最後の物語
魔王が姿を消してから一週間。
マルカは、シルヴィアに町から逃げるようにと告げられていた。
「魔王さんは死ぬ気なんですね……」
「ええ、本気よ」
マルカは溜息を吐く。
恐らく、魔王軍と魔物の力を結集して、町に惨劇を起こし、ナージャに滅ぼされるつもりなのだろう。
ナージャの力を使えば、魔王と言う存在そのものを消すことができるかもしれない。
「でも、それじゃあシルヴィア達も一緒に……」
「仕方がないわね。魔王様からの命令だもの」
魔族にとって、魔王の命令は絶対である。
いくらマルカが友人として何かを言ったところで……。
「シルヴィア! ドワーフの方々は連れてこれますか!?」
「気は進まないけど、ドラゴン退治の件もあるし、手は貸してくれるかもしれないわね」
「では、ドワーフの方々も連れて来てください!」
「マルカ、何を考えているの?」
「魔王軍の方々にも、ドワーフの方々にも仲間になって貰います!」
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玉座の前で跪いたスミスは、自分の父であり、アラドグラン国王に言った。
「まもなく、魔物たちが町を襲います。そのために騎士団の力をお借りしたい」
その真剣な眼差しには有無を言わせぬ迫力があった。
「例え断っても、一人でも行く気であろう?」
「当然です」
迷いなく答えるスミスに、国王は嘆息した。
「ならば、我が国の騎士団だけでは足りまい。近隣諸国にも助成を要請しておく」
「ありがとうございます! 父上!」
立ち上がり、頭を下げるスミス。
「スミスよ。逞しくなったな」
「あら、お兄様は昔から誰かを守る時には強くなれるんですよ」
そう言って、横にいるスピカはコロコロと笑った。
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「ユーリ! 力を貸してくれ!」
「分かった!」
疑いもせずに返事をするユーリを見て、ダリルは困惑した。
「もうちょっとこう悩んだりするものかと……」
「困ったことがあれば、いつでも言えと言ったのは俺だ」
そう言って笑うユーリに頭を下げるダリル。
「すまないな」
「しかし、この村の者だけでは足りないな。私から、他の村への使者を出そう」
「それは助かる!」
二人はガッシリと手を握り合った。
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「聖騎士団として、本懐を全うすべき時ですわ」
アリスは、聖騎士団の団長に向けて、そう告げた。
「確かにな……しかし、アリス様もお強くなられましたな」
「ええ。勇者様と魔王さんのおかげで」
ニッコリと笑うアリスに苦笑いする団長。
「魔王まで助けようとする勇者ですか……」
「だからこそ、戦い甲斐があるとお思いますわ」
「宜しい、聖騎士団を派遣しよう。ただし、指揮はアリス様に取って頂きたい」
「お任せください」
そう言ってアリスは頭を下げると、部屋を出る。
そこに待っていたのは、二人の獣人だった。
「クリスさん、アネモネさん! お久しぶりですわ!」
二人は顔を見合わせると、意を決してアリスに告げる。
「我々にもお手伝いさせて下さいわん!」
「お願いしますにゃん!」
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真夜中に、魔王軍とドワーフ達を乗せた船が着岸した。
ぞろぞろと降りてくる魔族とドワーフ達。
「余り気が進まねえがな」
ドワーフのぼやきに、シルヴィアが笑う。
「あら? きっと大丈夫よ?」
何の事かと悩んでいると、ローブを身に纏った少女が馬に乗って近づいてくるのが見えた。
皆が一斉に身構える。
それを手で制するシルヴィア。
「あの者は、魔王様の使いである! 手出しはするな!」
その言葉を聞いて、皆が武器を下す。
少女、マルカは、シルヴィアの前に馬を止めて降り立った。
「私は、魔王代理です! 魔王様の命により、これから魔王軍の方々とドワーフの方々には、人間たちと一緒に魔物の討伐に参加して貰います!」
場が一斉にざわつき始めた。
マルカは、首から下げていた板を掲げる。
「これが証拠です!」
それは、以前に魔王がマルカに渡していた『魔王代理』と書かれた木の板だった。
「これは間違いなく魔王様の筆跡である! であれば、これは魔王様の命令だ! 魔王軍とドワーフ達よ! 魔王代理の言葉に従い、我々はこれから人間たちと魔物の討伐に向かう!」
シルヴィアの言葉に、場が一斉に静まり返った。
魔王の命令であれば、絶対に従わなければならない。
その横で、先ほどぼやいていたドワーフが腹を抱えて笑っていた。
「お嬢さん方、もうちょっとうまく演技できないもんかね?」
「放っておいてください!」
「放っておけ!」
マルカとシルヴィアの顔は真っ赤だった。
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「貴女が繋いだ絆よヴァレント」
「優秀な秘書や友人を持って幸せ者だの」
戦場を眺めながら話すナージャとヴァレント。
「さて、主役が登場するには、丁度いいタイミングなんじゃない?」
「そうだの。存外苦戦しておるようだしの」
ヴァレントは翼を広げて、ナージャを抱える。
「ちょっと、これ不安定で怖いんですけど」
「文句を言うでない! これが一番早いのだ!」
こうして二人は友の待つ戦場へと飛び立って行った。
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茜色に染まる空、戦場を埋め尽くしているのは無数の魔物の死骸である。
ヴァレントはボロボロの姿で、大の字に倒れていた。
「これは、掃除の方が大変そうだの」
「誰のせいだと思ってんのよ」
同じくボロボロの姿のナージャが歩み寄ってきた。
「悪い魔王のせいじゃないかのー?」
上半身を起こし、明後日の方向を向きながら答えるヴァレント。
「ああ、そうそう。忘れてたわ」
ゴツンとヴァレントにゲンコツを落とすナージャ。
もんどり打って再び倒れるヴァレント。
「く、くそう! 今までで一番痛いのだ……」
「皆に心配かけた分と迷惑かけた分よ」
その言葉に、苦笑いしながら頭をさすって立ち上がるヴァレント。
「本当に探すつもりかの?」
「見つけてみせるわ」
お互いを見つめ合う。
「では、余は今まで通り寝転んで待っておくよ」
「そうしなさい……ああ、暇なら本でも書けばいいわ」
「本?」
「書く事ならたくさんあるでしょ三百年分」
「ああ、そうじゃな……」
その言葉に、頷くヴァレント。
「私も、戻ってきたら何があったか伝えるから、それも追加でね」
「そ、それは大変そうだのう」
「良いじゃない。どうせ時間たっぷりあるんでしょ?」
そう言って笑いあう二人。
これは、最後の魔王と最後の勇者の物語―
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「ねえねえ、続きはどうなるの?」
「教えて教えて!」
老婆を囲んでいた子ども達がせがむ。
「こら! 大婆様はお疲れなんだから、また今度にしなさい!」
部屋に入ってきた中年の女性に窘められ、子ども達は部屋を出て行く。
「ありがとうの。メイ……」
「いいえ、お疲れでしょうし、ゆっくりお休みください」
その言葉に答えるように椅子に揺られゆっくりと目を閉じる老婆。
明日は何を話してあげようか―
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目を覚ますと、そこは見覚えのあるソファーの上だった。
起き上がってカウンターを見る。
「お久しぶりでやす。魔王さん」
店主が気軽に挨拶してくる。
そして、カウンターに座る老人を見つけた。
「ウィル……」
「ほっほっほっ。お久しぶりですな」
「大分待たせたかの?」
「いえいえ。そんな事はありませんよ」
その言葉を聞いて伸びをするヴァレント。
「これで、ようやくゆっくりできるかの」
「そうは思えやせんけどね」
店主の言葉に応えるように、酒場の扉が開く。
「お、魔王さん久々ですね!」
「お元気そうで……って言葉はあってるんだろうか?」
「この場合は、何て言えばいいですかね?」
苦笑いする、スミス、ダリル、マルカの三人組。
「三人とも相変わらずの様だの」
そうして笑い合っていると再び酒場の扉が開く。
「ですから、お姉様はもっとお淑やかにですね」
「もう小言は聞き飽きたわよアリス」
言い争う二人に声を掛ける。
「久々だの。ナージャ、アリス」
「あら、ようやく来たのねヴァレント」
「お久しぶりですわ魔王さん」
ナージャが歩み寄ってくる。
「どうだった?」
「お陰で良き人生だったよ」
ナージャの言葉に、微笑みを浮かべて答えるヴァレント。
「そういえば本は書き終わったの?」
「うむ。大変だったがの。何せ三百と数十年分だからの」
「本の題名は?」
「余は、割と根に持つタイプでのう。ナージャに言われた言葉を付けたんだの」
そう言って、ヴァレントはニンマリ笑う。
「題して『魔王さんは穀潰し』だの」




