表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/81

マグノリアの絆 第三十六回

「だからこれは、あくまで私的な意見なのだけど、人造人間は、何らかの特別な処置をしなければ、そのまま生き続けるのではないかしら。そう、佳苗がさっき話した、ゴーレムのように」

 髪に覆われていない薗子の左眼に、喜色がうつろうのを見た。ひゅう、と、壊れた楽器を想わせる吐息が聴こえた。

「え、いいいいえっ、ん、にいいい?」

「そう、永遠に。誰かその方法を知っている者が壊しに来ない限り」

 もしゴーレムなら、際限なく成長するのではなかったか。大木を超すほど巨大化したかれの額から、いったい誰が文字を消し去れるだろう。西行の人造人間の場合、背は伸び続けないにしても、破壊するには、それなりの儀式が必要なのではあるまいか。複雑ないんと口伝の真言を唱えたとき、初めてもとの死骨に戻り、大地に倒れ伏すのかもしれない。

「それまでは、人跡未踏の森の中を、独り、彷徨さまよい続けるのでしょう」

「どおおお、んな、すが、姿でええ?」

「『撰集抄』には具体的な描写が全くないのね。作成方法は詳しく書かれているのに。その姿となると、吹き損ねた笛みたいな声が出たとあるばかり。だからこれも私たちが想像するしかない」

「もし見る者があれば、化け物と思うだろうとあるから、不気味な姿なのかしら」

 そう言った佳苗を、私は軽く睨んでみせた。たちまち瞳に怯えが走り、彼女は赤くなって口をつぐんだ。次にわざと優しい口調で声をかけるのは、「調教」の基本テクニックだ。

莫迦ばかなことを言わないで頂戴。詩人の西行がグロテスクな怪物なんか造るかしら。まあ、詩人と怪物の結びつきは根深いものがあるのは確かね。ひところ、『フランケンシュタイン~あるいは現代のプロメテウス~』はバイロン卿の作品だと勘違いされていたというし。実際の作者であるメアリーは、後に詩人、パーシー・シェリーの妻となるわ」

 スイスにあるバイロン卿の別荘で、この最も有名な怪物は胎動を始めたと伝えられる。いずれも曰くのある男女五人が隠れ棲むこの別荘。長雨のつれづれに、卿は、「一人一編ずつの怪異譚を書こうではないか」と提案したのだ。

「怪物……死骨から成る以上、そうに違いないんだけど。西行は親友との別れに耐えかねてヒトを造ったわけでしょう。ならばその人に面影を似せるか、あるいはひたすら美しいヒトを造ろうとするのではないかしら。私はその両方だと思うのだけど」

「うううう、うつうううう、くうううううう……!」

 突然、薗子は声を張り上げた。単なる吃音とは異なる、苦悶するような唸り声。垂れた髪の上から顔を両手で覆い、肩を震わせながら呻き続けている。まるで、いきなり顔に、硫酸を浴びせられたかのように。

「薗子さん、大丈夫?」

 肩にかけられた佳苗の手を、身を揺すって跳ね退けた。煽りを食らって椅子が倒れ、そのまま彼女は床にうずくまる恰好。むせび泣く幼子のように震えていたが、泣いているというより、何らかの発作を起こしたように思えた。

 十人近い女生徒たちが、遠巻きにこちらを見ていた。ある者は眉をひそめ、口に手を当て。別の子はもの珍しげに爪先立って、嬉々とした表情を隠しもせずに。その間も、薗子の「発作」は続いていた。

 繰り返される彼女の呻き声は、「美しい」という言葉を何とか発音しようと足掻く、

懸命な苦闘の痕跡に違いなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ