第十七回 竹葉楼の怪人 三
次の日。
そんなことがあったなんて知らない私は、今日こそは益徳さんに会おうと決めておりました。そして益徳さんが悩んでいるなら支えてあげたいと考えていたのです。
私は使用人の一人を捕まえました。
「ちょっと。金五」
金五という使用人は、放し飼いの鶏を集めて餌をやっておりましたが、手を止めて走ってきました。
「どうなさいました? お嬢さま」
「私、今から出掛けるのよ。でもいろんな所を巡りたいから、あなた車を引いてくれないかしら?」
「ああ、当然でございますよ、お嬢さま! 暫時お待ちください!」
金五はそう言うと、暫くしてから一人乗り用の車を引いてきました。人力車ですわね。私はそれに乗ると、金五は走り出して門を潜りました。
「お嬢さま、どちらへ?」
「そうね。まずは鎮東将軍の劉備さまの客舎に行って頂戴」
「合点承知でさァ」
少し走りますと見慣れた門です。その前に車を止めさせ、私が一人で門をくぐり、益徳さんの姿を探します。
当然見当たりません。やはり私を避けて市中に出ているのではと思い、主婦の甘夫人を探すといつものように使用人に家事を命じていました。
「甘夫人、ごきげんよう」
「あら三娘、おはよう」
「あの~張飛さまは?」
「益徳ねェ、もう公務に出たのよ」
「やっぱり私を避けてかしら?」
「うーん、今日はそれよりも使命感に燃えてるって感じの顔だったわねェ。理由を聞く前に飛び出してしまったから分からないけど」
「使命感?」
「そう。昨日みたいな心の乱れを抱えてみたいな感じではないわねェ。どちらかというと仕事に行く顔だったわ」
「あら……もう私のことはどうでもいいのかしら……?」
「どうかしらね? それよりも急務なんじゃない? 人には言えない何か、と言うような」
「一体なんでしょうね? 探してもいいかしら?」
「もちろん。馬には乗ってなかったから市中にいることは間違いないわ」
「分かりました! ありがとうございます!」
「ええ。しっかりね」
甘夫人に暇乞いをして、私は客舎を飛び出しました。闇雲に探しても見つけられるものではありません。ところどころで、人に聞きながらです。
「もし。そこのかた」
「なんでしょう。夏侯のお嬢さま」
あら私って有名なのねぇ。まぁ思い当たる節はあるわね。いつもこの辺は走り回ってるから。
「張郎中は知ってるかしら? 劉備さまの義兄弟の張飛さまよ?」
「ええもちろん知っております。お嬢さまといつも一緒におられる偉丈夫な殿方でしょう」
「知ってるなら話が早いわ。本日、張郎中のお姿を見たかしら?」
「ええ見ました」
「どちらに行かれました?」
「東のほうですね。何やら鬼気迫る顔をしながら空き家を覗いたりして闇雲に走っておられましたが」
「空き家を?」
「ええ。数軒の空き家を覗いては首をかしげ、裏通りを見ては首をかしげ」
「人がいなさそうなところを……。どうしてかしら?」
「さあ~、それもお仕事でしょうから」
「そうね。ありがとう。また探して見るわ」
町の人から話を聞いて東の方角へ。そこでまた人に聞き、人に聞きで車を進めて行くと、やがて大きな楼閣が見えてきました。
そこでも人に益徳さんの居どころを聞いてみました。
そのかたは、町人ではありましたが、きれいな黒い服を纏い、太い眉に輝く双眸がありまして、立ち居振舞いは見事でした。
「もし、そこのかた」
「はい。夏侯のお嬢さま」
「聞きたいことがあるのよ。少し時間を頂けるかしら?」
「お嬢さまが聞きたいのは張郎中の居場所でしょう?」
「あらよく分かるわね」
「もちろん。私は玄刃と申しまして張郎中とは飲み友達でしてな。張郎中は我が家を貸して欲しいとのことで、今は拙宅に居ります。そして、お嬢さまを待っておいでなのです」
「え? 私を?」
「さようでございます」
いやーん。益徳さんたら。つれない人だと思ったら、私と二人っきりになりたかったのかしら? キャッ!
「ではこちらです」
玄刃に招かれた場所は三階建ての古い楼閣で、額には『竹葉楼』と書かれておりますが、ひと気はありません。
「本当にここに居られるの?」
「ええ。張郎中はお嬢さまと二人きりで話したいことがあると中でお待ちです」
「あらホント?」
私は顔を赤らめていると、玄刃は扉を開けてくれました。しかし中は薄暗く灯りはありません。
「あら暗いわよ?」
「その通りです。張郎中は人目につかぬよう、灯りを消して欲しいとのことでしたので」
その時の私は、益徳さんがそこまで準備してお話したいということは、将来のことを話すのではないかと胸をときめかせておりました。
そして楼閣に足を踏み入れます。当然、使用人の金五もついてこようとしましたが、玄刃は金五の胸を押して楼閣に入れることを拒んだのです。
「お前はよい。張郎中はお嬢さまと二人でお話したいそうだからな」
「し、しかし、お嬢さまの命令でなくては……」
と一度、金五は食い下がったので、私は振り向いて言いました。
「金五。いいのよ。あなたは車を守ってなさい」
「は、はい。お嬢さま」
だって益徳さんが私と二人っきりでお話したいそうなんですもの。
私は首を左右に振って益徳さんを探しましたが暗いためによく分かりません。すると後ろにいた玄刃が扉を閉めて錠を下ろしてしまいました。
「げ、玄刃さん。張飛さまは?」
玄刃は、微笑みながら指を射します。その方向を見ると机があります。
目が慣れてきたのか、ぼんやりと机の上には竹簡が置いてあるのが見えました。
竹簡とは、昔の書類とか書籍ですわね。竹の板を紐で繋いで丸く閉じます。その竹の板に文字を書くわけです。
「竹簡? 張飛さまからの手紙かしら?」
「どうぞ中をお検ためください」
私は暗いながらも竹簡を手にとって中を開きます。なにやら一枚、一枚に文字が書いてあります。
兎 高駆 二歳
猪 褚牙 八歳
鳩 宮元 二歳
鯉 里乾 四歳
犬 大点 七歳
人 顧仲 二十八歳
なにやら動物やら人の名前と年齢が書いてありました。そして最後の新しい板にはこう書いてありました。
人 夏侯三娘 十一歳
私の胸はドキリと鳴って、玄刃のほうに顔を向けます。すると玄刃はニヤリと笑いました。
「先ほど私が認めたのです。お嬢さま。あなたの名前に間違いはありませんね?」
そして、一歩一歩と私に近づいて来ます。私は後退りしましたが、壁があってそれ以上下がることは出来ませんでした。
「これが運命なのですよ、お嬢さま。そこに書かれているものたち同様、私に喰われるのです」
そう言って玄刃は私の肩を掴みました。




