肯定で、一緒に買い物&お揃いを妄想して少々目が逝っている姉シャンティを初め、ダルカスやマーサ、魔術師ギルドの重鎮たち、その他もろもろが当たり前の様に臨時学会を開催する気でいるので、とても断れる雰囲気ではなかった。


「マーサさん、マーサさん。臨時学会なんてやっぱり大げさすぎるんじゃ。次の定時の学会を待ってもいいんじゃないかと思うんですぅぅ」


 リャーナは比較的冷静なマーサに泣きついたのだが、マーサはリャーナを優しく諭す。


「そうなんだけどねぇ、リャーナちゃん。この間、ウチのと討伐に行った時、狩って来た魔獣を例の水袋に入れて運んだろう? あれで冒険者ギルドが騒いでいてねぇ。これ以上発表を引き延ばすと、逆にリャーナの身辺が危なくなるって、魔術師ギルドも判断したんだよ」


「私の、身辺?」


「そう。どこの国にも欲張った奴はいるからねぇ。こんなにすごい魔術を、自分のものにしようと考える輩は多いのさ。まだ発表前の魔術なら、本当の作成者を()()()()()()()()()いいと考える阿呆も多くてね。そういうのを防ぐために、さっさと発表しちゃった方がいいのさ」


 マーサにそう言われても、リャーナにはあまりピンとこない。だって、収納魔術は、リャーナがカージン王国でソロ討伐をしていた時に、1人では討伐した魔獣を運べないから開発した魔術だ。リャーナにとってはちょっとした便利グッズなのに。危険を冒してまで欲しがる人なんているんだろうか。


 腑に落ちない顔をしているリャーナに、マーサは内心、溜息を吐いた。リャーナの自己肯定感の低さは折り紙付きだ。根底に浸み込んだ劣等感というものは、簡単に払拭するのは難しい。なまじ天才なだけに、簡単に出来上がった魔術陣にそれほどの価値があるだなんて、夢にも思わないのだ。

 ここでリャーナに『お前は凄いんだ』とストレートに伝えても、実感は湧かないのだろう。なのでマーサは言い方を変えてみることにした。


「考えてもごらん、リャーナちゃん。収納魔術があれば、流通に大革命が起きるよ。荷を運ぶのに沢山の馬車がいらなくなる。それに冒険者だって喉から手が出るほど欲しい筈さ。これまで、魔獣を沢山斃したとしても、持ちきれなくて泣く泣くその場に置いて帰ったなんてこと、誰もが経験しているからね」


 マーサの言葉に、リャーナは思い当たることがあった。確かに、収納魔術が使えれば、物の持ち運びが便利だ。山で採取した食料も沢山持ち帰ることが出来たので、随分と食費が助かったのだ。

 うんうんと納得するリャーナに、マーサはここぞとばかりに畳み込む。


「それにシャンティの様な薬師だって嬉しい筈だよ。深い森の中にしか生えていないような希少な薬草も、時間停止機能がついた収納袋があれば新鮮な状態で採取できるからね。薬草を多く手に入れられれば、多くの薬が作られて、沢山の人の命が助かるようになるよ」


「シャンティお姉ちゃんが……。確かに、時間停止機能付きの収納袋で、薬草の保存が便利になったって喜んでた。そっか、お姉ちゃんの役に立てたんだ」


 リャーナの頬が嬉し気に緩む。嬉々として山のような薬草を収納袋に詰め込み、大騒ぎしてリャーナを褒め讃えていたシャンティの姿を思い出したのだ。


 先ほどよりも嬉しそうなリャーナに、マーサは苦笑する。シャンティの狂気じみたシスコンに隠れがちだが、リャーナのシスコンもなかなかのものだ。ほんの数か月前までお互いに知り合いでもなんでもなかったというのに、親も驚くほどの相思相愛っぷりだ。シャンティのいうように、2人は魂が結びついた姉妹なのかもしれない。なんだろうか、魂の結びついた姉妹っていうのは。


 色々と思うところはあるが、皆の役に立っていることに嬉し気なリャーナに、マーサは安堵する。こうやって少しずつでもリャーナの自尊心を回復してやりたいと、マーサは思っているのだ。


 という経緯で72年ぶりの臨時学会の開催は満場一致で決定したのだが。それでもまだまだ、問題は残っていた。


「やっぱり、付与魔術も一緒に発表すべきかのう」


 魔術師ギルド長であり火魔法のボルグ師が眉間の皺を深くして溜息を吐いた。

 

「そりゃあ、発表しないわけにはいかんじゃろう」


 水魔法のケレン師が机の上の書類に困った様に視線を向ける。そこには、リャーナが書いた付与魔術の論文があった。

 

「収納魔術だけじゃダメかのー。付与魔術は次の定例学会でもいいんじゃないか?」


 風魔法のビエック師が往生際悪く粘るのに、ボルグ師もケレン師も内心は激しく頷いていた。3人としては付与魔術は後回しにしたいのだが、そうもいかない事情があるのだ。


 別に、リャーナの作成した論文に問題があるわけではない。リャーナらしく大胆な発想ながら丁寧に検証を重ねた非の打ち所がない論文だ。3人の老師達も隅々まで読んで大絶賛したし、臨時学会で発表するに相応しい、素晴らしい論文だと認めている。認めてはいるのだが。


「大体、ダルカスが悪いんじゃぞ。付与魔術をこれ見よがしに使いおって。お陰で冒険者ギルドから、いつ付与魔術は解禁されるのかと矢の催促じゃ。次の定例学会まで発表を伸ばしたら暴動が起きかねん」


 リャーナに付与魔術を習ったダルカスが所かまわず魔力付与をした剣を使いまくるので、他の冒険者たちからも問い合わせが殺到しているのだ。S級冒険者であるダルカスの人気も相まって、付与魔術は冒険者ギルドでかなり注目されている。


「一応、報告書は皇太子殿下に提出したぞい。あんの坊主、報告書を読んだ途端、公務をほっぽり出してリャーナに会いに行こうとして、護衛騎士にぶん殴られておったわ。相も変わらず魔術バカよ」


 風魔法のビエック師が呆れ交じりにそう言うと、ボルグ師とケレン師はヒヒヒと気の抜けた笑い声を上げた。


「んまー、確かに、付与魔術は素晴らしい。さすがリャーナちゃんじゃ。だがなぁ、折角リャーナちゃんとワシらで()()()開発した収納魔術改良版の功績が霞むじゃないか」


 ボルグ師が一緒にという部分にやけに力をこめてそう言うと、ケレン師とビエック師がうんうんと深く同意する。


「リャーナちゃん、論文にワシらと一緒に名前が載る事を喜んでくれてたのぉ。ちっちゃい声で『お爺ちゃんたちと一緒!』って喜んでおったんだぞ! 可愛いのう」


「そうじゃそうじゃ。製本した論文をぎゅーっと抱きしめて喜んでたんじゃぞ。可愛いのぅ」


 ケレン師とビエック師の言葉に、ボルグ師はその光景を思い出しほっこりした。3人の老師にはしゃいだ姿を見られ、リャーナが真っ赤になっていたのも可愛かった。もう、リャーナ(孫娘)なら何でも可愛いのだ。


 老師達はそんな可愛いリャーナと、収納魔術の発表で思う存分喜びを分かちあってキャッキャッしたいのだ。付与魔術まで発表したら、リャーナの周辺が余計に忙しくなって、満足にキャッキャッと出来ないではないか。


「やっぱり、付与魔術は次の機会でええじゃろ。慌てる必要もない」


「「そうじゃそうじゃ」」


 という自分本位な魔術師ギルドの重鎮たちの決定は、付与魔術の発表と使用許可を熱く望む冒険者ギルドの賛同を得られるはずも無く。喧々諤々の意見交換の末、当然の如く収納魔術の発表と一緒に行われることになった。

 重鎮たちは拗ね、魔術師ギルドの学会準備スタッフは2倍の忙しさに涙したのだが。誰よりも一番驚いたのは、臨時学会で発表論文が2つに増えたリャーナだった。


「ろ、論文2つ? む、無理ですぅ、マーサさぁん!」


 ようやく臨時学会も前向きに受け入れられるようになったのに、再び怖気づいて泣きついてきたリャーナを、マーサは溜息をついて宥めるのだった。


 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ショーン、生きていられるのか?
収納袋は『自分だけしか使えない設定』とかあるのかな。 リャーナの収納袋が盗まれないか心配。 マルク皇太子。魔術が好きなだけに分かり合える人が欲しいんでしょうねーw 接近禁止(?)のようだし、ここは『文…
「ちっちゃい声で『お爺ちゃんたちと一緒!』」ぐはぁ、かわいすぎる!!! 今回のヒロイン、毎回鼻血出そうなんですが(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ