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弐拾七

ステルス妖魔の4体目を討滅したクリスマス当日から2日後、年末年始で公務員は多忙な筈の時期に裂は新宿駅周辺の喫茶チェーン店に来ていた。

呼び出し人は雷電佐右ヱ門という四鬼で呼び出され先に待っていた霞が硬い表情で4人席に着いた。


「一昨日はありがとう」

「どーも」


年末の13時30分なので社会人はほぼ居ないが学生客やバイトが居る。

その為、霞は敬語は使わず裂は必要以上に生意気な態度は取らなかった。

霞の前には珈琲が置かれており、裂は好きに頼んで良いと言われたので適当に珈琲を頼む。


「今日は何で呼ばれたのか知っているかしら?」

「いや、聞いてない。知らない奴から連絡が来てたぞ」

「まとめ役の佐右ヱ門さんね。後はそっちの人が確認用で1人来ますよ」

「へぇ。知らない所で接触してるんだな」

「私達も充分に接触していると思うわ」

「ああ、必要以上だな」


裂の珈琲が運ばれてくると霞の言った通り雷電佐右ヱ門が現れ、その直後に潤が合流した。

喫茶チェーン店では有るが少々高額に設定されているので4人席は広い。4人分のドリンクと軽食を並べても余裕が有る程度だ。

佐右ヱ門の体格の良さに警戒する裂だが本気でこの店で問題が起きるとは思っていない。霞も佐右ヱ門も仮にも行政機関の人間だ、喫茶店の様な四鬼にも影鬼にも関係無い人の居る場所で暴れるとは考え辛い。


「で、俺以外が直接会うのって良かったの?」

「良いんです。と言うか貴方より先に接触していますよ。この2人とは仕事では初見ですが」

「そうね。潤がまさかそっち側だったなんてね」

「いや~、霞にはあと2年はバレないと思ってたんだけどね」

「青山に教えるには立場上は問題が有るからな。こんな仕事が無ければ俺から教える事は無かっただろうな」

「なあ、何で俺はこんな面倒な面子の中に放り込まれたんだ?」


裂としては敵対組織の厳つい男、敵対組織の面倒な女、味方組織のよく知らない女に囲まれて居心地の悪さが凄い。

しかも佐右ヱ門の体格、霞の胸、潤の美貌で変に注目を集めているのだ。

今直ぐに帰って良いと言われたら素直に帰る。


「まあ簡単に言えば顔合わせだ。状況は進んでいるのに解析が進まない状況に困っててな、また変化が有った時に直ぐに声を掛けられるようにしたかったんだ」

「そこに共通の知り合いが居るじゃないか」

「青山だって休みは有る。複数の顔見知りが居ると対応の速さが違う事は分かるだろ」

「分かった。ならもう良いんじゃないか? 珈琲を飲み切ったら帰らせてくれ」

「協調性も堪え性も無い男だな」

「有ったら有ったで意外に思うんだろ?」

「……感想を持つ事が間違っていると?」

「そっちの女には言ったが、俺はアンタ達に付き合う為に今は友人との接触を断っている。そんな状況で協力も何も無いだろ?」

「お前が最初からそんな立場に成らなければ良かった話だろ。人のせいにするな」

「俺にはこれ以外、生きる術が無かった。ああ、アンタ達は職業的に仕事以外での人の生き死にには興味が無いんだったか」

「……何を抱えている」

「教えねえよ。ほら、あんまり怖い顔するなって、他の客から注目されない内にさっさと解散にしようぜ」

「……良いだろう。今後も呼び出した時には出て来い」

「了解」


それだけ言って裂は佐右ヱ門の自己紹介を聞く事もせずに席を立った。会計は事前に霞から四鬼側が持つと言っていたので払う気は無い。

潤は残っている様だが霞と知り合いだと以前に言っていたのを思い出して話が有るのだろうと解釈し、意識の外に放り出した。

近くに居て後で鉢合わせるのは嫌なので電車に乗って八王子方面に移動し自宅の最寄り駅で降り、帰宅する。

霞が居ても妖魔に巻き込まれないタイミングが有るのでステルス妖魔に襲われる状況が分からない。

今までの状況から裂は自分か霞が狙われているのは確定として、霞よりも自分がメインの得物にされていると思っている。


……ステルス妖魔が迷宮に引き込む時はいつも俺を見ていた。巨乳黒子が居る時が多いのは偶然だと思いたいが、4回は流石に多い。それに恐竜妖魔の時は俺より先に四鬼が数人で巻き込まれてる。


ステルス妖魔の出現条件は依然として不明だが、自分が狙われる条件を満たしている事は確かだろう。条件が複数有るのであればいくつかを満たしているのだろう。

面倒な事に成ったと家で頭を抱えていればスマートフォンに万丈から食事に誘う様な連絡が入った。時間的に夕飯には早いので本題は別に有りそうだ。

裂の4体目が思ったよりも早く出たせいで万丈の祖母が魔装の扱いについて聞きたいというのが本音かもしれない。


……片影家の人間から直接会いたい? この時期にって事は四鬼に見つかっても問題無い状況を整えているって事か?


影鬼の人間に合わない様に指示が有ったが、逆に向こうから声が掛かる事は想定していなかった。

今日も昼間にまさか図書館の職員が出て来るとは思っていなかったくらいだ。それも本気で顔合わせだけなのか早々に席を立っても止められなかった。

あんなにも簡単に開放されると不気味だという感想しかない。

盛大に溜息を吐いて外出用のボディバックを持って家を出て万丈から指定された近所のファミレスに向かった。


▽▽▽


裂が万丈に指定されたファミレスに着くと万丈は既に到着しており、4人席の正面には龍牙が居た。

麻琴について色々と暗躍しているイメージの有る龍牙だが裂にとってはどうでも良い事ばかりだ。

それよりも現状の裂に影鬼家の龍牙が直接会う事に驚きが勝る。


「よう、早かったな。今日はお兄さんの奢りだぜ」

「晩飯には早い時間だけど容赦しねえぞ」

「ははは、今日は婆さんのカードだぜ」

「ちっ」


舌打ちして万丈が開けた隣に着くと龍牙が相変わらず行儀の良い子供そのものの様子で両手でコップを持ってストローでオレンジ色のジュースを吸っていた。

裂が席に着いたのを待ってストローから口を離して裂に話し掛けて来る。


「お久しぶりです、灰山さん」

「ああ」

「……え、それだけか裂?」

「他に何を言うんだ?」

「マジかよコイツ。龍牙坊ちゃん、コイツは直接じゃなくてメッセージだけで良いんじゃないですか?」

「まあまあ、片影さん。灰山さんはこういうメンタルの方である必要が有りますから」

「何でこんなに人が出来てんだ」

「まあ、家が家ですから」

「おい、呼んだんならさっさと本題に入れ。どうで他の客は仕込みだろ」


席は窓際だが最も奥で周囲に席は少ない。

また裂の見立てでは隣接する席の客は全て影鬼家に関わるSPの様に見える。


「何だよ、ちょっとボヤかした話し方してんのに種明かしすんなよ」

「知ってるんだろ。昼間に呼び出されてそっちは遠回しな単語で疲れてんだ」

「おいおい、八つ当たりかよ」

「あはは、僕はどちらでも構いませんよ。何ならここの店長は協力者ですし」

「おいおい、坊ちゃんの方がよっぽど大人じゃねえか」

「煩い。面倒なんだよ早くしろ」

「はいはい。ま、今日は俺は用は無いんだよ」

「じゃあ龍牙の方か」

「はい。僕が直接連絡すると面倒ですし、直に会うなら調整も効くので万丈さんにお願いしました」

「魔装の整備でも担当してんのか?」

「そうそう。お得意様なの」

「万丈さんには細かい我儘まで聞いて貰ってて感謝しています」

「いやいや、俺は面白い魔装が扱えるなら何でも良いんでね。これくらいはお安い御用ですよ」


軽い口調の万丈と涼しい顔で流す龍牙に馬鹿々々しくなった裂はメニューを開いてステーキと大盛の白米とスープのフルセットを注文した。


「おいおい、まだ晩飯には早いって言ったのはお前だろ」

「話が長く成ったら追加するからな」

「マジか。流石高校生」

「中学生、お前は良いのか?」

「僕は家に夕食が用意されているので」

「んじゃ話は短めか」

「いえ、両親は不在なのでレンジでチンです」

「そうかい。なら本題に入らねえか?」

「そうですね。では、こちらを見て貰えますか」


そう言って龍牙は自分のスマートフォンを取り出すと何かの写真を表示して裂の前に置いた。

穏やかな笑みを浮かべる龍牙から覗き込めと無言で示されたので裂は視線だけで覗いてみる。

研究施設の様で先日の学習塾の様な培養槽が映った写真だ。似ていると最初は思ったが、よく見れば研究施設としてのレイアウトは完全に同じに見える。

写真のデータは荒く最近のスマートフォンやデジタルカメラで撮ったにしては解像度が荒い。

裂の記憶ではテレビで見る少し前のガラケーで撮影された写真の解像度に見えた。


「何の写真だ?」

「先日、灰山さんが調査した研究施設の写真です」

「培養槽が割れてないぞ」

「はい。実はこれ、家のデータを漁っていて見つけたんです。僕、四鬼の調査資料を見せて貰ったんですが、同じですよね?」

「部屋のレイアウトは同じに見えるな」

「写真のデータ名が同じでした。名前なんて幾らでも弄れますが、わざわざ同じにする意味も無いと思いませんか?」

「そうだな。で、お前は何を考えて俺にこれを見せたんだ?」

「四鬼にリークしてみませんか?」

「……それ、俺に言う話じゃねえだろ」

「そうですね。本来なら本家に言うところですね」

「お前は何がしたいんだ?」

「麻琴さんの話は聞きましたか?」

「は?」

「実は幹部候補に成ったんですよ」

「へぇ」

「なので僕が彼女に協力すればポイントが上がると思いませんか」

「あ~、ん~?」

「あれ、分かりません?」

「いや、お前の動機は分かったけど、アイツが幹部に成りたがるってイメージが付かねえ」

「え、まさか、幹部、嫌がり、ますかね?」

「嫌がるかどうかは知らねえけど、積極的に点数稼ぎはしねえと思う」


あくまで裂から見た麻琴を想像した発言なのだが龍牙は相当に衝撃だったのか今までの余裕の有る表情は崩れ目を見開いている。

口が思い切り開かないのは育ちが良いなと思いつつ裂は自分のスマートフォンを取り出した。


「仮に四鬼にリークするとして、そのデータはどう受け取る? 俺のスマホはどっちにも監視されてるぞ。それに出処や入手方法についてだって聞かれる」

「素直に僕から提供したと言っても麻琴さんの点数に成らないですし、麻琴さんが見つけた事にしても父の派閥と抗争に成るでしょう」

「それに、写真だけじゃ確証としては弱いぞ」

「そうですね。ディープフェイクなんて画像処理技術が有りますし、CGソフトで解像度が粗目に見える処理をして似た様な写真データを作る事も可能です」

「今気づいたなんて止めてくれよ」

「実はそこまで情報に対して慎重だとは思っていませんでした」

「まあ考え無しなのは確かだぜ。情報の精度なんてのは他人任せだしな」

「では今回は何故?」

「話すのが俺だって言われたら気にもする。お前が話すなら好きにしろ」

「はは、噂通りの方だ」


上品な笑みを浮かべる龍牙に対して裂は真意が分からずに眉を寄せて怪しんだ。

隠す気も無い疑念を向けられても龍牙の表情は崩れない。

ただ内心は表情の通りではなく様々な思惑を巡らせているのだろう。

裂は麻琴から龍牙が鬼に成れるとは聞いているが、どちらかと言えば暗躍を得意としている様に感じる。


「噂? まあ良い。この情報なら俺は動かないぞ」

「はい。これは僕が動きましょう」

「俺に面倒が起きなければ良いが、お前の親が失脚したらお前はどうするんだ?」

「影鬼図書館に匿って貰えるように立ち回るつもりです。僕は影鬼の血筋で異端鬼にも成れますから、御当主様からも簡単には切り捨てられないかなと」

「……どうだかな」


正直に言えば裂は龍牙の行動次第では真打の指示で消されると思った。

異端鬼に成る才能を示しても所詮は中学生、龍牙の代わりは影鬼家の中ではいくらでも居るだろう。麻琴だって別に龍牙を守る筋合いは無い。


……俺に何か面倒事が増えなければ何でも良いな。何ならコイツが何かする前に最後のステルス妖魔を殺しちまいたいが、出方が分からねえ相手は面倒だな。


深く溜息を吐いて龍牙から意識を逸らしステーキを大きくカットし口の中に放り込む。

噛み切ると肉汁が口内に溢れステーキに掛けられたソースに絡む。

裂は柔らかいよりも歯応えが有り喰い千切る感覚が好みなので下手に高級な店の柔らかい肉よりも安めの肉の方が良い。肉は飲み込むがソースと肉汁の味が口内に残っている間に白米を掻き込んで絡め、肉とは別の口触りと味を堪能する。

数回、同じ手順を踏んでから付属のオニオンスープで口の中をサッパリさせる。

その間、龍牙と万丈は映画や漫画の話をしており勝手に漫画やアニメは見ないのかと思っていた裂は意外に思いつつ、直ぐに意識を食事に戻した。

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