魔王さんのお散歩
「お金がないですね……」
宿屋のベッドに腰掛けたナージャは一人そう呟いた。
目的としていた魔王があっさりと見つかったのは良い。
その魔王が人を害する存在ではないと分かったのも良い。
ただ、勇者として、魔王を監視し続ける必要はあるのだ。
今は大人しくしているが、いつ気が変わって人々に牙をむけるか分からない。
終わりの見えない監視任務。
そうなると、先立つ物が必要になってくる。
ここまでは、道中倒した魔物の賞金で生活できていたが、いつまで続くとも分からない状況で、手元に残っているお金だけでは厳しかった。
魔王討伐を名目に、この地の領主に援助を求めることも可能だったが、魔王と同じ穀潰しになるのは、ご免である。
「しょうがない! 働きますか!」
気合を入れて立ち上がると冒険者ギルドへと足を向けるのだった。
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「おお、勇者よ! 奇遇じゃの!」
冒険者ギルドの扉を開けると、掲示板の前に立っていた魔王が能天気に手を振って挨拶してきた。
ナージャもさすがに、ちょっと腹が立ったので、つかつかと掲示板の前へ歩み寄り、片手で魔王の頬をつねり上げながら笑顔で答える。
「な・ん・で! こ・こ・に・い・る・ん・で・す・か!」
「いひゃい! いひゃい!」
「ここは貴女にとって敵の本拠地でしょうが!」
「ひょなほろいっはっへほ!」
このままでは話にならないと判断したナージャは手を放して再度問いかける。
「なんでまたこんなところに?」
つねられた頬を撫でながら、魔王が答える。
「子ども達の遊んでいる場所に、魔物が発生していたら危ないからの。 情報収集という奴じゃの」
エヘンと胸を張る魔王。
また、子ども達のためか……。
ナージャは嘆息して、魔王に微笑みを向ける。
「そうですか」
「ところで、お主は何のためにここに?」
「ちょっと生活費でも稼ごうかと……」
魔王の問いかけに答えながら、掲示板の討伐依頼を眺めるナージャ。
その答えを聞いて、しばし愕然とした魔王は、しょんぼりと俯きながらナージャに言った。
「勇者も大変じゃの……」
今度は両手で魔王の頬をつねり上げるナージャ。
「だ・れ・の・せ・い・だ・と・お・も・っ・て・る・ん・で・す・か!」
「ひょうひょふひゃんひゃひ! ひょうひょふひゃんひゃひ!」
「ああ、良い感じに伸びますね! さすが魔王です!」
「ひゃひゃひへ! ひゃひゃひへふははひ!」
最早、どちらが魔王でどちらが勇者か分からない状態の所へ、ギルド職員が割って入った。
「ええっと、勇者様? そこら辺でご勘弁をお願いします」
その言葉で我に返ったナージャは、魔王の頬から手を放し、職員に頭を下げる。
「すみません! つい我を忘れてしまって!」
「いえいえ、魔王さんが無事なら大丈夫です」
騒ぎの事より、魔王の心配をするのはどうかと思うナージャであったが、解放された魔王を見てニコニコと笑顔でいる職員には何も言えなかった。
魔王は職員の影に隠れるように逃げて、両頬をさすっている。
「勇者様は魔物の討伐依頼を受けにいらっしゃったのですよね?」
「そうです」
「丁度良い依頼がありますよ」
掲示板の依頼書を指差しながら職員が答える。
依頼書には、『魔狼の討伐』と書かれていた。
魔物に属する狼たちが群れを成して、この近隣を荒らし回っているようだった。
一匹当たりの報酬金額は少ないが、魔狼は群れで行動しているのだから問題ない。
ナージャは依頼書を眺めていて、ある事に気付いた。
「その、依頼自体は問題ないのですが……」
「群れの規模などの詳細ですか?」
「いえ、これは何ですか?」
ナージャは依頼書の一番下に書かれている部分を指差した。
そこには『魔王さんからのアドバイス』という名目で次のようなことが書かれていた。
『魔狼は、基本的に5匹以上で群れて行動するから、単独での討伐はお勧めできん。少なくとも3~4人のパーティーを2組ほど用意してから潜伏する地域に罠を張り、待ち伏せするのが有効じゃの!』
などと魔物に対する攻略方法から、生態に関する情報、有効な薬草の調合法、罠の解説まで書いてある。
「魔王さんのアドバイスは的確で助かると評判なんですよ!」
「冒険者が魔王のアドバイスを喜んでいると?」
「この道では右に出る人は他にいませんからね!」
冒険者ギルドに足蹴く通い、あまつさえ冒険者にアドバイスまでする魔王―
ナージャは、無言で魔王に近づくと両頬をつねり上げる。
「ひゃんへ!? ひゃんひぇ!? ひょうひょふふうひゃ!!」
「ええい! うるさい黙りなさい! このまま頬をちぎり落としてあげますよ!」
「ひゃふへへ! ひゃへはひゃひゅへへ!」
「ああ!? 勇者様がご乱心を!! ご乱心を!!」
この騒ぎは、集まってきたギルド職員と冒険者たちによって、ようやく止められたのだった。
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「勇者が暴力を振るうのは、よくないと思うんだがの……」
ギルドを出た二人はてくてくと町の通りを歩いていた。
魔王はまだ頬が痛いようで、両手で顔をさすっている。
「勇者が魔王を攻撃するのは当然です」
取ってつけた理由を述べるナージャだったが、さすがにちょっとやり過ぎたかもしれないと反省はしていた。
とりあえず話題を変えようと試みる。
「ところで、貴女も外に出ることがあるんですね」
「天気のいい日は、偶に外に出ることもあるのう」
「年中、あそこに引きこもっているのかとばかり思ってました」
「余をなんじゃと思っておるのだ」
「妖怪食っちゃ寝大魔王」
「ぐぬぬ……。おお! そうじゃ!」
何か閃いたらしくポンと手を叩く魔王。
「余が、ちゃんとお金を稼いでいるところを見せてやろう!」
「へ? 貴女が?」
「フハハハハ! 余とて勇者に見くびられたままではおれんからのう! 付いてまいれ!」
そう言って、意気揚々と先に進んでいく魔王。
働く……? この魔王が……?
いまいちピンと来ないナージャだったが、とりあえず付いていく事にした。
到着したのは、町の一角にあるとある店。
「ここじゃ!」
「床屋ですね」
「床屋じゃよ?」
魔王はそう答えると、店の中に入っていく。
この魔王、実は散髪の技術でもあるのだろうか?
首をかしげながらナージャも店の中に入った。
「バートンはおるかのー?」
「はい! いらっしゃいませ魔王さん!」
「いつもの感じで頼むの」
魔王は床屋の店主に声を掛けると、てくてくと椅子に座った。
店主も心得たもので、魔王に刈布をかけて、ハサミを用意する。
ナージャは、それを後ろから眺めていた。
「また、大分伸びてますね」
「うむ。 ちょっと前に切ったばかりなのにすまんの」
「いえいえ、こちらも助かりますんで」
店主はそう答えると、腰まで伸びていた魔王の髪の毛を肩くらいの長さまで切っていく。
それを待つこと十数分―
「終わりましたよー」
「うむ! サッパリしたの!」
「では、少しお待ち下さい」
そう言って、バートンは店の奥に行くと、お金の入った袋を持ってきた。
「はい、今回の分です」
「ありがとうの!」
袋を受け取った魔王は、ナージャに向かってドヤ顔を向ける。
「どうじゃ! ちゃんと稼いでおるじゃろ!」
「ごめんなさい。意味が分からないわ」
素直に感想を述べるナージャを不思議そうな目で見つめる魔王。
「床屋に行って髪を切るとお金が貰えるんじゃよ?」
「いえ、普通はお金を払って髪を切ってもらうと思うんですけど」
「ああ、それはですね。ウチで魔王さんの髪の毛を買い取っているんですよ」
バートンが答えた。
「魔王さんの髪の毛ってとても綺麗なんで、カツラにすると貴族の方なんかが買っていくんですよ」
「ああ、なるほどね」
「そうじゃったのかー」
なぜか自分と一緒に感心している魔王を見て、頭を抱えるナージャ。
「知らなかったんですか?」
「知らんかったのう」
その様子を見て、バートンは苦笑していた。
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「つまり貴女は羊と同じなわけね」
「なんか、その例えは釈然とせんの……」
時刻は、すっかり夕方に差し掛かろうとしていた。
二人は、酒場へと向かっている。
「そのお金で、食事を食べているわけですね?」
「いや、食事と酒は店主が朝昼晩用意してくれておるぞ」
「やっぱり、妖怪食っちゃ寝大魔王じゃない!」
「ええー……」
「この前、奢りって言ってたのは? あれも酒場にツケてるんじゃないでしょうね?」
怒られると思ったのか、あわあわと魔王が答える。
「ああいう時は、ちゃんと、余のお金から出しておるのじゃ!」
「なら良いですけど……」
ほっと胸を撫で下ろす魔王。
「ところで、魔狼の討伐依頼は受けるのかの?」
「ええ、そうしようと思ってます」
「ちゃんと、薬草を持ってだの。あとは、一人では厳しいじゃろうから、ギルドで仲間を集めるのを忘れてはいかんぞ」
などと注意点を言ってくる魔王。
その話はまだまだ終わりそうにない。
子どもが好きなだけではないらしい。
町を歩いているだけでも、色々な人に声を掛けられ、律儀に対応をしていた。
この魔王はようするに―
「聞いておるかの? ここの所をちゃんと押さえておかないとじゃな」
「はいはい。聞いておりますよ。お節介な魔王さん」
苦笑しながらナージャは答えるのだった。




