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第二十回 狐狸女傑 二

 伯母さまも怒り冷めやらぬ様子で、部屋の中を行ったり来たりしておりましたが、そのうちに使用人が伯母さまを呼びました。


「あのぅ、奥さま。お客さまですが……」


 使用人の声も、伯母さまが怖いのか控えめです。伯母さまもお客さまと言われて、胸に手を置いて深く深呼吸をして息を整えました。


「お客? どなたかしら?」

「それがそのぅ……」


「はっきりしないわね。どなた?」

「劉将軍の御内室(ごないしつ)さまだとか……」


「はぁ? あの流浪の居候、厄介者の劉備の妻ですって?」

「さ、さようで」


「あの男、徐州に妻妾を置いてきたのに、居候先で妻を得るなんてとんだ亡八(ぼうはち)だわ!」

「い、いかがいたしましょう?」


 それは狐の甘夫人がやってきたのです。伯母さまは、これ以上益徳さんの身内に関わりたくないのか、思いっきり苦虫を噛み潰したようなお顔をしてました。


「とは言え、無下にも出来ないでしょ……。客間に通しなさい」

「は、はい」


 伯母さまは使用人に甘夫人を客間に案内させ、ため息をつきながら応対に向かいました。


 私もこっそり覗こうと、止める女官たちを振り切って客間の隣の部屋に入り、窓の隙間から客間を覗き見しました。

 甘夫人は正装しており、兄者さん家中の文官さんを一人連れてらっしゃいます。文箱(ふばこ)を持ってますが、あの方のお名前なんでしたっけね?

 考えていると、伯母さまが女中二人を引き連れてにこやかに入って参りました。


 伯母さまが入るやいなや、座っていた甘夫人は立ち上がって深々と頭を下げました。


「これはこれは卞夫人。お初にお目にかかります。私は徐州牧の劉鎮東将軍が妻で、甘梅と申します。以後ご別懇にお願い申し上げます。それからこちらは私の従事(じゅうじ)簡雍(かんよう)と申します」


 あ、そうそう。簡雍さんだわ。益徳さんと幽州時代からのお友だちですわね。歳も一緒の幼馴染みって感じの人だわ。


「それはそれは丁寧にありがとうございます、甘夫人。劉将軍が益々ご盛栄でありますことをご祈念致しますわ。で、本日は何用でございますの?」

「ははぁ、さすれば当家の張益徳にございますが、貴家で苔刑(ぼううち)のご折檻にあったとか」


「ええ。張郎中が職務を怠慢にしたどころか、あまつさえ当家の大事な娘を嫁に欲しいなど、耳を洗いたくなる言動に、本来なら斬って捨てるところを減刑して苔刑(ぼううち)に致しました。本日は当家の厚情にお礼でもいいに来たのかしら? それには及びませんことよ」

「いえまさか。益徳は貴家のお嬢さまを命をかけて護衛し、さらには今後の人生をかけて守ることを誓ったのです。三娘さんは当家に頂戴致しますが構いませんね?」


「おや私としたことが、よく聞こえませんでしたわ。なにやら変なことをおっしゃったようですけど。今は忙しいのでお引き取り願えます?」

「あら忙しいのであればお手伝いいたしましょうか? こう見えて家事は得意ですの」


「結構ですわ。お客人に手伝わせたとなれば夏侯の家の恥でございますから」


 な、なにやら一触即発ですわ! 顔は笑っていても目が笑っていない。二人とも絹を張った団扇をゆっくりと動かしながら落ち着いた様子ですが、狐と狸の化かし合い! あ、そうなると伯母さまが狸になっちゃいますわね。

 ああん。そんなことどうでもいいですわ! 甘夫人ったら、益徳さんと私の結婚を応援してくださってるみたいですわね。でも伯母さまには火に油。ただいま大炎上中です!


「早速、益徳と三娘さんの結婚の日取りをお決めしましょうよ。とはいえ、三娘さんは若いですから、とりあえず婚約という形で──」

「お止めになって! 結婚なんておぞましい。虫酸が走りますわ」


「あらどうしてですの? お互いに好き合ってるなら別に構わないんじゃなくって?」


 甘夫人、最高ですわ! そうそう、その通り。もっと頑張って、甘夫人。かーん夫人、甘夫人。


「お止めくださる? 犬や猫じゃあるまいし、好きだから結婚だなんて」

「あら結婚に愛は関係ないですの?」


 そうよ! 愛は大事よ。


「関係ないですわ」


 そう。関係ない。

 うええええええ? 伯母さま、関係ないですの?


「あら結婚に愛は関係ございませんの? では何が必要かしら?」

「夫たるもの、家庭や家族を守らねばなりません。それには社会的地位も名声もお金も必要だわ。失礼ですが、劉将軍はどれも持ち合わせておりませんでしょう? その部下の張飛なんて、さらに何もない。そこへ、この夏侯家の娘が嫁へだなんて。天下が笑いますわ」


 ヒドイ。何もそこまで言わなくても~。

 伯母さまはさらに甘夫人を攻めました。


「天下はもはや我が主君、曹閣下の手中にありますわ。なんと言っても漢の大大臣、三公(さんこう)の司空ですからね。漢の意思は曹閣下の意思。我が家はその曹閣下の側近! 私は曹閣下の正室の妹! この家がどんな地位にあるか、これで分かったでしょう!」


 おおおおー……。怖い。そうなんですよね~。ウチって、やっぱり結構な家柄なんだわ。私と益徳さん、やっぱり一緒になれないのかしら……。


 しかし甘夫人は顔色を変えずに答えました。


「ほほほ、確かに曹操どのは大大臣、司空閣下でいらっしゃいます。貴家の夏侯淵どのはその随臣で校尉の重責。その奥方のあなた様は閣下の奥様の妹君」

「そうらごらん。我が家は天下の夏侯家。三娘はその一族の娘なのだよ」


 それを聞いて甘夫人は白い歯を見せてニッと笑います。


「しかし、漢は劉氏の天下。ましてや我が夫劉備は落ちぶれたとて、中山王の末裔にて天子の同族。漢の高祖は言われました。劉姓以外は王公(おうこう)に定めてはならんと。我が夫はその劉姓の皇室の血統なのですよ。益徳はその夫とは義兄弟の間柄。大大臣の随臣と、皇家の義弟。家格は釣り合わぬわけがございません。三娘さんが益徳に嫁いだとて、なんら恥ずかしいことはございませんわ」


 なーがい。セリフが長いですけど、これは伯母さまには効いたみたいですわよ! 甘夫人、ファイト! かーん夫人、甘夫人。


「まさか夏侯家は漢の臣下でありながら、曹家を重んじ、劉家を軽んずるお立場ですの? それを天下が聞けば天下のそしりを受けるのは、夏侯家ではなくて?」

「お 黙 ん な さ い!」


 でた! 伯母さまの必殺技、雷一閃! いや、雷ではありません、声でした。

 伯母さまは、美しい顔を鬼のようにして甘夫人を睨みました。


「当家ではね、張飛がもしも比二千石の中郎将になれたら、三娘を嫁にしてもいいと考えてましたの。しかし結果はどうかしら? 出世は出来ずに、三娘の美しい肌は傷痕が残る身体になったのよ? そんな者に大事な三娘をやれますか!」


 それを甘夫人はニッコリ笑って即座に答えたのです。


「では三娘さんの傷痕が今すぐ治り、張飛が三娘さんの結婚適齢期までに中郎将になればよいのでしょう?」


 ど、どーん!


 え? 甘夫人、そんな大見得きっても大丈夫ですの?

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