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第三十二回 強襲 二

 曹操さまは急いで兵を集めました。とはいえ、兵糧や武器など物資も含めてですから、一週間かかりました。これでも大急ぎです。

 呂布の本拠地である下邳には前軍に曹仁さま、中軍に曹洪さま、後軍に曹操さま。騎兵三万、歩兵七万の計十万です。

 そして益徳さんのいる小沛には大将に夏侯惇さま、副将に于禁(うきん)という名将です。こちらは騎兵五千に歩兵が五千。それに案内役として孫乾さんが付いております。


 みなさん、意気揚々と出立していきました。でも益徳さんは、消息不明なのですよね……。きっと無事だとは思いますが……。





 曹操さまは、下邳に向かう途中で二万の騎兵と、一万の歩兵を引き連れ、小沛へと強襲を掛けました。


「兵は拙速(せっそく)を聞くだ! 余に続け!」


 これは、多少作戦がまずくとも早く決着を付けるほうがいいという意味です。ですから、小沛の戦を早々と片付けるために急げということです。




 その頃、夏侯惇さまは小沛の近くに急いでおりました。城が見えるところまでくると、後ろから孫乾さんが駆けて参りました。


「夏侯惇どの! 夏侯惇どの!」

「どうした、孫乾?」


「し、城の様子がおかしいです!」

「なんだと?」


 夏侯惇さまは急いで城のほうに目をやります。たしかに城壁の奥に黒い煙が何筋も上がっており、城外にいる敵兵は一万もおりません。


「なっ! 落城しておるではないか!」

「ああ! わ、我が主君は大丈夫でしょうか!?」


「何を言っておる! これでは内側と外側から挟撃できん! 曹公の作戦が丸潰れだ!」


 そ、そうなのです。小沛の城は落城しておりました。この時、兄者さんと雲長さんはまだ城の中であり、わずかな抵抗をしております。

 ですが、張遼は騎兵を操って、怒涛の突撃をしておりました。それに雲長さんも少しの騎兵で押し返しております。

 くぅぅうう~。頑張れー!!


 雲長さんの後で兄者さんは甘夫人を守るように抱いておりましたが、甘夫人は突然立ち上がって髪を直しました。


「ど、どうしようってんだ、梅?」

「ここには益徳もなく、雲長だけではあなたの命も風前の灯火。こうなっては仕方ありません。私があなたを守ります。落ち延びるのです」


「え? どうやって?」


 甘夫人が口笛を吹くと、一頭の白馬が駆けて参ります。甘夫人は服の裾を破り、動きやすい格好にしたかと思うと白馬にパッと乗り込みました。


「さあ旦那さま。お手を」

「気、気でも狂ったのか?」


「大丈夫。さあ、張遼の陣を駆け抜けます」

「え?」


 甘夫人は戦っている雲長さんの横を通り過ぎ、振り向きながら手を振ります。雲長さん、唖然。ですが、すぐに後を追います。兄者さんは叫びながら甘夫人の背中にしがみついてるだけ。アナタはホントにもう……。


 張遼は雲長さんの勢いに攻めきれずにおりましたが、前から着飾った甘夫人が駆けてくるので意表を突かれました。


「お、女だと? 一体、どなたか!?」

「じゃあね~」


 張遼がマヌケな声を上げて聞いた言葉に軽く返事をして、前を通り過ぎて城門のほうに。呆気にとられていた張遼でしたが、兄者さんも雲長さんもいるので、ようやく気付いてその後ろを追います。


「追え! 追えー!!」


 兄者さんは後ろに馬蹄が鳴り響いているのに生きた心地がしておりません。

 張遼は兄者さんを追いかけながら勝ちを確信しておりました。


「ふっ。門衛は置いてあるし、城門は閉じてある。それらを処理している間に追い付くぞ。バカめ!」


 そう呟いて馬の腹を蹴りました。兄者さんの目にも閉ざされた城門と、四人の門衛が見えます。


「あぎゃぎゃーー!! 梅! これじゃ袋のネズミだ!」


 しかし、甘夫人が目を光らせると、門衛が一人、一人とうつ伏せに倒れてゆきます。そう。私と益徳さんに使ったあの技です。あれは一人にしか効きませんが、一度倒れてしまうと起き上がるのに時間がかかりますし、初めて技にかかると意味が分からずに動けなくなったままです。四人ほどでしたから上手く行ったようです。

 ですが門ですよね。


「ええい!!」


 甘夫人が気合いを込めて指を門へと向けると音を立てて門が開きました。


「な、なにぃ!?」


 そりゃ張遼も驚きますわよね。その間に甘夫人はみんなを率いて城から出てしまったのです。

 甘夫人を先頭に騎馬武者が大地を駆けて行きます。兄者さんは甘夫人の背中に抱きついたままでしたが、ようやく体勢を整えました。


「すげぇ! 一体どうやったんだ、梅!」


 しかし、甘夫人は背中の兄者さんに体を倒してしまいました。兄者さんが驚いていると、甘夫人の手綱を持つ手が毛だらけの狐のものでした。


「うふふ……。力を使いすぎてしまいましたわ……」


 そう言ってぐったりする甘夫人。兄者さんは彼女を抱き締め、手綱を持つのを代わります。しかし気付きました。甘夫人の体の軽いこと。うなじ辺りから金色の毛が衣服の中にのびているのを。


「くっ! 梅! しっかりしやがれ!」


 兄者さんは、甘夫人の狐の部分を袖や体で覆って隠しながら馬を駆けさせます。


「ん? あれは!? 雲長!」

「兄者、あれは夏侯惇どのの旗! 曹閣下の援軍です!」


「助かった! あの陣まで駆けろ!」


 兄者さんの指示の元、劉備一家の人たちは夏侯惇さまの陣に駆け込みました。

 追いかけて来た張遼は舌打ちをしましたがどうすることもできません。


 兄者さんと、雲長さんはそのまま夏侯惇さまへと面会いたしました。


「夏侯惇どの。援軍、ありがたい」

「劉備どのか。なぜ城は落城したのだ?」


「向こうのほうが、大将の数も兵の数も多かったからよ。守りきれなかったんだ。すまねぇ。それでも雲長は持ちこたえてくれたんだ」

「言い訳はよい。もう一人の義弟、張飛どうした?」


 それに孫乾さんも悲痛な声で質問します。


「ご主君! 張飛は私を城から五里ほどまで守ってくれたのです。その後、ご主君をお守りするために城に戻ると言っておりました! 張飛は戻れなかったのですか!?」


 兄者さんは顔を伏せて答えられませんでした。この時代、電話もありません。益徳さんの行方は誰にも分かりませんでした。

 兄者さんは甘夫人を抱きながら夏侯惇さまに懇願します。


「すまねぇ。夏侯惇どの、幕舎を一つ借りてぇんだが?」

「ふん。この状況で女かよ。誰か、劉備を幕舎に案内してやれ」


 夏侯惇さまに命じられた兵士の一人が兄者さんを一つの幕舎へと案内して行きました。そこに雲長さんも夏侯惇さまに懇願します。


「すまない、夏侯惇どの。儂には兵を貸して貰いたい」

「兵を借りてどうする?」


「城にはまだ戦っている仲間がいる。それを助け集めてくる」

「馬鹿な。外にはお前たちの城を落とした大将と大軍がいて城に近付けるものか。これ以上我が軍の苦労を増やすな!」


 と叱責です。ですが雲長さんは引き下がりませんでした。


「いくらでも叱責は受ける。僅かでよい。兵を貸してくだされ」


 夏侯惇さまは、兄者さんと、雲長さんを軽蔑して深く溜め息をつきました。


「ふん。まあよい。だが五百だ。曹公はそなたを買っておったが、ただの猪だったか」


 雲長さんはペコリと頭を下げ、与えられた五百の兵を束ねて、小沛の城を目指して駆けて行きました。



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