第三十回 護衛 二
さて雲長さんは練兵、益徳さんは土木事業の監督です。この小沛のお城が攻められても、守りきるくらい堀を深くしなくてはいけませんね。それは急いでやる事業です。
時期はちょうど春で種蒔きの時期でしたから、忙しい状況でありました。
しかし城が奪われたら蒔いた種もなにもあったものではありません。その辺の説得は、孫乾さんや糜竺さん、簡雍さんの文官さんたちが行いまして、益徳さんの元には集まりました。
「みんな、不安かも知れねぇが家族を守るためだ。辛抱しておくんな! 堀は城の回りを二丈まで広げ、深さは二丈とする。オイラも手伝うからよ。よろしく頼むぜ」
「つまり、将軍。縦横二丈ですな?」
「ん? ええとぉ~。うん、そう。そうだよ。みんな大丈夫か?」
「大丈夫でさぁ。将軍こそ」
「はっはっは。みんなでやりゃ早えからよ。早く終わらせて酒でも飲もうや」
そう決まると早いです。ザクザクと土を掘る音。エッサエッサと土を運ぶ声。二丈は約五メートルほどですわね。こんなに広くて深いとそう簡単には攻め落とせません。
とは言え、重機のない時代です。重労働で大変です。それでも城民のお陰でどんどん堀は広く深くなっていきました。
益徳さんの仕事はそれだけではありません。今度は燃料を集めなくてはなりません。
益徳さんは城民を率いて、山に行き焚き木集めに木材集めです。
木を切り出す音が山中に響きます。切った木々は荷車に乗せます。それを数日続けておりました。
ある時、益徳さんとともに作業していた陳到さんが材木に縄をくくりつけている益徳さんにそっと耳打ちしました。
「将軍。気付いておりますか?」
「何がだい?」
「私の二十丈ほど斜め後ろの木の裏側に黒い服の男がいるでしょう。数日前からおりまして、ただ将軍を見つめるだけです。最初はサボってるのかと思いましたが違いますよ。あれは城民ではありません」
「な、なに? 黒い服だと?」
益徳さんが顔を上げて見ると、その男と目が合いました。男はニヤりと笑っております。
「玄刃……!」
そこには、あの大虎、玄刃の姿があったのです。しかし益徳さんが声を上げたことで、陳到さんはホッと安堵しました。
「ああ、お知り合いですか。ならば良かった。少し薄気味悪かったものですから」
「いいや陳到、その予感は正しい。お前さんは城民を集めて、急いで城へ帰れ。木材も薪もそのままでいい」
「え? へ、へい!」
言われた陳到さんは、そっと回りの仲間たちに声掛けすると、次々に伝播され、いくつかの班に分かれて城へと引き返していきます。その間、益徳さんは黒衣の男の動きを見つめたままでした。
城民たちの避難が済むと、益徳さんは矛を片手に黒衣の男へと近づいていきます。それでも黒衣の男は、木の後ろから逃げずに笑ったままでした。
益徳さんは、ある程度の距離まで近付くと、黒衣の男に話しかけました。
「お前さんは誰だ? 玄刃か?」
その問いに男は、顔を半分だけ木の影から覗かせたまま答えます。
「いいや張飛。私は玄鉤と申す。玄刃は私の兄でな。兄の仇がどんなものか見に来ていたのよ」
それは玄鉤という玄刃の弟でした。やはりこれも大虎なのでしょう。しかし薄気味悪い男で、ただ益徳さんを悪い趣味のように見つめるだけです。
益徳さんはさらに間合いを詰めました。
「兄の仇のオイラを討ちに来たのか? だったら木の影に隠れてねぇで出てきやがれ! 男らしく勝負を決しようじゃねぇか」
「ふふん。バカめ。我々虎は猪ではない。負ける戦はしないものよ」
どうやら玄鉤も、玄刃同様、益徳さんと無理に争わない姿勢のようです。益徳さんはさらに間合いを詰めました。
「じゃあどうしてオイラの前に出てきやがる。勝負をするためじゃねぇのか?」
益徳さんは、さらに一歩、一歩と前に出ます。あと数歩、そこから駆ければ玄鉤を捕まえられるという位置のところまで来ますと、玄鉤は姿を消しました。
いえ、消えたのではありません。益徳さんの目は玄鉤を捉えておりました。彼は飛び上がって木の枝に座って益徳さんを見下ろしながら言います。
「勝負をするためではない。お前を殺すために見ていたのよ。下らぬ戦いなどせぬ。お前がここで玄鉤にこられてはたまらんという時が必ず来る! その時がお前の死ぬ時だ!」
そう言うと、玄鉤は木の枝を伝って、遠くのほうに逃げて行きました。
益徳さんは、それを見て奥歯を噛みしめました。
「復讐か……。だがオイラにも分かる。オイラが呂布を憎いと思うように、玄鉤、お前はオイラを──。だがやすやすと命を渡すわけにはいかねぇ。オイラにはまだまだやらなくちゃならねぇことがあるんだ。その時はスマン……玄鉤──」
益徳さんは天を仰いで大きく溜め息をつきました。
◇
さて、その後には何もなく、堀を深く掘るのも、燃料集めも順調に進みました。その頃になると、雲長さんの練兵も済み、劉備軍は精兵揃いとなりました。
また、他の家臣団が城壁を修繕したり増築したりして、もし呂布や陳宮の兵に襲われても守るに堅い城となったのです。




