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弐拾六

意図せずにステルス妖魔の4体目が討滅された翌日のクリスマス当日の昼、世間の喧騒を他所に麻琴は影鬼図書館に呼び出されていた。

クラスメイトに誘われたのはクリスマスイブでありクリスマスは予定が開いている。彼女の周囲ではそれぞれが恋人や家族と過ごす事は事前に知っていたし、自身も家族と過ごすつもりだったので影鬼の仕事だと言って家を出て来た。

両親は既に麻琴が影鬼の幹部候補に成った事は知っていたが2人は特に幹部を目指す事は麻琴には求めなかった。影鬼の中での権力に興味が無い両親なので麻琴も予想通りだったので身内からのプレッシャーが無いのは麻琴としては有難い。

図書館に到着して通い慣れた関係者以外立ち入り禁止の通路を通って会議室に入れば潤が数人の職員達に作業の指示を出し自身もタブレットで何かの資料を見ていた。

麻琴の来訪には気付いている様で彼女にしては珍しく手振りだけで麻琴を隣に呼んだ。


「クリスマス当日にすみません」

「気にしないで。両親と少し良い食事をしようって言ってただけだし。昨日、裂が4体目を倒したのよね?」

「はい。四鬼が2人で対応していましたが、見つけられない間に灰山裂が狙われました」

「……流石に5体中4体に遭遇してればそう考えるわよね」

「まあ可能性としては前から言う者が居ましたが、流石に確定で良いんじゃないでしょうか。ステルス妖魔の情報が出て四鬼も異端鬼も警戒している中で4体目はピンポイントで

遭遇していますし、3体目は四鬼が取り込まれた後にも関わらず灰山裂が狙われました」

「誰が考えても裂が狙われていると思うでしょうね」

「5体目は灰山桐香だと言われてますが、何か関係が有るかもしれませんね」

「実は5体目がステルス妖魔の司令塔で自分に近い波長を狙い撃ちにした、とか?」

「それが正解なら灰山裂は本当に運が無いですね」


2人で笑みを浮かべて裂に同情し、麻琴に四鬼が裂に調書した内容が報告された。

基本的に小型妖魔が居ない事を除いて今までの裂からの報告と変わらない。

焼慈が裂を止めて暴行を受けた事は四鬼から影鬼への情報共有には含まれていないが、裂から影鬼への報告には含まれている。その為、潤は麻琴には四鬼からの情報共有とは別項目として焼慈の話を伝えた。


「へぇ、妖魔討滅を優先するはずの四鬼の人間が止めるなんてね。ステルス妖魔の身内だったのかしら」

「四鬼からの報告に入っていない事を考えると血縁関係者だったりするのかもしれませんね。迷宮内部の情報を見るに家庭環境は崩壊していた様ですし、緋山焼慈の年齢を考えると当時の子供だと言われても納得ではあります」

「関係者を調査に使わないなんて警察組織の常識だと思ってたわ」

「仮にも灰山裂の監視が主目的だったからではないでしょうか」

「意外とただの人手不足だったりして?」

「いくら数が居ても人手が足りる事は無いですからね」

「組織運営は兎も角、現場はいつだって人手不足と思うんだったかしら?」

「そうです。組織としての処理能力、利益、人数等のバランスが組織運営側にとって充分でも現場では突発的な対応を求められる際に主観的には人手不足が起きます。まあ、今回の緋山焼慈の採用は人手不足が要因の1つでも不思議では有りませんし、それだけの理由とも限りません」

「物事はいつだって複数の要因から起きる、だっけ?」

「はい。たった1つの理由から組織が動く事は稀です。まあ、真意は四鬼の中でも余程の指揮権を持つ者しか把握していないでしょうね」

「そりゃそうか」


わざわざ1人の人事情報を全て細かく開示する様な手間を掛けてはいられない。

数人の組織ならそれも可能だろうが、全国に様々な能力の人員を配置している巨大な組織では不可能だ。また、上層部が個人を把握する事も不可能に成るので形式化されたプロフィールに致命的な適正外の情報が無い限り数合わせで配置される事も多い。

今回の焼慈の配置も裂の監視を考えた際に致命的な部分が無ければ近場の黒子だからと言って採用される事は充分に考えられる。


「数合わせでそんなピンポイントな人員を引いているなら裂の不運もいよいよ致命的ね」

「今までそんなに不運だと思った事は有りませんでしたが、お嬢様から見ては如何です?」

「まあ、運は無いわね。異端鬼の中でも苛烈な部類の業炎鬼と関わりが深い家系だし、文献からの学習だから我流って言って良い。それに影鬼みたいな犯罪者組織の当主に直接指示を受けるなんて後ろ盾や組織に対抗する術の無い末端からしたら危険でしかないわ」

「周囲の嫉妬や妨害に個人で対処する必要が有るからでしょうか?」

「そうよ。龍牙君の所、覚えてる?」

「はい。麻琴お嬢様に専属鬼が居るのだから自分の息子にも付けろと言っていましたね」

「そうそう。まあ裂の性格が少しでも分かれば本当に何の情報も持ってなくて、当主が気紛れで偶々使った駒でしかないって分かって貰えるでしょ。もしそれが伝わらない相手から介入されてたら今頃は私からもっと早くに離されて使い潰されてたわよ」

「御当主から直に麻琴お嬢様に専属鬼を命じられたと情報が出回ってたのが幸いでしたね」

「そうね。当主と強いパイプの有る異端鬼かと警戒して誰も彼も遠巻きに接触していたからね」

「結果的にただ麻琴お嬢様と歳が近い以上の特徴が無いと判明して無事だった訳ですか」

「多分ね」


基本的な運は悪くても悪運は良いというのが2人の共通見解と成る。

ステルス妖魔への対応にしても司法取引前から全て四鬼側の人員と共に巻き込まれているのに何とか逃げ切っている。数で勝る相手に灰燼鬼の目くらましの特技が有るにしても簡単な事では無い。

もし恐竜妖魔の時に現実に戻るのが駅のホームだったら逃走は不可能だったと考えて良いだろう。


「悪運が良いだけでは、どこかで逃げ切れなくなりますね」

「ええ。私が高校卒業したら本格的に距離を取るでしょうね」

「幹部候補と下手に繋がりが有れば権力争いに巻き込まれる。でも巻き込まれた際に灰山裂には立ち回る術が無い、ですか?」

「そう言う事。アイツは権力争いなんて恥も外聞も気にせずに逃げるでしょうしね」

「お嬢様の手駒として使えると私達としては有難いんですけどね」

「巻き込むならそれなりの手を考えておきなさい。半端な勧誘じゃ強行に逃げられるわよ」

「流石に鬼の教区突破を止める術は有りませんね」


麻琴には影鬼幹部の座は何の価値も無いが、潤達のような影鬼図書館の職員からすれば自分達が慕う相手が上に就くのは有難い。

その為、現状では麻琴は特に幹部になる努力をしていないが潤がその周辺の人員が麻琴の功績を上層部に報告する形で麻琴の評価を上げている。


「そう言えば、池袋での打合せで四鬼に同行していたのは知り合いの黒子でした」

「知り合い? ああ、学生時代の友達が今は四鬼に所属してるんだっけ」

「はい。青山霞と言います」

「あ、時々言ってたオッチョコチョイで振り回してくる人?」

「そうです。多分、口調で気付かれたと思います。図書館近くを張っているかもしれないのですが、まあ無視して下さい」

「良いの?」

「まあ大丈夫ですよ。私はそもそも図書館勤めを始める前から四鬼に監視されてます。特に犯罪は起こしてないので捕まる事は無いですけどね」

「犯罪者の協力者ってそれだけで犯罪じゃない?」

「鬼関連だとその辺の法律はちょっと違うんですよね。刀の製造者が刀で犯罪が起きても罪に問われないような物なのですが」

「何か聞いた事が有るわね。異端鬼に殺人依頼した依頼人が実行犯より相当に減刑されて被害者の身内が署名活動しているんだっけ?」

「そうです。過去から何度も問題を起こした法律ですが様々な思惑で変わる事は無さそうですね」

「理由って?」

「私が知っている範囲だと、政治家や大企業の人間が秘密裏に事を成したい時に使える戦力が欲しいとか、警察が四鬼と折り合いが悪くて自由に鬼の戦力を使用出来ないので抜道を用意しているとか、外国籍の魔装使いや要人の扱いでバランスを取っているとかですね」

「被害者からしたら冗談じゃない理由ね」

「私達の様な影鬼の事務員にとっては悪くない法律ですけどね」

「成程、異端鬼を組織化している私達も恩恵を受けているのね」


満足そうに頷いた潤だが、少し厳しい顔をしてタブレットを置きスマートフォンを取り出した。

メッセージアプリを起動し麻琴に見せると、そこには青山霞の名前と共に潤に対して異端鬼の関係者なのかを問う文章が書かれている。


「これはまた、随分と苦悩を抱え易い性格みたいね」

「ええ。なので四鬼の条件では鬼には成れませんでした。もし影鬼ならこの辺の苦悩を受け流せる様にマインドセットして異端鬼にしてしまうところですね」

「まあ組織が違えば基準も違う、か」

「そうです。お嬢様には申し訳無いのですが今後、霞の様子次第では急に私から距離を取る様に連絡する事が有るかもしれません」

「まあ仕方ないわね。私の事は裂の周辺を調べる際に知ってるでしょうけど、私が鬼に成った事が無いから見逃されているんでしょうし」

「恐らくそうでしょうね。影鬼と四鬼が互いに監視で済ませているのは適度に妖魔討滅に役立つからですし、四鬼は異端鬼の取り締まりより妖魔討滅を優先する組織ですから」


潤としては友人としても尊敬する仕事相手としても麻琴との接触が減るのは避けたいが、自分が理由で麻琴の生活が脅かされるのはもっと避けたい。

その為、不本意では有るが麻琴に距離を取る可能性の話をしている。


「それと、これは灰山裂の話に成りますが、影鬼からの監視は強化されます」

「へぇ。残りは1体だし、四鬼も鬼を投入してくるかもしれないのに?」

「はい。なので数は減らすのですが質を上げます」

「質を上げるって、黒子から隠密能力の有る異端鬼に切り替えるとか?」

「それも有りますが、メインは鬼ではない魔装使いを投入します」

「あら、日本で鬼じゃない魔装使いはよっぽど貴重じゃない。かなり警戒しているのね」

「それも有りますが、灰山裂の卒業後の蒲田が少し関係しています」

「どういう事?」

「実は蒲田で活動する影鬼の中には鬼並の戦力を持つ魔装使いが居るんですよ。灰山裂が高校卒業後に蒲田に行くなら、どちらかが一方的にでも知っているだけ後でスムーズかなと」

「あら、随分と優しいわね」

「今回は司法取引で負担を掛けていますからね。池袋での話にも有りましたがスカウトされるには惜しい人材ですし、魔動駆関の無い魔装での戦い方を見る機会が有れば灰山裂にとっても有益でしょう」

「四鬼に行かれて面倒な敵に成るのを避ける為に餌を撒きたい訳か」

「ペットに餌をやるのは飼主の義務ですし、私達は1度飼ったペットを捨てるような者には成りたくありませんから」

「人間は我儘だから餌にも気を遣うわね」

「全くです」


2人はその後も細かい部分の確認をして麻琴だけが図書館を後にした。

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