第四十三回 徐州奪還 八
呂布に勝利したことで、劉備一家は沸きに沸きました。
雲長さんは、すぐに曹操さまに謁見し、前の約束を切り出したのです。
「閣下。先の約束を覚えておいででしょうか?」
「もちろんだとも。君が秦宜禄の妻が欲しいとのことであろう」
「彼女は城中に居るようです。私をこのまま迎えに行くことをお許しください」
「もちろんだとも。しかし、君が欲しがる女性がどれほどの美人か興味があるな」
「はは。後程、閣下にも紹介できるかと思います」
「そうか。では楽しみにそれを待とう」
普段冷静な雲長さんは、喜んで城中へと向かいました。その後ろを、そっと益徳さんも追いかけたのです。
残ったのは兄者さんですが、兄者さんは、糜竺さん、孫乾さん、簡雍さんの文官三人を引き連れて、下邳の城の中へと急ぎました。
元々、下邳の城は兄者さんのものですから、目的のものの場所へと近道をしております。欄干を飛び越え、廊下を走り、部屋の中を通り抜けのショートカット。
そうまでして手に入れたいものは呂布の部屋にあるのです。
「わ、我が君! はぁはぁ、そんなに急がれては身に障ります!」
と糜竺さんが心配して叫びますが、兄者さんは足を止めません。
「へへん、糜竺よォ。善は急げって言うじゃねぇか。黙って付いてきやがれってんだ!」
そう言いながら、兄者さんは元呂布の部屋に飛び込みました。しかし──。
「おや劉将軍。なぜお急ぎでこの部屋に?」
とニヤリと笑っていたのは郭嘉さんと、荀攸さんでした。手には包まれた木箱を貴重品のように持っております。
「か、郭嘉どの、荀攸どの……」
郭嘉さんは手に持った木箱を少しばかり上に上げて兄者さんに尋ねました。
「まさかこの徐州牧の印綬をお探しで? それはいけません。現在、徐州牧を帝に命じられているのは呂布でございます。ですが呂布は不忠の臣として裁かれますので、徐州牧の座は空位でございます」
「い、いや、しかし──」
「あなたは呂布から徐州を奪われたとおっしゃっても、所詮は前の前の徐州牧なのですよ。こちらの印綬は陛下に返還せねばなりません。然るのち、誰が徐州牧に任じられるかは決まっていないのです。お分かりか?」
「あ、あのぅ……」
「では我らはこれで。行きましょう、荀攸どの」
と言って二人は出ていってしまいました。三人の文官たちも一斉に兄者さんを見ます。
なにしろ、徐州という領土があってこそ、劉備一家の家臣たちは一致団結できるのです。兄者さんたちは、曹操さまに豫州牧の印綬を預かってますが、それは曹操さまあっての代理人という形です。
これには兄者さんも茫然自失で、しばらく口を開けませんでした。
◇
やがて、兄者さんも、雲長さんも、益徳さんもそれぞれの幕舎に戻りました。
益徳さんが幕舎に入ると、その首に抱き付いてくるものがあります。益徳さんは驚いて振り向くと、ニヤニヤ笑った曹仁さまでした。
「そ、曹仁どの?」
「聞きましたよ、益徳さん。アンタ、夏侯淵どのの養女、三娘を嫁に迎えるそうですな?」
後ろでは同じくニヤニヤ笑った曹純さまと曹洪さまがおります。いやーん。私もその場にいたら赤くなってたでしょうね。
「まったくすみにおけません」
「まさか二十も歳下の三娘が欲しいとは!」
「いやいや、背丈も二尺ほど違うでしょう。閨では互いの顔を見れませんよ。益徳どのにも困ったものです」
益徳さんは、まるで漆に被れたように赤くなってしまいました。三人は益徳さんの手を引いて、幕舎の中に入れると、囃し立てのいじりまくりで、益徳さんも恥ずかしがって、腕を広げて三人を抑えてしまいました。
「て、て、てえぇぇぇーーい!!」
「お。照れた」
「豪傑でも恥ずかしいんだなぁ」
「こりゃ今日も酒が旨いや」
「やめろよなぁ~~」
照れる益徳さんをこれでもかというくらいいじってますね。私も背中がムズムズするほど恥ずかしいですわ。
しかし、ある一定までいじると、みんな穏やかな顔つきになって益徳さんの肩を叩きました。
「やったな、益徳さん!」
「そうとも。これで我らの絆もより深くなる」
「曹家、夏侯家、張家、我らともに力をあわせて天下を統一せん!」
こうなると益徳さんも、同じように穏やかな顔つきに変わって、四人は中央で手を重ね合いました。
「よし! やろう!」
「おうとも。益徳さんの力を得れば道は近い!」
「そうだ!」
「俺たちでやろう!」
四人は互いに抱き合って誓い合い、そのまま酒宴になだれ込みました。
どうも曹洪さまは酔ってくると、誰かと呑み比べする癖があるようですね……。今回も年下の曹純さまと呑み比べして、負けて地べたにひっくり返っておりました。曹洪さま……。
◇
さて、曹操さまは戦後処理の段取りを部下に命じると、立ち上がって護衛の許褚さんを連れて幕舎を出ました。
目指すは雲長さんの幕舎で、部下に命じて雲長さんに呼び掛けました。
「関羽どの。司空閣下が幕舎に入ります。よろしいですか?」
「もちろんでございます。どうぞ」
了承を得たので、曹操さまは笑顔のまま雲長さんの幕舎に入ります。中央には雲長さんが跪いて武官の礼をとっておりましたが、曹操さまは幕舎の隅々まで見渡して、美人を探します。
しかし、どこにもそれらしい人はおりませんでした。
「うん? 関羽よ。そなたの良い人を紹介してはくれまいか?」
「ああ杜玉ですか。あれはもう、ようございます」
「よいと? 目的の女性はおらんかったのか?」
「いえ。おりました」
「おったのに城中に置いてきたと?」
「左様でございます」
寂しそうに笑う雲長さんに、分けも分からずに曹操さまは幕舎を出ました。そして考えます。
きっと雲長さんは美人と何かあったのだと。それならばその仲介をしてやりたい。自分は関羽を一人の男と認めている──。
そうだ、それがいいと思い、日を改めてその美人に会いに行くことにしたのです。
それは果たしてよいほうに転がるのか……。まだ誰にも分かりませんでした。




