弐拾捌
龍牙の提案は好きにしろと言った裂だが、数日経ち年も明けた翌日に四鬼からの連絡で龍牙が動いた事が分かった。
ステルス妖魔がどのような経緯で産まれたのかがネット上に書かれており当時の研究に使われた学習塾と研究所の写真が添付されるという。
ネットの情報なので鵜呑みした者は限られているが一定数は真実だと言い、一定数より過激に脚色された情報を真実の様に拡散している。
相手にするのも馬鹿々々しい妄想も有り四鬼は放置する事にしている様だが既に一部のマスコミはニュースに取り上げ、警察機関全体への説明責任について言及している。
誰に対する説明責任なのかは不明だが過激な発言で視聴率を取りたがるコメンテーターも居る。義務的に同じ番組に出演した業炎鬼の代表者は『調査が完了するまで好きに妄想していろ』と突き放しておりその態度に激昂したコメンテーターに対し『誤った情報が欲しければ自分で好きな様に調べろ』と続けた事で番組が中断される事態にも成った様だ。
ネット上への書き込みはネットカフェから匿名のメールアドレスで行われており、四鬼の捜査権限に於いてネットカフェの監視カメラとSNS運営会社への情報開示は既に行われている。
妖魔の案件は集団の命に関わる案件の為に個人のプライバシーを無視される。今回も四鬼の情報開示要請に従わない場合は運営停止の措置が行われる為に2社は直ぐに情報開示を行った。
現在は四鬼の管轄で情報の精査が行われているが、四鬼側は今回拡散された情報について重要視していない。
それはニュース番組での業炎鬼代表者の発言からも明白であり、反応する相手が居ない為にネット上での騒ぎも限定的だ。
そんな状況で裂は四鬼より池袋駅地下に設置された会議室に呼び出されていた。
相手は竜泉、斧前、佐右ヱ門の四鬼が3人と成っており裂には逃走も許されない状況だ。
……扉の前を扉よりデカイ奴で塞ぐなって。
扉に背を預け逃道を塞ぐ佐右ヱ門に胸中で悪態を吐いた裂は促されたままにパイプ椅子に座り正面の竜泉と斧前に視線を向けた。
「よう、数日で色々と有ったな」
「有ったのはお前達だろ」
「ま、その通りだ。極一部の知った所で何も出来ない連中が状況を教えろって色んな方法で連絡して来るよ」
「そう言い返してやれば良い」
「勿論、言い返してるぜ。ついでに着信拒否だ」
「アカウントを変えて連絡してくるか?」
「そうそう。いやぁ、凄いね馬鹿の考える事は分からねえや。ま、四鬼のHPで公式に電話とメールは人手不足で個別対応不可って書いて電話線も引っこ抜いたけどな」
「どうせ警察の方に行くだろ」
「そうそう、お陰で警察上層部と四鬼上層部でバチバチよ」
「愚痴が言いたいなら他の相手を探せ」
「まあまあ、ちょっとしたジャブだって」
裂の明確な拒否を物ともせずに竜泉はヘラヘラと宥める様に手を動かして背凭れに思い切り背を預ける。
「まずは俺達が担当する筈だった妖魔を潰してくれた礼を言わせてくれ」
「先に潰して欲しいもんだ」
「いやぁ、面目無い。でだ、今後は俺達も最後の1体に注力する事に成った」
「そうかい」
「まあ最後の1体だし他に担当する事も無いってだけだがな」
「人手不足が透けて見える癖に良いのかよ?」
「良いの良いの。どうも狙われてるのはお前さんぽいし、囮に使わせて貰うさ」
「恐竜妖魔ではお前達が先に狙われただろう」
「そうそう。いやぁ、東京近郊に居てくれるのは有難いが法則性が分からねえのが厄介だな」
「狙われそうな俺を泳がせて釣るくらいしか無いってか」
「そうそう。いっちょ大物を一緒に釣り上げよう、ぜっ!」
「ウザ」
両手を銃に見立てた竜泉がウィンクをしながら言葉に合わせて裂に指を向ける。
そのお笑い芸人の様な芝居がかった仕草に嫌な表情を隠しもしない裂だが、竜泉の隣に座る斧前も呆れた様子を隠していない。
「アンタ、これがバディとか大変だな」
「これで交渉が上手いから質が悪いんだ」
「おっと、お前らみたいな鉄扉面には言われたくねえぜ。佐右ヱ門さんも何か言ってやって下さいよ」
「絶風鬼系の性だ、諦めろ」
「ちょっと、フォローを頼んだんだけど!?」
四鬼の3人が茶番を始めた事を意外に思いつつ裂は斧前が薄く笑みを浮かべているのにも驚いた。
業炎鬼系の鬼は最も感情が無い機械の様な人格をしていると聞いていたが気を許した相手とはこんな茶番もするらしい。
裂が読んだ文献によれば現在の灰燼鬼は異端鬼だが明治時代初期には業炎鬼系の四鬼として扱われていた時代も有るという。そんな灰燼鬼の自分だって麻琴と茶番に興じる事も有るのだから他の業炎鬼系の四鬼も似た様な面が有るのだろう。
「で、俺に散歩でもしろって言うのか?」
「そうそう。あと、君に付けてる監視を減らそうと思ってね」
「言って良いのか?」
「いや~、この間は緋山が迷惑を掛けたでしょ? それに霞ちゃんとも色々話してくれたじゃん? やっぱ異端鬼と四鬼を近付けると良い事無いなって思ってさ」
「どうせ監視が有るのは変わらないんだろ。言われても言われなくても変わらない」
「よく分かってらっしゃる。ま、その分だけ他に人員を割きたいのさ。ほら、無駄に状況を引っ掻き回してくれた人が居るみたいじゃない?」
机に両肘を着いて下から裂を覗き込む様に笑みを浮かべる竜泉を鼻で笑い裂は頭の後ろに手を組んで背凭れに寄り掛かる。
恐らく、先日の龍牙と万丈との会合は遠目に見られていたのだろう。会話内容は把握していないだろうが読唇術等を使って裂が今回のリークに関わっていると疑っているのだろう。
本当に龍牙が事を起こしたか裂は知らないが高確率で龍牙が関わっているとは確信している。
四鬼側も裂の行動はネット上での動きも含めて監視しているので裂が何かしたとは思っていないだろうが、状況の中心に居るとは思っているのだろう。
……ま、ステルス妖魔については中心に居るのは確かだな。
深く考える前に思考を放棄して竜泉に向き直った裂は直球で行く事にした。
「俺がリークしたヤツに心当たりが有ると思ってるんだな」
「まぁね。ただ君も影鬼内で大変だろうし言わなくて良いよ」
「そっちで勝手に調べるからって?」
「そうそう。どうせ君から証言を取っても調べないといけないのは同じだしね、変に疑念の有る状態で調べ物をするくらいなら自分達で信じたい情報を自分達で集めるよ」
「そうか、助かる」
「心当たりが有りますって言ってるようなものだけど、気にしないんだね」
「どうせ影鬼側だって俺からある程度の情報が漏れるのは覚悟してるだろ。それに俺も真実を知ってる訳じゃねえし話したところでお前の言った通り四鬼は好きな様に調べるだろ」
「意見が合うじゃないか。じゃ、ちょっと君に歩き回って欲しいエリアを送るよ」
そう言って竜泉がスマートフォンを操作すると裂のスマートフォンに着信が有り四鬼から複数の位置情報が送られてきていた。
東京駅、新宿駅、池袋駅、立川駅、八王子駅の5つだ。
「日中の人口密度が凄い所ばかりだな」
「まぁ人が多い所で四鬼側の監視を付け易い場所を選んだだけだよ。渋谷と品川も候補に有ったから、その5つで駄目だったら追加かな」
「無い物の証明なんてどうすんだよ」
「1回ずつ適当に歩き回って貰って切り上げて良いよ。妖魔が移動してたら場所を指定しても意味が無いしね」
「成程」
しかしこの程度の話なら呼び出す意味は無くメッセージだけで済ませれば良いはずだ。
その事に疑問を覚えてスマートフォンを見ながら眉間に皺を寄せた裂に竜泉が補足した。
「この部屋は実は電波に対して特殊な処理が施されててね、今のデータは普通のネット回線を使っていないんだよ。俺の指示で君のスマホに中継基地とかを経由しないでダイレクトにデータを送ったの」
「はぁ」
「ちょっとしたハッキング対策らしいよ。サイバー室からは気休めだって言われてるけど上層部の爺さん達に対するアピールさ」
「その度にここまで呼び出される奴等の気持ちに成って欲しいもんだ」
「そうだね。俺もこんなジメジメした場所には来たく無いんだけど、組織って面倒だ」
そう言って竜泉と斧前が立ち上がり、顎で扉を示した。
話は終わったと判断した裂が立ち上がり振り返れば佐右ヱ門が扉を塞ぐ位置から移動しており帰る事を容認した姿勢を示している。
やっと終わったと溜息を吐く裂だが四鬼側の3人は特に何も思わずに去って行くのを見送った。
年始で普段とは客層の違う池袋駅の構内を歩きつつ、裂は面倒が続く事に再度溜息を吐いて帰路に着く。
年始にも関わらず不景気な様子の裂に気付いた周囲の人々は同情の視線を向け、裂はそれを全て無視して電車に乗った。
▽▽▽
四鬼が適当に指定した駅を1日1駅を散歩してみた裂だが特にステルス妖魔に遭遇する事は無かった。
成人の日も近付いてきた中で更に渋谷駅、品川駅と他にも山手線の駅を複数指定された裂は高田馬場駅等で1日3食ラーメン等の高カロリー生活を送ったがステルス妖魔の気配も無いまま新学期を迎えた。
3学期は短く、進路希望の提出も有る。
流石に本音でフリーの異端鬼と書く訳にはいかないので教員に突っ込まれない程度に無難な進路を書いておいた。大学進学か家業を継ぐと書いておけば面倒は少ない。3年に成ってから大学受験の様子が無いと担任や進路相談の教員から何かを言われるかもしれないが、その時はその時だ。
相変わらず四鬼の監視は居るので人との接触は最低限に控えた1月末、裂は再び池袋駅地下の四鬼が用意した会議室に呼び出されていた。
影鬼からも連絡が有り今回は近くの会議室で打合せしている様で互いに近付かない様にとのお達しだった。
……そもそも影鬼側の動きが分かってるなら場所か日付をズラせよ。
わざわざ連絡してくるので何か理由が有るのだろうが裂からしたら面倒な情報を増やされる方が困る。
溜息を吐きつつ地下へ続く関係者以外立ち入り禁止の扉を見つけると四鬼の黒子が待っており会議室に案内された。都心の駅地下には妖魔が発生し易い場所を用意している筈なので黒子1人で行動させるとは考え辛い。
体良く黒子のボディガードにされた事に気付いた裂が席に着きながら溜息を吐くと先日と同様に竜泉が感情の読めない笑みを浮かべている。その隣では以前と同じく無表情の斧前が腕を組んで座っているが、裂に対して少し同情的な視線にも見えた。
「いやぁ、今日もわざわざありがとうね。あ、今日は影鬼の人達が別室で見てるからね」
「は?」
「へぇ、君でもそんな風に驚くんだね」
「どっちかって言えば嫌がってんだ」
「おいおい、自分の居る組織だろう?」
「アンタと会話している姿を見られるのが嫌だ」
「気持ちは分かる」
「相棒が冷たい」
「コントがしたいなら大阪でやってろ」
「いやいや、業炎鬼系は大阪でもこの調子だよ」
「だろうな」
大阪の空気に業炎鬼の様な堅物が入れば見る側は面白いだろうが当人達は笑えない空気に成りそうだ。
鼻で笑った裂が背凭れに寄り掛かり相当に無礼な態度で視線だけで竜泉に先を促す。
裂として少し意外だったのは背後で扉を塞いでいる雷電佐右ヱ門から何の感情の向けられていない事だ。轟雷鬼系は感情を我慢しないと有名なので無礼な態度を取れば胸ぐらを掴まれるかと思ったが何も無い。
首だけで後ろを向いて見れば、何故か斧前とは違い明確に同情的な視線を向けられている。
「なあ、勘違いなら良いんだが、俺に同情してないか?」
思わず振り返って斧前と竜泉に向けて問い掛けると斧前は目を閉じ、竜泉はわざとらしく横を向いて口笛を吹き始めた。
「おい、何をさせる気だ」
「まあまあ、カツ丼食べない? 何ならウドンも付けるよ?」
「取り調べの食事は個人負担だろ」
「大丈夫、俺の奢りだ」
「賄賂かよ」
静かなノックの後に会議室に案内してきた黒子がカツ丼とウドンをお盆に乗せて運んでくる。
冗談かと思ったが本当に運ばれてきた食事に目を見開いた裂が警戒心を強くする中、竜泉と斧前の前にも蕎麦が出され佐右ヱ門もバーガーを受け取り食べ始めた。
「お前らの飯のついでかよ!」
「いやぁ、実は多忙でここ2食抜いてたんだよね。腹減っちゃって。あ、君の分は本当にコッチ持ちだし、好みが分からないから適当に選んだよ」
「もう良いわ」
諦めて提供されたカツ丼とウドンに箸を付ける裂だが同情された理由が不明なのは変わらない。そもそも影鬼所属の異端鬼が四鬼から司法取引を持ち掛けられるだけでも不幸なのだ、今更これ以上の不幸とは想像が付かない。
食事中はあまり話さないつもりの四鬼3人に合わせて裂も問い質す事はせずに食事を終える。
いくら裂が若いとはいえ四鬼達とはメニュー的にも食事の速さに差が出る。3人の事を待たせる事に成ったが、メニュー選びが悪いと判断して待たせる事は気にせず食事を済ませた。
裂が食事を終えて一息吐いたのを見計らい、竜泉が机に両肘を着いて前に乗り出してくる。
「さて、君には申し訳無いが、池袋地下迷宮に挑んで貰いたい」
四鬼が管轄する妖魔の巣窟、そこに挑めとは確かに同情したくもなる内容だった。




