第二十三回 青嵐賊 二
こうしちゃいられないわ! どうにかして逃げないと。とは言っても、警備は厳重だし、女一人でどうすればいいのかしら……? 武器もないし。この頭のかんざし……も、大して効果はないわよね。相手が長剣もってたら終わりだわ。
考えてますと、ドヤドヤと声が聞こえます。大勢の男たちがこちらに向かってきたみたいですわ。そして牢屋が暗くなるほどたくさんの男性が集まって覗き始めました。こ、こわい。
「やぁやぁ、子どもだと聞いたが、別嬪さんじゃねぇか」
「副頭目。夏侯淵の縁者でさぁ」
「へっ! なんだと、夏侯淵の野郎だと!? 夏侯淵の野郎にァ、弟を殺された恨みがある! その娘をここに出せ!」
──え?
いかにも伯父さまに恨みがありそうな人が、私を引きずり出してどうしようっておっしゃいますの?
怯えておりますと、そんなことにお構い無く、手下たちは私を引き出しました。ひええーー!
「副頭目、どうされるんで? お頭は娘を大事に扱えとおっしゃってましたよ?」
「なぁに構うもんか。俺ァ高貴な女を抱いたことがねぇんだ。いささかちっちゃいが、他の女とどう違うか試させて貰おう」
ちょっと! ヒドイ人非人だわ! こんな子ども同然の私を手篭めにすると言うの!?
男たちに抵抗できるわけもなく、目隠しをされて、机に押し倒され、両手両足は押さえつけられてしまいました。
ああーー! 助けて! 益徳さん!
「ちょっと待った! 早まっちゃなりやせん!」
突然、別の部屋から駆け込んできたらしい男性の声。
「ふー。危ねぇ、危ねぇ。その娘をオイラに渡してください」
とのお言葉。それに私を囲んでいた男たちは詰め寄ります。
「なんでェ、新入りじゃねぇか」
「頭の命令か?」
「いいえ、オイラの命令で……」
「はぁ?」
ん、何やらおかしな話になってきましたけど、この新入りさんは止めてくださってるのかしら?
「ふざけるなよ、新入り! 団の規則は上の命令が絶対だ!」
「この野郎、身体に教え込んでやる!」
ええ!? な、なにやら、刃物を抜く音がそこかしこで聞こえますわ! 新入りさんは大丈夫ですの?
激しくぶつかり合う音。殴ったり蹴ったりする音です。私の回りで一体何が?
「ふー、もう大丈夫だよ。お嬢ちゃん」
え? この声は──。
私の目隠しは外され身体を起こされました。そこには私を優しそうに覗き込む、懐かしい顔の益徳さん! なんてことなの? 私たち、心が通じあってるから、私の呼び声に答えて益徳さんが来てくれたんだわ!
「実は、夏侯校尉どののご命令でな、青嵐賊の砦に内偵として送り込まれてたのよ。そしたら聞き覚えのあるお嬢ちゃんの叫び声が聞こえるじゃねぇか。覗いてみたら、やっぱりお嬢ちゃんだったんで、こうして駆けて来たんでィ」
私、今までそんなに叫んでたのかしらァ……。ネズミさんの時と、蛇さんの時と、狐の甘夫人の時と、虎の玄刃の時とォ……、思い当たる節、いっぱいですわ!
そして何ですって? 伯父さまのご命令で砦にスパイとして入ってたですって? なぁんだァ~……。心が通じ合い過ぎて、益徳さんが飛んできてくれたのかと思っちゃったけど……。そう言えば新入りとか言われてたもんね。
まぁいいですわ。久しぶりだから、いっぱい益徳さんにしがみついちゃえ。
「ああん、張飛さま、私、怖かったですわぁぁぁあああ~~」
「よしよし、お嬢ちゃん。もう大丈夫だよ」
うーん、久しぶりの胸板。すっごい厚い!
それにしても、益徳さんをこんな場所に押し込むなんて、伯父さまったら、伯母さまに言われて、きっと上司を利用して私から遠ざけたんだわ。くぅ~。
「なんだ!? 物音がしたぞ!?」
「それが、副頭目がこちらに行った後に、新入りが駆け込んだっきり戻ってきません」
ひゃあ! さっきの喧嘩の音を誰かが聞いて、人が集まってきたみたいですわ。
「うん。山賊の連中が集まってきたようだな。それからこの伸びてる連中もどうにかするか」
はわわわわわ! 益徳さんったら、武器を持った副頭目以下数人を素手で殴って気絶させてたんだわ。みんな足元に寝転んでる。
益徳さんは、気絶した山賊さんたちを、ポイポイと牢屋に投げ込んで鍵をおろしました。
「お嬢ちゃん。今からオイラは山賊の連中の中に突っ込むからよ、お嬢ちゃんは一番奥の牢屋に隠れていな」
「え。張飛さま! 山賊は数百人はいますよ! そんな、危険ですわ!」
「数百人!? はっはっは! お嬢ちゃん、心配するなよ。燕人張飛、ここにありだ!」
え? 益徳さんがお強いのは知ってますけど、まさか数百人は相手に出来ないでしょう? そんな人、この世にいるわけないわよねぇ……。
心配そうな私を、益徳さんは笑いながら背中を押して、一番奥の牢屋へ……。ここには広い牢屋が三つあったのですが、その一つに殴って気絶させた人たち。そして一番奥の牢屋に私を入れて、扉には鍵をかけ、その鍵を私に渡しました。
「そんじゃ行ってくるよ、お嬢ちゃん」
「え、益徳さん! 死なないでね!」
「何を言ってやがるよ、お嬢ちゃん。こんな砦、チョチョイのチョイよ」
そう言って益徳さんは、笑いながら行ってしまいました。益徳さんの向かった先には山賊さんたちの怒号が聞こえます。
でも、『バキッ』とか『ドガッ』とかいう音が聞こえるとだんだん静かになって行きました。
そのうちに、砦の中央辺りから、あの頭目の声です。
「なんという大胆不敵! たった一人が素手で暴れまわるとは!」
「よぅ。頭目の雷奉だったな。短い間だったが世話になった」
「貴様、俺様とやる気か!? 俺様は呂布将軍を崇拝しておる! 戦場で見た呂布将軍の技の数々を会得しておるのだぞ!?」
「はっはっは! 呂布がなんでぃ! ええぃ! 砦のモンはみんな聞け! 我こそは燕人張飛だ! 命が惜しくば降れ!」
一時、砦の中は静まり返りました。ですので、その後の頭目、雷奉の声がよく聞こえました。
「ちょ、張飛だと!? あの虎牢関で呂布将軍と互角に渡り合った武者か!」
「ほぅ、よく知ってるねぇ。その通りだよ」
「そんな武者がなんで、この砦にいやがる! さては貴様大した人物じゃないな!?」
ズル! 土が滑る音ですわ! さては益徳さん、ズッコケましたわね?
「う、うるせェやい! オイラだって出世するために一生懸命なんだい! 特に今はな」
「なにを訳の分からぬことを、この小物め!」
出世? 益徳さんが? 『特に今は』っておっしゃったわ。これはきっと……、私との結婚のためですわよね!?
するとさらに雷奉は叫びます。
「こんな大したことないやつなら丁度いい。呂布将軍と互角に渡り合った貴様の首を上げて、呂布将軍の陣営に行けば、きっと厚遇してくれるだろうよ」
馬のいななき……。え? 雷奉は馬に乗ってますの!?
「お前さんが? オイラをかい? よせよせ止めておけ。大人しく降れば怪我をせんぞ?」
「何を大きなことを! 武器も持たず、馬もない貴様に勝ち目があるか!! ハァ!」
あ、あの声は雷奉が馬で突撃する声ですわ! ちょっと益徳さん! 武器も持ってないんですの!? 逃げて! 早く逃げて!!
バキッ!!
え? なんか鈍い音ですわ。殴った音みたいな?
「これで分かったろう、お前ら! 山の麓にはすでに夏侯淵どのが布陣しており、オイラが合図を送れば五千の騎馬が襲いかかってくるぞ! だが逃げずにオイラに降れば命は助かる。大人しく武器を捨てて降れ!」
え、え、え、益徳さぁーーん!!
えーなにそれ、カッコいい!
砦の中にはガチャガチャと武器を放る音が聞こえます。きっと山賊さんたちが投降したんですわ!
キャー! ステキ!! ステキよォ! 益徳さん!




