マグノリアの絆 第十一回
テーブル越しに眺めても、それが雨宮京子が嵌めている指輪と同じ形をしていることが、すぐに判った。
「これが気になって?」
射るような家政婦の視線に気づいたのか。森田佳苗はカップを置くと、左手をまっすぐ差し出してみせた。その薬指で、指輪は昏い光を帯びた。妖しい吸引力に抗えぬまま、美架は礼を失することも忘れて、身を乗り出さずにはいられなかった。
儚げな螺旋を描く、薄い花弁。正確な五芒星の檻に、モクレンに似たその花は閉じ籠められていた。
「何かお気づきかしら」
隣で雨宮がくすりと肩をすくめると、自身の腕を森田の腕の横に並べた。一対の瞳のような、銀色の眼差しが美架を見上げた。二つの指輪が全く同じものであることは、もはや疑いようがなかった。雨宮が言う。
「ご覧のとおり、同じ鋳型から作ったものよ」
「外れないのですか、これも」
覚えずそう尋ねていた。森田は無言でうなずくと、自身の指輪を引っ張ってみせた。かなり力が籠められているのは、痛々しく引きつった皮膚を見れば判る。雨宮同様、肉に食い入っているわけではないのに、それは体の一部と化したように、彼女の薬指から動こうとしないのだ。
美架の脳裏に、雨宮の言葉が有無を言わさぬ力で再生された。
(いいのよ。それでも私は、決してこの指輪を外すことはできない。世界に三つしか存在しない、あるいは存在しなかったこの指輪だから)
お友達なの。
そう言ったとき、森田の声に異様な熱が籠もっていた理由が、今なら判る気がした。決して外れないリング。五芒星に閉じ籠められたマグノリアの花という「絆」が、二人を結びつけている。
同性愛者なのだろうか。
真っ先に、そう考えざるを得なかった。左手の薬指に同じ指輪を嵌めているなど、尋常な沙汰ではない。しかもそれが抜けないとなると、なおさらである。けれども、だとしたらなぜ、「世界に」三つめの指輪が存在するのか。
より背徳的な妄想が、どうしても思い浮かぶ。三つめの指輪の持ち主は、常には存在しないのではあるまいか。二人が何者かを選ぶまで。そうして、選ばれた犠牲者は、「狂ったお茶会」に誘われ……
翻した手の甲に隠れて、雨宮京子が、ほ、ほ、ほ、と笑う。
「もちろん私たち、今あなたが思い浮かべたような関係ではなくてよ」
図星を指されて、持ち前の無表情が瞬間的に切り崩された。静かに微笑んで、森田が後を受けた。
「お友達なのよ、私たち」
「そう、お友達なの」
完璧に一致した動作で二人がうなずきあったとき、美架は中学生くらいの少女たちを前にしている錯覚にとらわれた。タイプはまったく異なるのに、受ける印象は驚くほど似通っている。同じ夢を見て、同じ理想を胸に描き、花のように儚い友情が永遠に続くと信じている。白髪であることを除けば、女学生として模範的なお下げ髪とショートヘアも相まって、彼女は時間の感覚を見失ったときの眩暈にみまわれた。
ただそれだけに、二人の相違点もまた気になってくる。森田佳苗は手製らしい服をセンス好く着こなしているが、とても裕福そうには見えない。またいかにも芸術家肌で、美女の面影も色濃い雨宮と並べると、凡庸さは否めない。
我知らず、美架は人さし指で、下唇を左から右へなぞった。
「それだわ、やっぱり」
弾んだ声を上げたのは、森田佳苗だ。常に控えめだった彼女の変化に、美架が目を見張っている前で、二人は意味ありげな目配せを交わした。次に森田は、やはり手製と覚しいパッチワークのハンドバッグから、一冊の雑誌を取り出した。
彼女が手にしていたのは隔月刊の怪談専門誌、「妖」である。ページを繰りながら、森田は言う。
「京子さんからお話を聞いたときに、さてはと思ったの。あなたとは以前、どこかで会った気がするのに、それが思い出せないと言うじゃない。一度見たものは忘れない雨宮先生にしては、珍しいことだから」
「身体機能の衰えは、どうしようもないものね」
「この人はそう言うのだけど。あなたの特徴を聞いて、謎が解けた気がしたわ。少し前に、先生がお茶を煎れてくださるのを待つ間――ふだんは私たち、順番にお茶を煎れるの――この雑誌を読んでいたところ、京子さんが興味を示したというわけ。とくにこの連載小説が、ね」
目当てのページを見つけると、森田は美架のほうへ向けて、雑誌を開いたまま置いた。そこに刷られていたのは、私の「家政婦奇談」にほかならなかった。




