マグノリアの絆 第三十四回
「マグノリアを知ってる?」
話の糸口を得るために、私は尋ねた。曖昧にうなずいたきり、薗子はただ、左目をぎょろつかせるばかり。うう、と乾いた呻き声が洩れるのを聴いた。
「ちょっと、京子さん」苦笑しながら、佳苗が割って入り、薗子に向き直って言う。「いきなりそんなこと訊かれても、困るわよね」
なるほど、佳苗には充分有効な切り口の筈だが。いきなり薗子に試すのは無謀だったろう。まるで幼子を諭すように、佳苗は諄々と説くのだ。
「季節は三月の終わり頃よ。冬の寒さはもううんざりなのに、近づいて来る春の足はあまりに遅い。梅が散り、桜の蕾はほころびかけているけれど、しつこい北風や夜の寒さに遭って、縮こまったままでしょう。枯野にイヌノフグリやヒメオドリコソウがいじましく咲いていても、落葉樹たちは裸のまま、じっと動かない。相変わらず荒涼とした風景は、まるで時が止まってしまったかのように、寂しげでしょう」
佳苗が、ここまで能弁になるさまを、意外な思いで眺めていた。どこか放心したような目つき。両手を胸にあて、言葉をほとばしらせる姿は、レチタティーボの稽古をしているようだ。きっとプリマドンナをサポートする小間使い役が似合うだろう。
「そんなときよ。どこにもない場所から、大きな白い蝶がふわふわとあらわれて、誰も見ていない間に、ひとつの枯れ木に群がるの。するとその木は、まるで枝じゅうに白い花をつけたように見えるでしょう。あたかも時が止まったような冬枯れの広野よ。忽然とあらわれた枝いっぱいの白い花は、誰が見ている夢なのかしら? ひょっとすると、ごく限られた者だけが同じ夢を見られるのかもしれない。そんなのが、マグノリアなの」
拍手したい衝動を、私は抑えた。一概に肯定できかねる部分も含めて、「夢の花」が佳苗の中で着実に開花してゆくさまが興味深かった。
それは「洗脳」の成果にほかならないのだから。
髪の間から片方だけ覗く眼を、薗子は童女のように見開いていた。言葉こそ発しないが、少なくとも興味を覚えているのは確かだろう。あるいは感動していると、断言してよいかもしれない。家庭で虐げられている少女と、コミュニケーションを拒絶した娘。この二人の波長が驚くほど合うことが知れた。
いつしか私は、また眩暈に似た感覚に見舞われていた。原因はやはり、あの「眼」にあるのだろう。ヒトに似ながら、ヒトにあらざる。ガラス玉の中に月光を封じ籠めたような。薗子の瞳に私が強く惹かれたのは、その美しさのせいだと、今更ながら気づいた。
「ね、面白い話があるの」
半ば無意識に口走っていた。彼女を見ているうちに、なぜか私は、「撰集抄」に記されるという、西行が人造人間を造った話を思い浮かべていたから……
ひと頃、西行法師は友達の僧と高野山の奥に住んでいた。その友達が京へ去ってしまったため、寂しさに耐えかねて煩悶するうちに、ある信頼できる人が語るには、
「鬼が人の骨を拾い集めて、人間を造ることがあるようです」




