第二十四回 青嵐賊 三
益徳さんは、投降した山賊さんたちを出入口が一つしかない小屋や倉庫に、それぞれ入れて、鍵をおろしたようです。
それが済むと、私のほうに、駆けてきました。
「大丈夫だったか? お嬢ちゃん。暗くて怖かっただろう?」
「いいえ、張飛さまの活躍を耳で聞いておりました。ですから暗いとか怖いとか考える暇がありませんでしたわ」
「そうかい! はっはっは。お嬢ちゃんは胆が据わってるねェ。頼もしいやな。オイラの嫁に丁度いい……ハッ」
益徳さんは真っ赤になって口を押さえました。うふふ。さっきまであんなに暴れていた人がこんなに可愛いくなっちゃうなんて。
「こ、ここじゃなんだな。明るいところに行こうや。青嵐賊はみんな捕まえたからよ」
「ええ。本当に張飛さまはスゴいですわ!」
「ま、まあな。へへ」
私たちは、頭目の雷奉が使っていたであろう部屋に来ました。広くて調度品もいい感じ。
益徳さんは、たくさんの灯りを点して部屋を明るくしてくれました。
「あの、張飛さま。伯父さまの軍隊が山の麓に来ておりますの?」
すると、益徳さんはまた照れながら笑いました。
「ああ聞こえたかい。ありゃウソだ。ああ言えばすぐに降ると思ったからよ」
ええー! ウソでしたの? 益徳さんったら、戦の駆け引きもお上手なんですわ。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「はい。張飛さま」
益徳さんは大変申し訳なさそうに言いました。
「合図ののろしを上げれば、夏侯淵どのが軍勢を連れてきてくれるだろうが、もう日も暮れる。だからのろしに気付かないだろう。それに、お嬢ちゃんをお屋敷に連れて帰りたいが、日が暮れたら城門も閉じられる規則だ。中には入れない」
「え? ええ」
その時の益徳さんは、目も合わせず指をいじりながらモジモジしておりました。
「だから、そのぅ……。今日はこの砦で二人っきりですごさにゃならんが……、も、もちろんオイラは部屋の外で寝るが、その、嫌じゃねぇかい?」
私の顔は一気に赤くなりました。そりゃ回りの倉庫とか小屋とか牢屋には山賊さんたちがたくさんいますが、出てはこれない。つまり、本当に二人っきり?
とたんに、大風が吹いて扉がガタガタとなりました。
「キャア!」
私が益徳さんの胸に飛び付くと、益徳さんは笑って私の背中を撫でてくれました。
「はははは。ただの風だよ。怖がりだな、お嬢ちゃんは。肝っ玉が据わったお嬢ちゃん。風にも怯えるお嬢ちゃん。一体どれが本物なんだい?」
そう言って優しい目を向ける益徳さんの顔をすがるように見つめて答えました。
「私は本当は怖がりです。でも張飛さまと一緒なら何も怖くないです」
「そ、そうかい」
「だから、その……」
「うん?」
「一緒がいいです。そんな部屋の外で寝るなんておっしゃらないで──」
「あ、う、うん」
私たちは、二人きりの夜を、この砦ですごすことになったのです。
私たちのいる場所には土間がありました。益徳さんは、そこに火を興して椅子を並べて座ることにしました。
「甘の姐さんが、お屋敷に押し掛けたらしいな」
「そ、そうです」
「そのゥ、オイラが中郎将になったら、お嬢ちゃんを嫁に貰えるとか……」
「は、はい」
「オイラは、その中郎将になるにはどんな手柄を立てなくちゃなんねぇか、よく分からねェ」
「は、はい」
「だけどそのためには一生懸命頑張るよ。来年中には中郎将になってみせる。そしたら、こんな二十も歳上のオイラでも結婚してくれるのかい?」
「それはもちろん。私は張飛さまと結婚したいです」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ待ってておくんな」
益徳さんははにかみながら笑います。この人はいつもこんな風に笑うんだわ。
あの時も、あの時も……。
何も心配いらない。なんとかなるさ。
そう言ってくれた。長坂の時も、漢中で伯父さまと戦わなくちゃならなくなった時も……。
いつも、いつも──。
あ、ごめんなさい。私ったら話を脱線してしまいましたね。
そして、この時、益徳さんはこう言ったのです。
「一緒に徐州で暮らそうぜ。あそこは良いとこなんだ。オイラも兄者も気に入っててな。きっとお嬢ちゃんも気に入るぜ。オイラは戦人だからな、時にァ家を空ける時も来るだろう。でもな、必ず戻るよ。そしたら機嫌良く迎えてくれな。辛気くせぇのは行けねぇ。毎日一杯の粟の粥と豆の葉の湯がありゃ贅沢ァ言わねぇ。いや酒もありゃいいな。時には肉も食おうぜ。オイラ、そんだけでいい。そんだけでよ」
なんか……。それってすごくいいですわ。並べられた椅子の隣の益徳さんの身体にそっともたれ掛かります。
益徳さんは私の肩を抱いてくださりました。
「へへ。お嬢ちゃん、眠くなっちまったかい?」
「……ねぇ。張飛さま?」
「なんでィ、お嬢ちゃん」
「結婚するなら、お嬢ちゃんではおかしいですわ。私は妻として、名前で呼ばれたいです」
「う。さ、三娘……?」
「はい。そうです。張飛さま」
「なんでィ、そっちこそ」
「え?」
「夫を張飛なんておかしいやな」
「あ、えっとぅ……」
「飛か、益徳だろうなァ……」
「じゃあ、益徳さん」
「お、おう」
「うふふ……」
私たちはそのまま、炎を見ておりました。
「ずっと一緒にいれるといいですねぇ」
「お、おう」
「最近では益徳さんに会えなくて寂しかったですわ」
「ああ、そう言われればもうしばらく会えないなぁ」
「え?」
「今度は来年早々に豫州の小沛に入って、徐州の奪還を狙うのよ」
「え? 帰っちゃうんですか?」
「まぁな。オイラたちの家は徐州だ。曹司空どのも兄者に目をかけてくれたんだな。拠点と兵さええれば、呂布恐れるに足りずだ」
そうなんだ……。曹操さまも力を貸してくれたのね。でもそしたらいつになったら中郎将になれるんだろう。益徳さんはなんでも一生懸命だけど……。
そのまま私たちは、火を前にして温まりながら朝までそこで過ごしました。
当然何もないですよ。私は十一歳ですもん。もうすぐお正月で十二歳ですけど、その頃には益徳さんは豫州に行っちゃうんだわ。
寂しいなぁ……。
◇
朝起きると、益徳さんは私を連れて、砦の中にある松の木から枝を切り出しました。
「のろしを上げるには、生木の松の葉が丁度いいのよ」
「へー、そうなんだぁ」
普通の薪に火を興した後、松の葉がついた枝を重ねます。すると、もくもくと煙が立ち上ぼり始めました。
私は目に煙を浴びてしまい、涙を流しながら大きく咳き込みました。
「けほ! けほ! けほ!」
「はっはっは! 三娘はやっぱりお嬢ちゃんだなァ!」
む。なによゥ。益徳さんたら私を子供扱いして。
「そら。こうしてのろしを上げるんだよ」
益徳さんは、煙を出している松の枝の上に濡れた布をハラリと置いて、それを上げてはまた置き、上げてはまた置き。
すると大空に、まあるい煙がいくつも上がって行きます。それを何度か続けると、お城に向かった辻でものろしが上がり始め、やがてお城のほうでものろしが上がりました。
「あれは分かったって合図だ。オイラたちがこの煙を絶やさなければ、半日もすれば夏侯淵どのの騎馬隊がここに駆けつけるという分けだ」
なるほど~。この煙で合図をした上に位置を知らしているのね。
私たちはその後、煙を絶やさないように枝や薪をくべて、伯父さまの部隊が到着するのを待ちました。
すると益徳さんの言っていた通り、半日もすると騎馬の馬蹄の音が聞こえてきて、伯父さまの部隊、五千騎がやって参りました。
伯父さまは私の顔を見ると、驚いて馬から飛び降り、駆け付けて抱き締めてくれたのです。
「おお、三娘、三娘……。ここにいたのか、心配したぞ?」
「益徳さんが助けてくだすったのです」
私は益徳さんに手を向けると、伯父さまは益徳さんの手を握って涙を流しました。
「そうか。張飛をここに潜ませておったから……。いやな、三娘はどこに拐われたかは分からんでおった。金は用意し、次の手紙を待っておったところであったのだ。すまん張飛。ありがとう」
「いやなに。礼には及びません。校尉どのが、ここに潜ませておったのが縁でしょう」
「う、うん。まぁな。よし張飛よ。お役目ご苦労である。三娘は儂が屋敷に届けよう。君は役を解くので、客舎に戻りたまえ」
「ああ、これはありがとうございます。馬を一頭拝借してもよろしいですか?」
「ああ構わん。褒美だ。後にさらに駿馬を一頭使わそう」
「ありがたき幸せ」
益徳さんは伯父さまから馬を一頭貰うと、お礼を言って駆けていってしまいました。
ああん、寂しい。でもきっとまた会えますわよね……?




