マグノリアの絆 第三十五回
この話を西行は信じた。
人造人間のレシピは次のとおり。
まず、荒野に出て人知れず死人の骨を拾い集める。それらを、頭から手足の先まで、正確に繋ぎ合わせると、砒霜という薬を塗り、イチゴとハコベの葉を揉み合わせて擦りこむ。それから藤蔓や糸を用いて骨を繋ぎ、何度も水で洗って、毛髪の生える部分には、サイカイとムクゲの葉を灰にして焼きつける。これを土の上に敷いた畳に寝かせ、風に飛ばされないよう重石を載せたまま、十四日。次にその場へ赴き、沈などを焚いて、反魂の秘術を執り行う。
そうして完成した人造人間は、けれど肌の色も悪く、どうやら「心」を持たない様子。声を発しても、吹き間違えた笛のような音が出るばかり。そもそも心が無いのだから、言葉の使いようがない。
「おおかた、レシピどおり造ったのだが……壊してしまっては、人殺しと同罪か。いや、しかし、心が無いのだから」
思い直して眺めても、やはり姿は人である。けっきょく、誰も訪れないような高野山の奥に捨ててきたが、もしこれを偶然に見る者があらわれれば、
「化け物!」
と恐怖するだろう。
いったいなぜ失敗したのか。納得がゆかない西行は、上京したおり、前の中納言、源師仲のもとを訪ねた。詳しい話を聞いて、師仲は言った。
「おおかた合っておりますな。ただ、反魂の術には、もっと日を多くとったほうがよかったが」
かれもまた、藤原公任の流派に倣って人を造ったことがあるという。現在、その人造人間は高貴な位にまで出世しているが、もし口外すれば、造った者も造られた者もろとも溶解してしまうので、その名は明かせないというのだ。
「ときに、御僧は沈と一緒になにを焚かれたか?」
「香でございます」
「それがよくなかったな。御僧であるから、特別に講じてさし上げるが、決して香を焚いてはいけない。沈と乳を焚くべきであった。なぜなら、香には魔縁を避けて神聖な精霊を呼び寄せる効果があります。ところが、精霊は生死に関する事項をひどく忌みますのでな。亡骸に心が宿るのを妨げてしまう。また、秘術を行う者は七日間の断食が必要だ。このレシピどおりにすれば、完璧な人間が造れますよ」
疑問は晴れたが、西行は浮かない顔。聞くところによると、源師房が人を造ったとき、夢に見知らぬ老人があらわれて、
「私はすべての死者を管理する者でございます。持ち主の許可も得ず、なぜ骨をお取りなさった?」
恨めしげな様子であったとか。もし日記を残しておけば、子孫が作法どおり人を造って、精霊の恨みを買い、命を奪われるかもしれない。師房はそう考え、人造人間もろとも焼き捨ててしまったという。
「無益な業だ」
そう思い改め、西行は以降、二度と人を造らなかった……
ひと息に物語ったあと、周囲の静けさが我に返らせた。佳苗を見ると、まだ虚構の世界に没頭しているらしく、夢見るような眼差し。次に、おそるおそる有村薗子へ目を移した。射るような眼差しとぶつかった。
「……そそ、そのっじ、人ぞお、に、人間は、ま、ま、まだ、い、いい生きていい、いるの?」
初めて聞く薗子の声は、ひどいどもりにもかかわらず、不思議と音楽的な響きを伴っていた。
「西行が造った人間という意味?」
「そ、そっ、そう。やっまにいいいっ、捨て、すてら、れた」
「どうなのかしら。果たして人造人間が、人と同様に老いて死ぬのか。この記事からは、ちょっと判らないわね。師仲の話によれば、かれが造った人間が、何食わぬ顔で宮廷に入り込んでいるらしいけど。もし素性が知られたときは、製作者もろとも溶け崩れてしまうというし」
「どこか、ゴーレムを想わせるわね」
佳苗が珍しく口を挟んだ。私に感化される以前の彼女には、なかった語彙だ。
ゴーレム。カバラの秘術が生み出した人造人間。「出口も入口もない石の密室で粘土から作られた怪物」。その額にはemeth(真理)という文字が書かれているが、もし最初の一字が消し去られると、meth(彼ハ死セリ)の文字だけが残り、たちまちもとの土塊に帰してしまうと伝えられる。
種村季弘「怪物の解剖学」より一部引用しました。




