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マグノリアの絆 第三十回

「その子こと、雨宮京子の下界における行状に、とても興味があるわ」

 言い淀む佳苗を、私は笑顔で促した。実際にそれは、非常に興味深い問題を孕んでいた。これまで私は、他人にどう思われているかなど、ほとんど気にかけたことがなかったから。

 自己愛者ナルシストになるためには、それなりの資格が要る。ナルキッソスが毛むくじゃらの動物ではなく、スイセンに変容したのは、かれの美しさが凜と咲く花に相応しかったからだ。永久機関のように自己完結しているかれに必要なものは、一個の鏡でしかなく、他者の評価が介入する余地はない。他者の評価を、ほとんどの人がそうであるように、貪り食わなくても生きてゆける。

 だから、

 私は十四歳の死を望んだ。私は、「女」になりたくなかった。神話の少年が、おそらく、毛むくじゃらの「男」になることを拒んだように。

「噂の中身は、類型的なものに過ぎないから」

「真っ黒く痩せた男の子たちと、下界で遊んでいるという?」

「ええ」

「それから? 私に纏わる噂ならではの、ディテールはないのかしら」

 ぎりぎりまで文字数を切り詰めなければならない新聞記事のように、残酷なまでに簡潔だった佳苗の報告が、自身の感情に曇らされているのが見てとれた。私は苛立ちを懸命に押し殺したまま、彼女の言葉を待たなければならなかった。

「サーカスが」

「サーカス?」覚えず尋ね返した。

「ええ。今、街はずれにサーカスの天幕てんとがかかっているらしくて。空中ぶらんこの少女が美しいことで、評判になってるみたいなの。その子が実は……」

「私だというの?」

 その場にくずおれたほど、私は笑った。ひたすら驚愕する佳苗を尻目に。これまで、人前で笑い崩れた記憶など皆無に等しい。我を忘れた笑いは、淫らで浅ましい。佳苗が真っ赤になっている理由もよく判っていたが、意想外な快感を覚えつつ、あえて醜態を晒し続けた。

「面白いわね。とても、興味深いわ。人間の想像力には、際限がないのかしら」

 ゆあーん

 ゆよーん

 風に揺れる幕の下で、高い梁がきしむ。薔薇の花のような衣装から、腕も脚もあらわな私が、逆さにぶら下がっている。狭苦しい天幕の中は、吐息でいっぱいだ。客たちは皆、鰯のように闇の中からあらわれ、また外の暗闇へと帰ってゆくのだろうけれど。一様に梁を見上げるかれらの望みは、判り過ぎるほど、判りきっていた。

 ゆやゆよん!

 ハンカチで目尻を拭いながら、私は尋ねた。

「その空中ぶらんこの女の子が、私に似ているというわけ?」

 佳苗が返答に詰まる理由が、なんとなく理解できた。おそらくその子は顔に白粉を擦りつけ、唇だけが毒々しい、蛇苺の色に塗られているのだろう。曲芸師ならばきっとおかっぱ頭で、その点は私と決定的に異なるけれど。ぱっちりと瞳を開いて梁の下を飛び回るさまは、どこかこの世のものではない。超然とした空気を身に纏っていることだろう。

 ちょうど周りの少女たちの目に、私がそう映っているように。

 丘の上に棲まう少女たちにとって、「見世物小屋の」女の子は自身の境遇とは最もかけ離れた存在。最も堕落した少女でなければならない。ひとたび梁から降りれば、あらゆる蛮行が彼女の周りで行われるだろう。その頃から使われ始めた「非行少女」という言葉は、どうしても空を飛ぶイメージから逃れられない。そして不釣り合いな翼を身につけた未成年は、同時に必ず墜落する運命を背負ってしまう。

 イカロスのように。

 私はあまりにもこの噂話が気に入ってしまい、しばらくは想像を貪ることに飽かなかった。現実に下界へ降りて、天幕を覗いてみたいと考えたほどだが、人いきれの厭わしさを思うと、空想の中で遊ばせておかざるを得なかった。どうせ間もなく私は、彼女のすぐ近くへ行くことになるのだから。

 二週間が過ぎた頃、「その子」のリストを眺めながら私は尋ねた。

「この有村という子なんだけど。何度か名前が上がっているし、ちょっと気になるわね」

「でも、冗談めかした話ばかりよ。最後は必ず、名前が『薗子』だからという、落とし話になってしまう」

「ね、どんな子なのかしら」

 佳苗の反論を無視して訊いた。たしかに彼女に関する噂は取るに足らない、他と似通ったものばかりだったが。薗子、という文字が、なぜか異様なインパクトをもって、私の目を惹いた。

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