第十三回 古廟の女怪 二
やって参りましたのは許の外れにある甘家荘という土地です。その名の通り『甘』の姓の人が多いのだとか。
益徳さんが人に聞いて回ると、果たして古い后土廟がある場所が分かりました。
やっぱりこの土地の皆さんは恐れて近付かないみたいですわね。
后土廟というのは、后土という女神を祀ったお社のことです。
昔に建てられたそれは、篠や竹藪に囲まれて道すら失っており、ひっそりと佇んでおりました。いわゆる破れ寺という状態です。
どうも夜になると、女怪が現れて、藪の前で男性の袖を引いて廟の中に連れ込むのだそうです。
外から見ますに、屋根は半分崩れてるし、格子もほとんど破れてる。中を見ると祭器やご本尊なんかも盗まれたのか何もなくガランとしておいででした。
「誰も居なさそうだな。オイ! 幽鬼さんよォ!」
きゃー! 怖い。居なきゃ呼んじゃおうのスタンス怖い。皆さんはホラースポットでこんなことしちゃいけませんわよ!
「たのもう! 誰かいねぇのかい?」
『うるさいねぇ。聞こえてるよ。遠慮せずに入ってきたらどうだい』
ゾッとしましたわ。本当に声が聞こえてくるんですもの。益徳さんはというと──、全然平気そう。にこやかに格子戸に手を掛けて入ろうとしております。
「とぅあーー!! 張飛さま?」
「ん? どうしたい、お嬢ちゃん」
「入りますの?」
「入るさ。入れって言ってるもん」
そう言いながら、格子戸をさっさと開けて、中に入ってしまいました。私も遅れてはなるまいと、益徳さんの服にしがみついて中に入ります。
『いらっしゃい。ふふふ。男が自ら入ってくるなんて珍しいこった。みんな恐れて近寄らないというのに』
いたーーーー!!
見ると、美しく若い女性が薄着一枚で床に寝転び、片膝をたてながら私たちを挑発的に笑っております。こわわーですわ。
このかたが幽鬼なんですの?
「お前さん幽鬼なのか? 人に悪さをするなら懲らしめるぞ?」
『何を言ってやがんのさ。私の前ではどんな男もイチコロ。やれるもんならやってみやがれ!』
「まぁそう興奮するねィ。まともに話も出来ねェやな。オイラ女に手を上げたかねェぞ?」
『アアそう。だったら好都合──』
女怪さんの目が妖しく光りますと、益徳さんはゆっくりと膝を折って前に倒れてしまいました。
女怪さんはいやらしく笑いながら立ち上がると益徳さんを足で蹴ります。すると益徳さんは仰向けの形になりました。
「ど、どう言うことだ? 身体が動かねぇ」
『フフン。長い修行の成果よ。アンタに術をかけた。当分口以外は動けないでしょう』
「どうするつもりだ?」
『どうもこうもない。アンタにゃ極楽を味わって貰うよ。男の活力、生気を頂戴する。アンタは丁度いいエサさね!』
女怪さんは益徳さんに馬乗りになりました。益徳さんは動けないようです。私は怖くて動けませんでした。身体は震えて心の臓は激しく打ち鳴らされておりました。
『彼女連れでこの廟で一体ナニをするつもりだったんだい? よーくアンタの醜態を彼女に見て貰いな!』
た、た、大変! これは男女のアレをするつもりなんですわ! そして私は彼女? いやーん。そう見えちゃいます?
いや照れてる場合じゃない。益徳さんの貞操の危機ですわ!
私は女怪さんを見据えたまま、その背後に移動しようとするとコツリと足に何かが当たりました。見ると格子の切れっぱしです。私はしゃがんで下に落ちている、その格子の切れっぱしを掴みました。いわゆる角材というものですわね。
女怪さんは益徳さんの服を掴んで胸の部分を破っております。すると益徳さんの胸板が露出! イヤン。カッコいい。いやいや言ってる場合じゃないわ。
女怪さんは、その作業に集中しているのでこちらに気付いていないんですもの。
私は足音をたてずにゆっくりと近付き、棒切れを振り上げ、女怪さんの頭に狙いをつけました。
「えーい!!」
頭を狙ったものの、慣れないものですから肩に当たってしまいました。私は驚いて棒切れを床に落としてしまったのです。ピンチ!
女怪さんは振り返って叫びました。
『なにしやがんだい! 先にお前を喰ってやろうか!?』
すると私も益徳さん同様動けなくなり、膝を折って前屈みから崩れるように倒れてしまいました。
やだ! やっぱり兄者さんの言う通り、人ならぬものにむやみに近付いてはいけなかったのですわ。
『ひぇぇえええーー!!』
え。叫んだのは私じゃありませんわよ? 見ると女怪さんが益徳さんに片足を捕まれて宙に吊り下げられております。
「なんだ動けるじゃねぇか。さっきのはオイラの気の迷いか?」
いやいや、私は動けませんよ? そうか! 分かったわ!
「益徳さん! その人の術は一人にしかかけられないんですわ!」
「なるほどそうかい。今はお嬢ちゃんにかけてるからオイラにはかからないと。お前さん、一体何者なんだ。正体を見せやがれ!」
すると観念したように、女怪さんの姿はドロンと変化し、そこには狐が吊り下がっておりました。
「なんでぇ。狐じゃねぇか。どうしてこんな悪さをしたんだ?」
『あああ、お許しください。私はこの地に住む女狐でして、三百年生きて術が使えるようになりました。しかし、最近では人間が私の境に入ってきたので、追い払うためにこんなことをしたのです』
「なるほどなぁ。この辺はお前さんの縄張りか」
『さようでございます。ですから出ていけとは無体なお言葉なのです』
「そーかぁ。しかし、司空閣下がここは取り壊すって言ってるみたいだぞ?」
『え??』
「お前さんの悪さがお上の耳に入ったのよ。悪ィことァ出来ねェなァ」
『お待ちください。そしたら私はどこに行けばよいのでしょう?』
「そこァオイラから世話は出来ねェなァ」
『ああなんという無情! 住む場所を、故郷を逐われ生きる希望もありません。それともどこかに陽の気の強い男はいないものかしらァ? それともアナタが私の旦那さんになってくださいません? 度胸も腕っぷしも強そうですし』
「オイラがお前さんの婿に?」
『そうですよ。ここで会ったのも天から与えられた運命ですわ』
ちょちょちょちょ待ってよ! 益徳さんに嫁ぐのは私なんですからね!
「うーん、結婚ねェ……」
『アナタ出世しそうだし。ねぇいいでしょう?』
「まぁ困ってるなら……」
「ちょっと待ってください!」
いやいや益徳さん、腕組みして何決めようとしてるの! 私の立場はどうなるのよ。もう!
「どうしたんでィ、お嬢ちゃん」
「張飛さま、彼女の婿なら私にあてがございますわ」
「なに本当かい? いや気の毒だから思わず受けちまうところだった。だったら、その婿さんのところに連れていこう」
ホッ。よかった。狐さんもこちらを見てニッコリと笑ってくださいました。
『あらお嬢さん、本当ですの? 嬉しいわ。私は姓は甘、名を梅、字は仲静と申します。以後よろしく。お二人のお名前は?』
「オイラは張飛。字は益徳でい」
「私は姓は夏侯、名を三娘、字は季香ですわ」
互いに自己紹介をしてみますと、この狐さん、悪い人じゃないみたい。
「ところでお嬢ちゃん、どんなヤツが甘梅の婿なんでィ? 先方に断りもいれずに大丈夫なのかい?」
「大丈夫。先方は美人なら幽鬼でもいいという、守備範囲の広いひとですの。ふふふのふ」
それはどんな人か、皆さん分かりますわよね?
◇
さてさて、狐の甘梅さんを連れて兄者さんの客舎に帰りますと、甘梅さんは飛び上がって喜んでおりました。
「まあ、なんて素敵な広いおうち! 人もたくさん! ねね、三娘。どなたが私の好い人なのかしら?」
「えーとですね、あ。いたいた」
私が手を振ると、遠くで兄者さんも笑顔で手を振り替えしました。
しかし、隣に甘梅さんを目ざとく見つけると、ガラリと雰囲気が変わり、顔はクールに装い、途中で髪を手櫛で整えながら颯爽とこちらにやってきたのです。
「やあお帰り益徳。それから三娘さん。ところでこちらのかたは?」
「劉備さまがお部屋さまが欲しいと仰ってたので、こちらのかたをご紹介に参りましたの」
「そんな欲しいだなんて。しかし、このような佳人は見たことがありません。私は徐州牧にて鎮東将軍、血筋は中山王劉勝の末裔で、劉備、字を玄徳と申します。お嬢さんのお名前は──?」
全力! 全力の自己紹介。長いですわ。途中で聞くの飽きちゃった。
こりゃさすがの甘梅さんも引いちゃったかしらと思って顔を見てみますと、トロンとしております。
まさか、兄者さんの魅力お化けに引っ掛かっちゃった?
「ああ、私は姓は甘、名は梅、字を仲静と申します。住む場所を失い、身寄りもなく、夏侯のお嬢さまの紹介でここに参りました。劉備さまに会う前は不安でしたが、こうして来てみますと大変に様子のいいかたで、まともに顔を見ることが出来ません」
あらあら、こりゃあっという間に相思相愛だわ。めでたしめでたし。
「住む場所も身寄りもないなら、あなたのために部屋を与えます」
「本当ですか? その胸にすがるばかりです」
「では早速すがってみるが宜しいでしょう。お部屋に案内いたします」
「まあ、どんな部屋かしら?」
行ってしまいましたわ。まぁどちらもお化けですからうまくやるでしょう。
「うーん、あれでよかったのかなぁ?」
「よかったですわよ。劉備さまのあの顔をご覧くださいまし。とても幸せそうですわ」
「ああ本当だ。兄者が幸せならそれでいいかぁ」
これにて一件落着。これが後に兄者さんの後継者を産む甘夫人ですわ。
「それはそうとお嬢ちゃん」
「え?」
見上げると益徳さんの顔がニッコリと笑っております。
「お嬢ちゃんの機転が聞かなくちゃ、甘梅の術がどんなものか分からんかったもんな。さっきの廟では助かったよ」
と、私の腰をポンと叩きました。
ややややや、エッチぃ! 益徳さんったら、私の腰に興味がありますのぉー!?
と私がお尻を押さえて顔を赤くしておりますと、
「やや。お嬢ちゃんは怖いもの知らずの男勝りだと思ってたが、女だったもんな、こりゃスマン」
……点、点、点……。
いや、そっちのほうがよっぽど失礼ですわー!!




