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第二十一回 狐狸女傑 三

 甘夫人は横で二人の様子に怯えて文箱をカタカタならしていた簡雍さんの文箱の上蓋を押さえて音を止めながら言いました。


「これ簡雍や。卞夫人と約束を取り交わすので筆と竹簡を出しなさい」

「は、はい。甘夫人」


 甘夫人は涼しい顔をして、私と益徳さんの婚約の取り決めをさせるつもりですわ。すごい押し!

 ですが、伯母さまは声を荒げて言い返します。


「待ちなさい。まだ約束など出来ないわ」

「あらどうしてですの?」


「甘夫人はおっしゃいましたわよね? 三娘の傷痕が今すぐ治ったのならと。女の肌の傷痕は今後の結婚への傷痕よ。きれいさっぱり痕なく治すのよね」

「もちろんですわ。私には医療の心得がありますの。治ったのなら約束を取り交わしてもらえるのかしら?」


「もちろんよ。その代わり、治らなかったら早々に帰ってもらうし、逆に張飛には二度と当家に近寄らないことを約束して欲しいわ」


 ガビーンですわ。そっちのほうが私にとってはダメージです。この傷痕はきっと残るだろうし、すぐには治らないですもの。

 ですが甘夫人は落ち着いて答えます。


「言いましたね。きっと約束を取り交わして頂きますよ」

「結構だわ。では三娘を呼んで参ります」


「それには及ばないわ。三娘さん、お隣の部屋にいるのでしょ。こちらに入って来なさいな」


 う。さすが狐さん。わたしがどこにいるか、能力で分かったんだわ。私はバツが悪い顔をして客間に入っていきました。

 伯母さまは怒り頂点のように顔を真っ赤にしておりました。そらそうよね……。


「では甘夫人、三娘の傷痕を治してご覧になって」

「もちろんです。ですが女が肌をさらすのですから、皆さんは部屋から出ていってください。またこの医術は秘中のものゆえ、決して覗きませんよう。もし覗いたら分かりますからね」


「結構ですわ。では我らは別室にて治療の結果を待ちましょう」


 そう言って、伯母さまは女中や簡雍さんを連れて別室に向かって行きました。

 甘夫人はニコニコ笑っております。


「か、甘夫人。大丈夫ですの?」

「ほっほっほ。面白い伯母さまねぇ」


「私たちには優しい伯母なんですけどね」

「そうでしょう。大切だからあんなに怒るのよ、愛してるからこそよ。でも私だってあなたたちの幸せは思ってるわ。私がきっと二人を一緒にさせてあげるから」


「でも甘夫人。私の傷は虎につけられたもので、そう簡単には治りませんよ?」


 私は肩を出して、深く傷付いた部分を出しました。


「ははぁ、なるほど」

「これでは将来まできっと残りますよ?」


「まぁまぁ。私に任せなさい」


 と、傷がないほうの肩をポンと叩くと、なにやら口をモゴモゴし始めました。


 う。まさかツバを付けて、ハイ消毒。とかやるんじゃないかしらね?


 しばらく口をモゴモゴして、目を右や左に動かしていた甘夫人でしたが、やがて舌をペロンと出しました。


 そこには金色の丸薬が二粒乗っていたのです。甘夫人はそれを手で取ると自分でも驚いておりました。


「あら二つも! きっと旦那の陽の()を受けたからだわ」

「な、なんですの? それ」


「これは私の身体の中で練った金丹(きんたん)よ。聞いたことあるでしょう。最高の霊薬よ。そんな傷なんて跡形もなく無くなっちゃう」

「え!? それが金丹ですの?」


「三百年の修行の賜物よ。さあ一粒飲みなさい。ここにお茶もあるわ」

「すごい。甘夫人ったら、なんでも出来ちゃうのね!」


「まあね。でも身体中の()を集めたから、金丹はあと五十年は出来ないけどね」

「そんな貴重なもの、いいんですの?」


「いいわよ。私はまだまだ生きるつもりだしね。さぁ飲んでご覧なさい」


 私は甘夫人から金丹を一粒受け取って、お茶と一緒に飲みました。金丹の味は無いようで有るようで。ほんのり甘みがあるような感じでしたわ。


 しばらくすると、肩の痛みはなくなり、傷痕も水を打った地面が乾いていくように完全に消えていきました。


「わあ! すごい!」

「ほほほ。良かったわね三娘。それじゃ、こっちの金丹も預けておこうね」


 そう言って、残った一粒を私の手のひらに置きました。


「え? いいんですの?」

「いいわよ。五十年経てばまた練れるし。それに旦那の愛を受けてれば、早めに練れるかもしれないしね。それは益徳や伯母さまが具合が悪くなったら使うといいわ」


「すごーい! ありがとうございます!」

「ほほほ。いいのよ。では伯母さまや簡雍を呼びましょうか」


 私は持っていた錦の巾着を開けるとそれに金丹をしまい、懐に隠しました。

 甘夫人に呼ばれると、伯母さまは駆け足ぎみにやって来て、私の肩を確かめました。

 すると傷痕がきれいさっぱり消えていたので、擦ったり叩いたりしておりました。あの、逆に痛いんですけど。


「どんな魔法を使ったのですの? こんなことあり得ないわ!」

「言いましたでしょう。秘中の秘だと。内容は教えられませんが、三娘さんの傷は治りました。さあ約束を取り交わして頂きますよ」


「くっ。くぅ~……」


 伯母さまは大変に悔しがっておりましたけど、仕方なく椅子に座りました。簡雍さんは文箱から竹簡と筆を出して、甘夫人の前に真っ直ぐ揃えて置きました。

 甘夫人は筆をとって舌を出しながらサラサラと約束の言葉を書きます。


「ええと『劉備旗下の張飛が中郎将になった暁には夏侯三娘を嫁に貰います』と、これで良いかしら? 卞夫人」


 と竹簡を伯母さまのほうへと向けますと、それを読んだ伯母さまは、筆をこちらに寄越すよう手を向けました。


「文言が足りないわ。期日も書かれてませんし」

「確か結婚適齢期でしたっけ?」


「いいえ。来年の建安三年よ。最初から三娘と話してましたもの。結婚適齢期などと個人差のある文言では許さないわ」

「確かに。では卞夫人に筆をお任せします」


 と甘夫人は伯母さまに筆を渡します。伯母さまは、竹簡に文言を追加しました。


『期日は建安三年中。また互いに別に好きな人が出来たら、無効とする』


 とさらに一文を書き入れたのです。


「あら、ちゃっかりしてますわね」

「当然よ。心変わりされたのに約束が継続されたら互いに不幸ですからね」


「その通りですわね。では私も名前を書き入れますので、お先に卞夫人がどうぞ」

「ふん。分かったわ」


 互いに名前を書き入れたものを、簡雍さんは文箱にしまいました。甘夫人はにこやかに立ち上がり、ペコリと頭を下げました。


「では本日は思いがけない面会を許された上に、婚約までしていただきありがとうございました。将来は当家と親戚になるのですから、仲良くいたしましょうね、卞夫人」


 と言って帰って行きました。

 いや、甘夫人、それ伯母さまを煽ってるゥ~。


 ベキリ……。


 え? 伯母さまのほうを見ると、団扇をへし折っておりました。こ、こわ!

 そして、私のほうにゆっくりと顔を向けると、ニッコリと笑います。私も合わせて笑おうとすると、急変! 夜叉の顔に変貌ですわ!


「三娘! 婚約が決まったのだから、ホイホイ出歩くのは許しませんよ! これからは花嫁修行に精を出して貰いますからね! なーにが市中巡回よ! 愛しい人に嫁ぐために毎日分刻みでしっかりとあれこれ叩き込みますからね!」

「は、はい!」


「まったく! 張飛なんかが中郎将になれるもんですか! そしたらあんなもの無効よ!」


 ひぃぃいいいい!!

 こ、こわい。これからは益徳さんにも会えず、伯母さまのしごきに堪えなくちゃならないなんて……。ああ辛いわぁ。

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