魔王さんと魔法講座
「では、第一回、魔王による魔法講座を始めるの」
先日の一件から、魔法に興味を持ったナージャが魔王に頼み、魔法を教えてもらう事となった。
魔法使いであるマルカも、後学の為にと同席している。
「まずは、魔力の簡単な話からするかの。この世界では、どんな場所や物にでも、差異はあれど魔力が存在しておるの。自然界に存在する小さな魔力の粒子を『マナ』と言い、生物の内に存在する魔力を『オド』と言う」
「……」
「魔法というのは、体内のオドを使用し、詠唱や魔方陣など術式を経由して、外界のマナに干渉、事象を具現化させる行為であり……」
「先生! 勇者様がお眠りになっています!」
「話を聞かんか!」
魔王は持っていた棒で、ペシッとナージャの頭を叩く。
慌てて顔を上げるナージャ。
「お、起きてましたよ!」
「では、余の言った魔法の説明をしてみよ」
「オドがマナで魔方陣がどうのこうの?」
「何一つ分かっていないではないか!」
「あは、あははは……」
隣では、マルカが乾いた笑いをしている。
困った顔で、ナージャが聞く。
「何か、こう簡単に覚える方法ないの?」
「お主、魔法を舐めておるの……」
ジトリとした目で、ナージャを見つめる魔王。
「さっきも言ったように、自分の中の魔力で、外界に干渉するのじゃぞ? 魔力の操作が出来なければ、最悪暴走した魔力で自爆しかねんのだ」
「マルカって凄い事してるのねえ」
「エヘヘ、そんな事ないですよ」
感心したように見つめるナージャの視線を受けながら、照れて頬を掻くマルカ。
二人のやり取りを見て嘆息する魔王。
「勇者には、理屈より、実践の方が早そうだの……」
ソファーの横にある箱から、水晶玉を取り出し、テーブルの上に置く。
「これは、魔力を通すと光る水晶玉での。まずは、これで練習してみようかの」
魔王はマルカの前に水晶玉を差し出す。
「まずは、お手本を見せてやるが良いの」
「えっと、はい」
マルカは、水晶玉を挟むように両手を置くと、息を整え目を瞑る。
すると、水晶玉の中心が白く輝き始める。
「うむ。なかなか上手だの。将来有望だの」
「おー、凄いわねー」
マルカがゆっくり目を開けると、水晶玉の光が消える。
「こんな感じでしょうか?」
照れながら頭を掻くマルカ。
隣では凄い凄いと言いながら、ナージャが拍手している。
魔王は満足そうに頷いている。
「では次は勇者がやってみるのだ」
魔王に促されてマルカは水晶玉を、隣に座っているナージャに渡す。
ナージャはマルカの真似をして、水晶玉を挟むように両手を置き、目を瞑る。
「まずは、自分の中の魔力の流れを感じることだの」
魔王がアドバイスをする。
「頭のてっぺんから、爪先に至るまで、駆け巡っている力を感じ取るのだ」
言われた通りに、神経を集中させ、自分の中の感覚を研ぎ澄ましていく。
「そして、両手の間にゆっくりと力を流すイメージをするのだ」
自分の中に巡っている魔力を、集中させ……
「ハァッ!!」
ナージャの気合を入れた掛け声と共に、水晶玉にひびが入りパッカリと二つに割れた。
「何をイメージしたのだ!?」
「え、これ、割れるもんなんですか!?」
驚愕の声を上げる二人。
「いや、それほどでも……」
「褒めておらんからの!」
何故か照れているナージャに魔王が突っ込んだ。
マルカはポカンと口を開けたままの状態になっている。
「の、のうマルカよ。これ以上、勇者を魔法に関わらせると嫌な予感しかしないのだがの……」
「わ、私の理解の範疇を超えてます……」
怯える二人を尻目に、ナージャは不思議そうな顔で割れた水晶玉を手に取って眺めている。
やがて気が付いたように、魔王の方を見て謝った。
「ごめんなさい。割っちゃったわ」
「そ、それは良いんじゃがの……」
「これ、どこで売ってるの?」
「魔法道具を扱う店にの……」
「買ってくるわね!」
聞くが早いか、席を立ち、意気揚々と酒場を出ていくナージャ。
残された二人は、不安そうな顔で見つめ合うのだった。
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「トリャァァァ!」
バキリと音を立てて、割れる水晶玉。
あの後、水晶玉を木箱ごと買ってきたナージャは、目下、水晶玉を産廃に変える行為に夢中である。
「なあ、魔法の修行ってあんなのなのか?」
「詳しくは知らんが、魔王さん直伝というからにはそうなのだろう」
「違うから! あんな事にならないから!」
スミスとダリルがやって来て、食事をしながら勇者の奇行を眺めている。
隣では、マルカが必死で二人に説明している。
魔王は怯えながらソファーにしがみ付き、ナージャの向かいに座っている。
「その、叫び声はいらんと思うんだがの……?」
「そうなの? でもこういうのって気合が大事じゃない?」
割れた水晶玉を片付け、新しい水晶玉を取り出すナージャ。
そこへ、スミスとダリルが歩み寄ってきた。
「俺たちにもやらせて下さいよー」
「魔法の習得はしたことがないから興味深いな」
「良いわよ。結構難しいんだからコレ」
ナージャはスミスに席を譲る。
目の前の爆弾が消えたので安心したのか魔王が座り直す。
「やり方は聞いたのかの?」
「さっき、マルカに説明して貰いましたんで。マナドナがどうのこうの言ってましたね」
「勇者と同レベルだの……」
魔王のジト目を余所に、スミスは準備に入る。
「精神集中が大事なんですっけ?」
スミスが目を瞑り、息を整えると、水晶玉が微かに光り出した。
「ふむ。魔力操作は悪くないのだが、いかんせん魔力不足だの」
目を開けて嘆息するスミス。
「まあ、分かっちゃいたけど残念ですね。ちょっとは期待してたんだけどなあ」
「魔力量を上げる修行もあるからの。諦めずとも良いの」
「剣の腕も未熟ですしね。そっちで頑張りますよ」
頭を掻きなが立ち上がり、ダリルに席を譲る。
「では、試してみるとします」
ダリルが目を瞑り、息を整えると、水晶玉が輝きだした。
「おお! これなら十分魔法が使えそうだの!」
魔王の言葉に驚くダリル。
「私も、魔法は無理かと諦めていた口なのですが……」
「マルカほどではないが、簡単な魔法なら使いこなせるであろう。アーチャーだし、後衛の戦力が底上げされるの」
「そいつはありがたいですね」
「マルカも負けてられないぞ?」
「もちろん頑張ります!」
和やかな会話を妬ましく見つめる存在が居た。
ナージャである。
「ちょっと納得いかないわ! 何で私だけ割れるのよ!」
「余が聞きたいくらいだの! お主の中身はどうなっておるのかの!?」
「店主さん! 店主さんも試してみてくださいよ!」
「へい。何だか面白そうなんでやってみやすか」
カウンターの掃除をしていた店主はとことことやって来た。
「店主まで巻き込むとは酷いの」
魔王が嘆息する。
ムッとして魔王を睨むナージャ。
「これを、両手で挟んで精神集中するんですね?」
「そうだの」
言われた通りに、水晶玉を両手で挟み、目を瞑る店主。
すると、水晶玉の中心部から大きな輝きが放たれ始める。
「え? 何でこんなに魔力があるんだの?」
「スゲーな店主さん!」
「あれ? 私魔法使いなのに負けてる?」
「これが酒場の店主の実力か……!?」
目を開いて、水晶玉を見つめる店主は軽く溜息を吐く。
「酒場の店主には必要ない能力ですねえ。では失礼しやす」
颯爽とカウンターに戻って行く店主。
残されたのは呆然とそれを見送る一同と、床に這いつくばって悔しがるナージャ。
結局ナージャは一日かけて、水晶玉を全て産廃に変えた後、宿に帰って行った。
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「魔法、教えなさいよ」
ズイっと顔を寄せてくるナージャ。
視線を逸らして、顔を引く魔王。
「いくら魔王だと言ってもの? 何が起こるか分からないものに手出しはできんからの?」
「大丈夫よ。私こう見えて頑丈な方だから!」
「お主が無事でも、周りに迷惑がかかるんだの!」
「こうなったら意地でも覚えないと気が済まないのよ!」
グルルと唸って睨みあう二人。
そこへマルカが助け舟を出してくれた。
「明かりをつける魔法とか……無害な物ならどうでしょうか?」
その言葉に、魔王はふむと考え込む。
「まあ、それなら、暴発しても眩しいくらいだしの……」
「ダリルも魔法を覚えたがってるので、一緒に行きましょうよ」
「ナイス提案よマルカ! そうしましょう!」
気合十分なナージャを見て、やはり不安になってしまう二人だった。
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一同は、町を離れて、適当な荒野まで移動した。
「大分遠くまで来たけど良いの?」
ナージャの言葉に、魔王とマルカが愛想笑いを返す。
「ダリルが、攻撃系の魔法を覚えたいという事だしの?」
「そ、そうです! 万が一に備えてです!」
その万が一は、その言葉に納得したのか辺りを見回している。
魔王とマルカは、それぞれ魔方陣を描き始めた。
「それは何の魔方陣ですか?」
「契約用だの。この魔方陣に乗って、契約を行うことで魔法を習得できるんだの」
「おお、魔法っぽくなってきたな!」
何故か関係ないのにスミスのテンションが上がっている。
そこへ、マルカの補足が続く。
「本来魔法とは詠唱と術式の形成によって発動されるのですが、この契約用の魔方陣により、術式が簡易的に魂に刻み込まれて、詠唱のみで発動されるようになるわけです」
「へえ、なんだか難しそうね」
「なるほど。分からん」
「おバカさん二人は放っておくのだ……っとこっちは準備完了だの」
「こちらも終わりました」
二人が魔方陣を書き終えて、立ち上がる。
「まずはダリルがマルカの描いた魔方陣の上に乗るのだ」
魔王の言葉に従って、ダリルが魔方陣の上に乗る。
「これより契約を始める」
魔王が、魔方陣の外から契約用の詠唱を始めると、ダリルの足元の魔方陣が光りはじめる。
光の柱がダリルを包み込んでいき、魔方陣が掻き消える。
「完了だの」
「随分とあっさりしたものですね」
自分の身体を見回すダリル。
「外見に変化はないがの。これで『ファイアーボルト』が使えるようになったはずだの」
「そうですか」
楽しそうに手を見つめるダリル。
試してみたくてしょうがないのだろう。
「次、おバカさん一号! ここに来るのだ!」
「貴女、口が悪くなってるんじゃない?」
「どこかの勇者の影響だの」
ぶつぶつと文句を言いながら魔方陣の上に乗るナージャ。
それを優しい目で見つめる魔王。
「今まで色々とあったがありがとうの」
「え? ちょっと何言いだしてるの?」
「魔王さーん! 退避完了でーす!」
物凄く遠くに離れたマルカの叫び声が聞こえる。
「ちょっと、なんでそんな遠くにいるのよ!?」
「被害者は少ない方が良いからの……」
寂しそうに俯く魔王。
「説明しなさいよ! ねえ!」
喚くナージャを無視して、契約用の詠唱を始める魔王。
魔方陣が輝き始め、ナージャの目の前が真っ白な光に包まれる。
思わず身を竦めて、目を閉じる。
しばらくの間、そのままだったが、何も起きないようなので恐る恐る目を開くと、目の前で背を向けて頭を抱えて丸まっている魔王が居た。
「何してんの?」
その言葉に、慌てて立ち上がり返事をする魔王。
「お、おお。無事だったかの! 余は信じておったの!」
先ほどの暴言の分も含めてゲンコツで返事をするナージャだった。
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「では、あの岩に向かって、ファイアーボルトを撃ってみるのだ」
頭を擦りながら、ダリルに指示する魔王。
「あの岩ですね」
ダリルは片手を突き出し、精神集中を始める。
「火矢を飛ばすイメージが近いかの」
言われた通りイメージを行い、魔力を集中して詠唱する。
「ファイアーボルト!」
ダリルの手から放たれた炎の線は、岩にぶつかって爆発する。
「おおー!」
歓声が上がり、スミスとマルカが駆け寄ってくる。
「やるじゃんダリル!」
「私も負けていられませんね!」
「まだまだ実戦には使えそうにないがな」
仲間たちに称えられ、照れくさそうに応じるダリル。
魔王はそれを満足そうに眺める
「そうだの。あとは練習あるのみだの……では、町に戻ると」
そのままの流れで町の方へ足を向ける魔王だったが、ナージャに襟をつかまれる。
「まだ終わってないでしょうが!」
「このまま綺麗に終わらんかの?」
「次は私の番よ!」
「分かった! 分かったのだ! ちょっと待つのだ!」
ナージャに手を放させ、魔法の説明を始める。
「ダリルと同じように、あの岩に向かって手をかざし、『ライティング』と詠唱するのだ」
「ふむふむ。それで?」
「成功すれば、手の平の前に小さな光が発生するはずなのだ」
「なるほど。分かったわ」
早速、構えを取ろうとするナージャを魔王は慌てて止める。
「待つのだ! まだなのだ! 余が準備できたと言ったら始めるのだ!」
「分かったわよ」
魔王はいそいそとダリル達と合流してナージャから離れていく。
「ちょっと! どこまで行くのよ!」
「まだなのだー!」
やがて、豆粒ほどに遠く離れた魔王から声が上がる。
「準備できたのだー!」
「アイツ、後で覚えてなさいよ……」
ナージャは片手を突き出し、精神集中を始める。
イメージは小さな光。
自分の手に魔力が集まったのを感じ、魔法を解き放つ。
「ライティング!」
ナージャの手の平から、巨大な熱量を持った光線が解き放たれ、大地を削り、岩を貫いた。
「あら? やればできるじゃない」
「できてないのだー!!」
魔王達が慌てて駆け寄ってくる。
「お、お主何をしたのだ!?」
「ライティングの魔法を使っただけよ?」
「あんなのライティングじゃないです!」
「すげえ。岩に穴が開いてる」
「地面まで抉れているな」
皆の反応が不満なのか、もう一度魔法を撃つ準備をするナージャ。
「次はちゃんとやるわよ!」
「ちょ、待つのだ!」
「逃げる時間がありません!」
「やばいぞこれ!」
「とりあえず屈め!」
「ライティング!」
四人の悲鳴が響く中、ナージャの手の平から巨大な電流がほとばしり、大地を焦がす。
「あら? さっきのと違うわね?」
不思議そうに自分の手の平を眺めるナージャ。
「バカなのだ! やっぱりバカなのだ!」
「なんですかこれ!? 勇者様何やってんですか!?」
「やべえ。俺、今日死ぬかも」
「魔法のビックリ箱だな」
四人の怒声を聞き、むっとした顔で、ナージャが返答する
「ちゃんと出来るようになるまで練習するわよ!」
「止めるのだ! 世界が滅ぶのだ!」
「止めてくださいお願いします!」
「練習が終わるのと、俺たちが死ぬのどっちが先だと思ってんですか!」
「勇者様! 本気出すところが違います!」
結局、満場一致で魔法の使用禁止令を出され、以降、勇者が魔法を撃つことはなくなったのだった。




