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第三十五回 強襲 五

 呂布は真っ直ぐに曹操さまへと突撃してきますが、『張』の旗の部隊は、それに合流するように呂布の部隊に近付いて行きます。


 曹操さまは、軍事の天才です。布陣した場所は決してまずくはありません。しかし、来たばかりでなんの準備もしていないところに呂布に斬り込まれたのです。

 ましてや名将の張遼も来たとなると、兵士の士気も下がり、逃げようとする気です。


「こ、これではまるで、土地的にも彭城(ほうじょう)の戦いではないか!」


 まさにここは徐州の彭城に程近い場所でした。『彭城の戦い』とは、漢の初代皇帝、劉邦さまとライバルの項羽の戦いです。

 劉邦さまは五十六万の軍隊を有しており、逆に項羽はそこに三万の兵士で斬り込み、劉邦軍を蹴散らしたのです。

 今の構図は劉邦さまが曹操さま、項羽が呂布ということになってしまいます。これではいけません。


 郭嘉さんは、騎馬隊を呂布に向かわせますが、あっという間に蹴散らされ、ますますあちらの士気は高まり、こちらの士気はガタ落ちです。

 そんなところに『張』の旗の部隊が合流しました。しかし、様子が変です。


「呂布ぅぅううーー!!」


 その部隊の大将は、駆ける呂布の横に並んで呂布の名を叫びながら矛を突きだします。呂布は紙一重でそれをかわしましたが、鎧に一筋の傷が出来ました。


「なっ! 貴様、張遼ではないな!? まさか、張飛か!!」

「ここで会ったが百年目だ! 覚悟しやがれってんだ!」


 益徳さんでした! ヒューヒュー! カッコいい!

 なんと益徳さんは城には帰れませんでしたが、呂布の援軍であった臧覇(ぞうは)が小沛に近付いて来るのを知り、僅かな手勢で奇襲をかけて一万の軍勢を追い返していたのです。すごいでしょ?

 ですがその間に張遼によって小沛の城が陥落したと聞いて、急いで戻って来たところに呂布を見つけ、強襲して来たのでした。しかも、戦場に落ちていた張遼の旗を、「オイラも張だから……」といって拝借したようです。


「邪魔をしおって! 俺は曹操を狙っておったのだ! 貴様のような下郎とは比べ物にもならぬ大物だぞ!」

「黙れ、この恩知らずめ! 今まで何人裏切った! 兄者まで裏切り、徐州を奪ったお前に下郎呼ばわりされたくないわ!」


「小癪な! 今日こそ死ね!」

「お前こそ!」


 バキバキ!! ガンガン!! ゲインゲイン!!


 今までの一騎討ちとは様子が違います。矛と(げき)の激しいぶつかりあいに、竜巻が巻き起こるようです。


「閣下! 呂布と戦っているのは張飛です!」

「なに!? 張飛だと!?」


 曹操さまの陣営のものたちは棒立ちになり、ただ息をするのも忘れて、二人だけの戦を眺めるばかり。

 一人の兵士が身をすくめて呟きました。


「ま、まるで獅子と竜だ!」


 そう。その者には見えたようでした。呂布の後に獅子のようなものが。しかし、益徳さんの後には白い竜のようなものが見えたのです。


 そのうちに、呂布は益徳さんの猛攻を防ぎきれずによろけ、益徳さんから間合いを取りました。


「ぬ、ぬう! 貴様、前までの張飛ではないな!?」

「馬鹿やろう! オイラは前も今も張飛だい!!」


 益徳さんは、さらに追撃しますが、呂布は下邳を目指して行ってしまいました。この呂布の乗っていた馬は相当な駿馬で、益徳さんがどんなに馬を急がせても近付くことができず、とうとう取り逃がしてしまいました。


「くそ! サヨナラも言わずに行くとは無礼なやつ。顔を見たら笑ってやる!」


 と呂布の見えなくなった背中に叫びましたが、聞こえるはずもありませんでした。


 益徳さんが呂布を蹴散らし、白竜の影が映った……。それは皆さんお気づきの通り、白蛇の白蛟(はっこう)の力が宿ったからですわ。しかし益徳さんの元々の力を呼び出しただけなので、益徳さんは気付いてないようでした。


 ふと益徳さんが後ろを向くと、曹操さまの部下である騎馬武者が二人おりました。


「お見事、張飛どの」

「閣下は喜んで張飛どのをお呼びです」


 と笑顔で言い益徳さんを称えます。益徳さんはそんなこと初めてなので、急にドキドキしてきました。

 二人の騎馬武者の案内の元、曹操さまの御前に連れてこられますと、二人の騎馬武者はさっさと後方に下がってしまい、残されたのは益徳さんだけ。

 すかさず郭嘉さんが小声で叱責します。


「これ張飛、閣下の御前であるぞ、馬より降りなされ」

「あ! は、はい!」


 今までそう言う役は兄者さんか雲長さんだったので、益徳さんは慌てております。かわいい。

 おっと! 慌てすぎて足を(あぶみ)に引っ掛けて背中から落馬してしまいました。こんなドジな益徳さん、初めてです。

 ですが素早く体勢を整えて、どうにか曹操さまの前に平伏いたしました。


「え、えっと。あっと……。司空閣下に張飛が拝謁いたし……ゴニョゴニョ……」


 おおっとお! 普段では考えられない益徳さんの小声。曹操さまも、先ほど呂布と激しくやり合っていた益徳さんのギャップに思わず吹き出しそうでした。


「よいよい。張飛よ。面を上げい!」

「は、はい!」


「見事だったぞ。そなたを見直した」

「……あの、それは、えと……ど、どうも……」


「呂布を追い返すほどの武勇を持ったものがこんな近くにおったとはな。余の目もまだまだだな」

「お、畏れ多いお言葉で……」


「よし! 張飛!」

「は、はい!」


「そなたを 中 郎 将 に任ずる」

「………………え?」


「だが正式には都に帰ってからだ。下邳に逃げ帰った呂布を討って凱旋してからだな。しかし、そなたに一万の兵を預けてみたい! 思いっきり暴れるがよい!」


 しばらく口を開けていた益徳さんですが、ようやく自分になにが起きたか気付いたようです。


「あの……、オイラが……いやオイラじゃねェや。……拙者が中郎将ですか? そして万兵を預けると? うぉぉおお! 閣下、本当に? あ、ありがとうございます!」

「うむ。これからも漢のために働いてくれ」


「は、はい!」


 益徳さんは、両手を上げて大喜びです。私も嬉しい! やったね! だって中郎将ですよ? お分かりでしょう? 益徳さんは私との結婚の条件を、見事にクリアしたのです。




 この後、曹操さまは益徳さんを護衛として馬車の横に侍らせ、夏侯惇さまのお見舞いに行きました。そして都へと帰したのです。

 そしてそこで益徳さんは、久しぶりに兄者さんと、雲長さんに再開しました。三人は抱き合い、涙を流しました。


 さらに曹操さまは雲長さんも呼んで、小沛の城を取り戻し、張遼を追い返したことを称え、益徳さんと同じく中郎将に任じ、一万の兵を預けたのでした。

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