マグノリアの絆 第三十六回
「だからこれは、あくまで私的な意見なのだけど、人造人間は、何らかの特別な処置をしなければ、そのまま生き続けるのではないかしら。そう、佳苗がさっき話した、ゴーレムのように」
髪に覆われていない薗子の左眼に、喜色がうつろうのを見た。ひゅう、と、壊れた楽器を想わせる吐息が聴こえた。
「え、いいいいえっ、ん、にいいい?」
「そう、永遠に。誰かその方法を知っている者が壊しに来ない限り」
もしゴーレムなら、際限なく成長するのではなかったか。大木を超すほど巨大化したかれの額から、いったい誰が文字を消し去れるだろう。西行の人造人間の場合、背は伸び続けないにしても、破壊するには、それなりの儀式が必要なのではあるまいか。複雑な印と口伝の真言を唱えたとき、初めてもとの死骨に戻り、大地に倒れ伏すのかもしれない。
「それまでは、人跡未踏の森の中を、独り、彷徨い続けるのでしょう」
「どおおお、んな、すが、姿でええ?」
「『撰集抄』には具体的な描写が全くないのね。作成方法は詳しく書かれているのに。その姿となると、吹き損ねた笛みたいな声が出たとあるばかり。だからこれも私たちが想像するしかない」
「もし見る者があれば、化け物と思うだろうとあるから、不気味な姿なのかしら」
そう言った佳苗を、私は軽く睨んでみせた。たちまち瞳に怯えが走り、彼女は赤くなって口をつぐんだ。次にわざと優しい口調で声をかけるのは、「調教」の基本テクニックだ。
「莫迦なことを言わないで頂戴。詩人の西行がグロテスクな怪物なんか造るかしら。まあ、詩人と怪物の結びつきは根深いものがあるのは確かね。ひところ、『フランケンシュタイン~あるいは現代のプロメテウス~』はバイロン卿の作品だと勘違いされていたというし。実際の作者であるメアリーは、後に詩人、パーシー・シェリーの妻となるわ」
スイスにあるバイロン卿の別荘で、この最も有名な怪物は胎動を始めたと伝えられる。いずれも曰くのある男女五人が隠れ棲むこの別荘。長雨のつれづれに、卿は、「一人一編ずつの怪異譚を書こうではないか」と提案したのだ。
「怪物……死骨から成る以上、そうに違いないんだけど。西行は親友との別れに耐えかねてヒトを造ったわけでしょう。ならばその人に面影を似せるか、あるいはひたすら美しいヒトを造ろうとするのではないかしら。私はその両方だと思うのだけど」
「うううう、うつうううう、くうううううう……!」
突然、薗子は声を張り上げた。単なる吃音とは異なる、苦悶するような唸り声。垂れた髪の上から顔を両手で覆い、肩を震わせながら呻き続けている。まるで、いきなり顔に、硫酸を浴びせられたかのように。
「薗子さん、大丈夫?」
肩にかけられた佳苗の手を、身を揺すって跳ね退けた。煽りを食らって椅子が倒れ、そのまま彼女は床にうずくまる恰好。むせび泣く幼子のように震えていたが、泣いているというより、何らかの発作を起こしたように思えた。
十人近い女生徒たちが、遠巻きにこちらを見ていた。ある者は眉をひそめ、口に手を当て。別の子はもの珍しげに爪先立って、嬉々とした表情を隠しもせずに。その間も、薗子の「発作」は続いていた。
繰り返される彼女の呻き声は、「美しい」という言葉を何とか発音しようと足掻く、
懸命な苦闘の痕跡に違いなかった。




